三六.『解延』の考察(後)
首をかしげながらネストル王子は『解延』を繰り返すが、槍はいっこうに伸びない。
アントニスがこそこそと健一郎に近づいた。
「本当にそれだけでいいのか?」
「今見てただろ?」
健一郎は槍を持って『解延』と唱えただけだ。
そうだが、とレオニダスも頭をひねる。
「他に違いと言ったら……『教え』くらいか?」
「ケン! 私にケンの『教え』を教えてください!」
ネストル王子と契約している健一郎に否定できるわけもないし、健一郎自身にも否やはない。
メラン王国で唱えられていたのは、聖句、誓願、道訓だったなと、健一郎は自分が言い慣れた文言で唱え、3人にも続いて唱和してもらった。
一通り唱え終わると、ネストル王子は期待を抑えながら槍を持ち『解延』と唱えた。
槍は伸びなかった。
「あー、だから異世界術は嫌なんだ」
「アトス、考えすぎるな。俺も考えたくない」
アントニスとレオニダスは頭をかかえたり振ったりしながら、すでに考えることを放棄している。
ネストル王子だけがブツブツとまだ考察し続けている。
「異世界術は唱えなくても術として成立します。ケンは『分解』と『延長』だけでなく、意識せず他の術を使っているのでは? そうでなければ術式が成立しないことに納得できません。意識せずに使われている術が特定できれば……」
ネストル王子の言葉に、健一郎はへぇと思った。
思い出してみると、確かにネストル王子もアントニスもレオニダスも、健一郎を『浄化』するときはなにも言わずに術をかけていた。
アレとの戦闘中は、誰が『浄化』しているのかわかりやすくするために、あえて唱えていたのだろう。
如意棒のように伸びる槍をハッキリと思い浮かべられていたから術がかかったのであって、唱える言葉は補足程度の働きだったということか。
ということは、使い慣れているからというよりも、イメージがしっかりしていれば無詠唱でも術は成り立つということだ。
でも、それを術式として成立させるには、正しい順番というか、細かく明記しないとダメらしい。
術式ってプログラム言語みたいなものなんだな、と健一郎は理解した。
「ネス王子。俺が槍を伸ばすときに思ったのは、『このまま伸ばしたら細くなってしまいそうだ。同じ太さのまま伸びてほしいから、一度分解した方がいいな』だったんだ」
あの時にそこまで丁寧に考えたわけではないのだけれど、言葉にするとこういう感じだろう、と健一郎は説明した。
「そういうことでしたら、大きさをそのままにするために『固定』がいりますね。伸ばすための材料は『教え』から使うので『補助』でしょうか?」
ネストル王子は別の紙を取り出すと、また円を描き、円の中に古代語で『分解』『補助』『延長』『固定』と書いた。
そしてその紙と槍を手に持ち『解延』と唱える。
ぐぐっと槍が伸びた。
アントニス、レオニダス、健一郎が声を上げる。
しかしネストル王子は喜ぶことなく『解除』を唱えて、槍を元の長さに戻した。
「はぁ。間違いではないようですが……ちょっと力業過ぎますね。今のでさっき唱えた分と残っていた分、すべて持っていかれました。ケンが倒れたのもわかります」
「ケンはあのとき、さらに『延長』を何回も唱えていたぞ」
「長さがもっといると思って必死だったからな」
「だとすると、まだなにか足りないんでしょうね。なにが……」
ネストル王子は術式を書いた紙に目をおとした。
「まぁ俺からしたら十分すごいぞ。ロスといい、ネスといい、本当にすごい」
「うんうん。俺たちは証の術で精一杯だ」
レオニダスもアントニスも術の開発には興味がないようだ。
ネストル王子は一瞬、残念そうな表情を見せたが、すぐにいつもの顔になった。
「そうですね。帰ってからファウロスと話してみましょう。今回の旅の目的は、術ではありませんからね」
話している間に、安全地帯の近くにノルドが戻ってきていた。
ノルドは安全地帯の中には入れないらしい。
危険を感じたらノルドからこちらに合図があるのだとか。
まぁそこいらの異世界生物にも負けることはないから安心しろ、とレオニダスは笑った。
寝る準備をしていると、ネストル王子が思い出したように言った。
「さきほどから気になっていたのですが、ダーマとはなんですか?」




