三五.『解延』の考察(前)
いつかレオニダスが予想していた通り、ネストル王子は順番にすべての国をまわるつもりらしい。
今日は勝ち抜き戦の後だし、健一郎の具合も悪いので安全地帯に止まって休むけれども、ノルドは契乗者が寝ていても運んでくれるので、本来なら明るい夜は移動の時間だそうだ。
ノルドは1人乗りの寝台車という扱いなのか。
ほんとすごいなノルド。宿泊がいらないなら、想像していたよりも早く旅が進みそうだな。
お腹も落ち着いたところで、ネストル王子が健一郎に向き直った。
「さてお待たせしました。ケン、なにか聞きたいことがありますか?」
「あ、勝ち抜き戦はどうなったんだ?」
「そうだった。ケンのおかげだぞ!」
「初めて3位になれたぞ!」
「私やアントニスは見られませんでしたが、巣穴の中では大活躍だったそうですね」
ああ、となんだかすっかり昔のことのように感じるアレのことを思い出した。
「あれからどうなったんだ?」
「さすがに、あれ以降は巣穴に入るのは中止になり、いつも通りの勝ち抜き戦で終わりました」
「昼で一旦集計して、子供と、倒した数が少なかったチームは抜けるんだ」
「昼食後に再開してからはまた新たに数え直し、今度は短い間隔で集計して少ないチームが抜けていき、最終的に1チームになるまで続けるんだが、昼からは特別なことはなかったぞ」
穴を塞ぐことについてはあまり役に立てなかったか、と健一郎が思っていると、
「巣穴に入り穴を閉じていく方法はファウロスがしっかり覚えましたよ。今回のことから、危険のないように、ゴーグルを増やして、巣穴に潜入する人員と待機人員を入れ替え制にして、もっと効率よく塞いでいくそうです」
「ちょっとは役に立てた、かな?」
「ちょっとどころか、とてもありがたかったぞ」
「巣穴でケンが数を稼いでくれたおかげで勝てたんだ」
「まさか兄上に勝てるとは思いませんでした」
本気で驚いている様子のネストル王子は、はっとその瞳を輝かせた。
「それより私は、ケンが使ったという術を教えて欲しいのです! 不思議な術を編み出したのでしょう? レオの槍を伸ばしたと聞いています」
「ああ、あれはとっさに、レオの槍を『分解』して『延長』しただけで」
そんなキラキラした目で見られると後ろめたい。
大魔法になるだろうと考えていた『火種』の『延長』である『火延』や、『乾燥』を『追加』させた『追燥』が一瞬で消えて効果もなかったから、苦し紛れに唱えただけの術なのに。
「ほぅ。そういうイメージだったのか」
「槍を伸ばすなど、俺たちには思い浮かばんな」
どこまでも自在に伸ばせる棒は、健一郎の中では、本家である西遊記からというよりも、某ボールを集めたら願いが叶う漫画から、如意棒として強く認識されている。
ただ、さすがに健一郎も、普通の槍を如意棒のように伸ばせるとは思えなかったので、一度『分解』してから『延長』したのだった。
『分解』の一手間を入れたからか、伸ばすだけだと細くなってしまうかもという懸念通りにはならず、同じ太さのままの槍が伸びてほっとしていた。
「あ、俺も聞きたかったんだ。槍を伸ばす前に、炎や熱風で倒せないか試したんだけど、効いた様子もなかったんだ。アレって熱に強いのか?」
「あぁ。他の異世界人も似たようなことを話していましたね」
「なんだったか? マホウがきかない、だったか?」
やっぱりあの数を一気に倒そうと思うなら全体魔法を考えるよな。
「あと、ジュウもきかない、とも言ってたな」
魔法も銃も効かない?
「私は武器を色々と試したのですが、弓はアレをすりぬけてしまい、一瞬の足止めにしかなりませんでした。まぁ投擲類はすべて足止めしかできませんが」
「……」
健一郎は武器庫を思い出した。
確かに、あの広い武器庫に銃系はなかった。
文化的に銃自体がないのかと思っていたけど、異世界倉庫には立派なモデルガンがあったし、サバゲー好きの異世界人が来ていたっぽいから、銃の知識が伝わってないわけでもない。
銃を使っても効果がなかったから置いてなかったのか。
でも、魔法や銃は効果がなくて、弓や投擲は足止めにはなるって、なにが違うんだ?
アレ自体は倒すのに力はいらない。言うなれば水風船みたいなものなんだ。
どういう理屈かわからないが、アレはやわらかくて(と言っていいのか微妙だが)、少々の攻撃では壊れない。
だから魔法が、いや異世界術が効かないというのは、わからなくもない。
皆がアレと戦う様子を見て伸ばした槍のことを考えると、おそらく貫通すればいいんじゃないかと思っていたけど、銃や弓が効かないということは、貫通が条件じゃない?
うーん。
「……、ケン、本当に伸びたのですか? 伸びませんよ?」
レオニダスに揺さぶられて我に返ると、ネストル王子がレオの槍を手に、何度も「『分解』『延長』」と唱えていた。
「ちょっと貸して」
王子から槍を受け取ると、健一郎は「『解延』」と唱えた。すぐに槍がぐっと伸びる。
「なるほど! 複合術なのですね! 術式を作っていないのに発動するなんて!」
中学生らしい様子で、王子は素直に目を丸くしている。
本当に異世界術が好きなんだな。
微笑ましく思っているうちに、すっと槍が元の長さに戻った。
炎や熱風と同じで、やっぱり効果は一瞬だな。
あの時は『延長』をかけまくって正解だったんだ。
「術式をつくれば、効果がもっと安定すると思います」
ネストル王子は自分の荷物から筆記用具を取り出すと円を描き、中に『分解』と『延長』の古代語を書いた。
姿形はまったく違うけれども、古代語は漢字のようなものだ。
術式を書いた紙と槍を持った王子は嬉しそうに、『解延』! と唱えた。
なぜか、槍は少しも伸びなかった。




