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四二.薄闇のアルノルディ王国

「ケン、あの闇色に見える部分は異世界術の結界なんですよ」


「今では各国に防衛結界が張られているが、一般的な結界ははっきりとは視認できない」


 健一郎はメラン王国の訓練所を思い出した。外への視界は明瞭ではなくなっていたが、明るさは通していたし、気にならなかった。


「アルノルディに張られているのは、他者や異世界生物を排するだけじゃなく、薄闇にするためのものなんだ」


「私、中の様子はよく聞いていたんですが、こうやって外から見ると、なんだか不気味ですね」


 ユニの言葉通り、中が見えない得体の知れなさから、避けて通りたい気持ちにさせられる。

 オルキス王国だって塀の中が見えなかったのに、少しもそんな風には感じなかったのだから不思議なもんだ、と健一郎は思う。


「いいか。アルノルディに入ったら離れるなよ。誰も信用するな。俺たちだけが味方だと肝に銘じておけ」


「おそらく誰かが一芝居仕掛けてくるだろうが、気にするそぶりも見せるなよ」


「わかりました」

「心得ています」

「わかった」


 注意事項を聞いている間に、アルノルディ王国の前に到着した。

 オルキス王国の前で見たのと同じ、丸く開けた安全地帯のそばでノルドから降りると、皆体を思いおもいに伸ばす。ノルドたちにも休憩を伝えたので、どこかへと走って行った。首飾りをつけているので、次の国へ向かう時には戻ってきてくれるらしい。


「ここで食事をしていく」


「え? なんで?」


「アルノルディ内ではなにが混入されるかわからん。警戒しながら食べるくらいなら、ここで済ました方がいいんだ」

 

 そこまで酷いのか、と健一郎は驚きながらも従った。

 ユニの携帯食が朝食もおにぎりと味噌汁だったのが、今回はどろどろした飲料で、健一郎とネストル王子は驚いたが、レオニダスとアントニスは「懐かしいな」と一気飲みしていた。傭兵中、食事の時間や座る場所もない時によくお世話になる携帯食らしい。


「うちの売れ筋商品です。栄養価的にはバッチリですよ!」


 なにがあるかわかりませんから、とりあえず栄養だけでもつけとかないと、とユニはこぶしを握る。

 どろどろとした食感だけでまったく味がないので、健一郎とネストル王子は嚥下するのに苦労したが、携帯食が続く場合、味がない方がいいらしい。


「他の携帯食や好きな匂いと一緒に飲むと楽しめるぞ」


「そうすると別の食べ物みたいに感じるんだ」


「私はいつも食後に甘い匂いと一緒に飲むんですよ。あ、良かったらこれ嗅ぎます?」


 初心者の健一郎とネストル王子には匂いだけでは高度過ぎたので、メラン王国から持参した携帯食である、食べ慣れた味の肉と一緒に口に運んだ。確かに、肉が増えたような気持ちになれた。


「ネス、最終確認だ」


「入国してすぐに王城を目指します。国王に挨拶が終わり次第、出立します」


「そうだ。忘れるなよ」


「くれぐれも、それだけだからな」


 どうやら、アルノルディ王国では嫁探しをしないようだ。

 あれだけ悪し様に言うのだから、それも当然か、と健一郎は思った。

 『浄化』を唱えた後、5人はアルノルディ王国の結界の入口に並んだ。

 入口には他にも入国審査を待つ人々がいた。


「旅行者がいないわけじゃないんだな」


「アルノルディは特別だ」


「旅行者というか……まぁ入ればわかる」


 事前に通達していたこともあり、ネストル王子一行はすんなり入国することができた。

 これまでに聞いた話から、健一郎の想像上のアルノルディ王国は、無法者がうじゃうじゃいて、酒場や道ばたで決闘が繰り広げられるような、砂漠の開拓地のような国になっていた。


 気を引き締めながら結界の通り道である、一人ずつしか通れない穴をくぐると、そこは()だった。


「は? え?」


 健一郎は慣れない目を何度も瞬いた。

 上を見ると、久しく見ていなかった星空が広がっていて、あたりは薄暗い。後ろを振り返ると、入ってきた場所だけがぽっかりと切り取られたように明るかった。


「これが噂に名高いホシゾラ……」


 頭上を見上げ呆けたようにユニがつぶやく。


「なんだか奇妙ですね」


 ネストル王子はお気に召さないようだ。


「この暗さには慣れないな」


「早く進もう」


 一日中明るい状態に慣れているこの世界の人には『夜』は異様な光景なんだろうな、と思う健一郎自身も、満点の星空に癒やされるどころか、どこか胡乱げで落ち着かない。


 なんでだろう? 虫の声や山の匂いといったこれだけの星空が見えるなら当然あるべき自然を感じる物がないからか? そういえば変な音が聞こえるな?

