四〇.ユニとヘッドセット
エレニ女王は鈴の音と共に門の向こうに戻っていった。
「あ、あの! 突然の申し出を快く受けていただき、ありがとうございます。ユニです。道中よろしくお願いいたします!」
呆然としていたメラン王国一行に、ぴょこんと立ち上がった少女ユニが深々と頭を下げたことで、一行も立ち上がる。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。ユニ、とお呼びしても?」
「はい!」
「ではユニ、私はメラン王国の第五王子ネストル、ネスと呼んでもらってかまいません。こちらは異世界人のケン」
健一郎は軽く頭を下げた。ネストル王子は続けて紹介していく。
「レオニダス」
「レオでいい」
「アントニス」
「アトスと呼んでくれ」
ユニはその度にぺこりとお辞儀する。
「ユニ、今回の旅は私の嫁探しの旅なので行程は決まっています。貴方の旅の目的をうかがっても? 目的地があるならば調整します」
「私が行きたいのはネモフィラ王国です」
メラン王国一行はぐっと言葉に詰まった。
「あの、ネモフィラが滅んだのは私も知っています。私の母がネモフィラ産まれで、ずっと訪ねてみたいと思っていたのです。成人してオルキスから出られるようになったら、まずネモフィラに行くと決めていたのです」
察するに、ユニの母親はなにがしかの理由からネモフィラ王国を出て、オルキス王国を頼ってきたようだ。
「あそこに行っても、もうなにもない。それでも行きたいか?」
「はい!」
ユニはレオニダスに強く頷いた。
「わかりました。ネモフィラに行くのは最後になりますが、それでもかまいませんか?」
「はい! 寄っていただけるのならいつでもいいです! それに他の国を見てまわれるのも嬉しいです!」
「それは良かった。俺たちも同行者が増えるのは嬉しいぞ」
アントニスに健一郎もうんうんと同意する。女の子が一人いると全然違うものだ。
それに年齢的にみても、ユニはネストル王子のお相手候補になるのでは、と健一郎は勝手に思う。いやでも、経済的に豊かな国でないとダメなんだっけ。オルキス王国の話を聞いて女王様を見た感じ、どうも尼寺っぽいから、オルキス王国は質素な生活なのかもしれない。だとすると候補にはならないか。
「ケン、なにか気になることでも?」
「あ、ああ。さっき、女王様が出てくる前に、輸出品かなって話してただろう? なにを輸出しているのかなと思って」
「オルキスは手広くやっているぞ。ノルドに使う石飾りもそうだし、昨日食べたスープに使われていた独特な調味料や食材、そうそう薬も他国のものより良く効くな」
「他にもまだまだあるだろう?」
「はい」
アントニスの言葉に硬い表情になったユニを見て、ネストル王子が助け船を出した。
「ユニ、話せる範囲で結構ですよ。オルキスは他国からの移住者が多いので、知識も技術もネモフィラの次に集まっていると言っても過言ではありません。貴女の判断で情報公開してくださいね」
「ありがとうございます」
予想していたよりも潤っている様子に、健一郎は逆に不思議に思った。
「女王様は着飾るのは嫌いなのか?」
「とんでもない! 先程は私のせいなのです。お清めの時間に無理を言ったので」
どうやらオルキス王国では全王国民が早朝清掃をするらしい。
清掃中にメラン王国の旅人が門の外にいると聞いたユニは、これはチャンスだと、すぐさまエレニ女王に頼み込んだ。最近は旅人が通ることなど滅多にないので、女王もメラン一行を逃さないよう、即動いてくれたのだという。
それでちぐはぐな印象だったのだな、と健一郎は納得した。
「オルキスは女性だけの国ですから。本来なら、姉たちと一緒に旅をすればいいのですが、異世界生物が多くなった今は、女性だけでは危険だと言われて、国を出ることすら許してもらえませんでした。このままでは何年経ってもネモフィラに行けないと悔しく思っていたところでしたので、本当に助かりました」
「信頼には信頼を返そう」
「必ずネモフィラに行き、無事にオルキスに送り届けよう」
「はい! よろしくお願いします!」
「朝ご飯は食べましたか? 私たちはこれからなのですが、もし良かったら一緒にどうですか?」
「まだです! ぜひご一緒させてください!」
元気な妹が増えたような感じだな、と健一郎は思った。
ユニは自分の荷物から携帯食を出し、レオニダスもアイテムボックス鞄から朝食用に分けられた食事を出して分けたので、なかなか豪華な朝食となった。
その後、ユニの荷物を整理し、かさばる品だけをアイテムボックス鞄に入れた。大きな体積がするんと鞄に入る様子にユニは目を丸くしていた。やりとりを見ている限り、アイテムボックス鞄は数で管理しているのではなく、絶対容量が決まっているタイプのようだ。
ユニの持って来た食料も合わせて、日持ちのしないものから皆で分けるように取り決める。各自が持つ普通の鞄に最低限の水や食料が入っているのは、はぐれたときのためだ。ノルドがいれば滅多に迷子になどならないが、万が一ということもある。
「これを皆様に。陛下から賜りました」
ユニが差し出したのは手のひら大のアルファベットのCの形をしている物だった。
「こんな風に耳に取り付けて話すと、同じモノを付けている者同士で会話ができるのです」
「え、ハンズフリーヘッドセット?」
「はい。ヘッドセットです。ケン様もご存じでしたか。ノルドで使用するのに便利だと好評なんですよ」
「これはまた高価な物を」
「さすがオルキスだな」
「大事な子を旅に出すからとはいえ、女王陛下の本気が垣間見えますね」
健一郎はいきなり現代科学っぽい物の出現に驚いたが、それよりなにより、
「様呼びはやめてほしい」
「では、ケンさんとお呼びしてもいいですか?」
「~~いいよ」
働いていた介護施設で呼ばれていたのは『くまさん』で、付き合った女性から呼ばれるのは主に『ケンイチ』だった。女性からさん付け呼びをしてもらうなど、何年ぶりだろう。
俺がドキドキしてどうするんだと、こそばゆい気持ちを隠すように、健一郎はヘッドセットを手に取った。
持ってはいないものの使用したことのあるレオニダスとアントニスが5人をヘッドセットに登録してくれ、すぐに使える状態になった。通話を試すうちにユニは、レオさん、アトスさん、ネス様、と呼ぶようになった。ネストル王子を敬称をつけずに呼ぶのはできません、と固辞された結果だった。それでか、ネス王子と呼んでいたケンは、ネスと呼び捨てにするように言われた。
「せっかくの旅ですからね」
ネストル王子がにっこり笑う。
「ネスよ。ヘッドセットがあるなら、すぐに進むこともできるぞ?」
「そうですね。今から行けば昼過ぎには着くでしょうから、出発しましょうか」
「次はアルノルディ王国で間違いないな?」
「えぇ」
「うわぁ。嫌なところを先に済ませるんですね」
ユニの相づちに、渋い顔になったネストル王子、アントニス、レオニダスが無言で頷く。
「そんなに嫌な国なのか? どんな国なんだ?」
「行けばわかる」
「行けばわかるぞ」
「行けばわかります」
「行けばわかりますよ」
「わ、わかった」