 

 もしリラックスできる音楽が流れていれば、健一郎もプラネタリウムのように感じたかもしれないが、どこか緊張感のある音が途切れとぎれに聞こえてくるし、足元がうっすら発光しているしで、リラックスどころではない。


 5人のすぐ前には、結界番と同じ体格のいい人物が横一列に並んでいて、それぞれ扉を守っているのがわかった。扉といっても、壁も扉自体も無く、アーチ型の枠があるだけなので、空港にあるセキュリティゲートの様だ。


「メラン王国のネストル王子だ。王城に挨拶に行きたい」


「うかがっております。こちらです」


 扉のひとつを守っていた一人が声と手をあげた。5人がそちらに行くと再び確認された。


「遊ばずに、城に向かってよろしいのですか?」 


「寄り道はなしで頼む」


「うけたまわりました」


 アーチをくぐった先には、8人くらい座れそうな大きく円形に並べられたソファのような物があった。 

 円形のテーブルをぐるりとソファが囲っている状態で、2カ所の空いている部分から入り、そのソファに座るように促される。ネストル王子とアントニス、健一郎とユニとレオニダスに別れた。

 5人全員が座るとソファがテーブルごと浮いた。

 浮いたと言っても30センチあるかないかというくらいで、座っている者にはわからない。でも、そのまますべるように動き出した時には、ネストル王子とユニが机にしがみついた。


「うわっ」

「ひゃ」


「いってらっしゃいませ」


 これ、なにかと似てる、と健一郎は考えた。そうだ。遊園地のアトラクションだ。


 円形の乗り物は、すいすい進んでいく。曲がり角でまわらずに進むので、乗っている者からすると、右に進んだかと思えば後ろに進みといった感じで、進行方向が定まらない。

 例えるなら、リニアモーターで動く遊園地のコーヒーカップ型のオープンカーと言ったところか、と健一郎は一人でうんうんと納得する。


「ケンは驚かないんだな」


「似たような乗り物に乗ったことがあるから」


「さすが異世界人だな」


「俺は最初、かなり寒気がしたぞ」


「わかります」

「今まさにそうです」


 ネストル王子とユニは片手を口に当てて早くも気持ち悪そうだ。


「王城まではもうしばらくかかるぞ」


「途中では止められん。袋を渡しておこう」


 レオニダスから気の毒そうに差し出された袋を、2人は青い顔で受け取った。


「遠くを見ていた方がいいよ」


 うつろな瞳を上げた2人と同じように、健一郎も周囲に目を向けた。

 ようやく暗闇に慣れてきて、先程は気づかなかったまわりの様子が見えてきた。


 円形の乗り物が通っているのはいわゆる車道のようで、円形の乗り物専用らしい。別の色や素材の円形の乗り物がたまにすれ違う。乗っている人物は様々で、ドレスやタキシードのようにめかし込んでいる人がいれば、水着じゃないかという格好の人、走ってきたのかというトレーニングウェア、どこのゲームから抜け出してきたんだというサイバーウェア、スチームパンクな人もいる。

 乗り物にはグレードがあるらしく、健一郎たちが乗っているのは言うなれば、黒塗りのリムジンのような豪華な仕様で、同じソファにしてももっと安っぽい素材もあれば、ただのつるりとしたベンチもある。

 ごてごてと装飾された大きな建物のそばばかりを通り過ぎる。車道もうっすら発光していて、円形の乗り物も足下から光がもれている。豪奢な建物もそれぞれ下からライトアップされ、窓や扉から光や音楽が漏れていて美しい。

 それにしては子供を見かけない。夜だからか? いや、今の実際の時間は昼過ぎのはずだよな?

 着飾った人が出入りする建物は大きいので、健一郎はてっきり、建物内ではパーティか舞踏会でも開かれているのだと思っていた。すれ違いざま建物の扉が開いた瞬間、大音量の音楽が漏れ聞こえた。


 銀の玉が増える系か!


 健一郎はアントニスに囁く。


「ここは賭博場なのか?」 


「よくわかったな」


「もうすぐ住宅街だ。そこを越えたら城に着くぞ」


「えっ」

「ひっ」


 ぐぐっと円形の乗り物が高度を上げたので、ネストル王子とユニから悲鳴がもれた。

 

「大丈夫だ。住宅街を飛び越えるだけだ」


「真下は見ない方がいいぞ」


 住宅街と聞いて、健一郎は下に顔を向けた。高度が上がったからか、家らしき物は見えず、明かりもほとんど見えない。ぽつぽつとうっすら明るいだけで、形もわからない。

 先程までの狂乱的な音楽も聞こえなくなり、静かで、住宅街と聞いていなければただ暗い崖を飛び越えているようだった。


「ほら。城が見えてきたぞ」


「あれが、城?」


 崖の上に、蒸気にけぶる鈍い金色に輝く歯車で飾られたスチームパンク的な建物があった。

 

 それだけだったら、この不思議な乗り物といい賭博場といい、SFチックで健一郎は感動しただろう。

 残念だったのは、肝心の城が、どこのネオン街だと言いたくなるほど派手はでしいライトアップにさらされている点だった。

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