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三〇.巣穴の中

「気をつけろよ」


「無理だけはするな」


 アントニスとレオニダスが見守る中、槍から剣に持ち替えたファウロス、手ぶらの健一郎、紐を手に巻きつけたネストル王子の3人は蓋を開けると素早く巣穴に入った。

 残った2人がすぐに板を乗せて煙が漏れないようにする。

 蓋の隙間から通した王子と繋がっているアラウニの糸は、大きな糸巻きからアントニスの手を通って滑らせているので、少しでも変化があればわかるようになっている。


 健一郎は最初、あまりの煙の量に身構えたが、異世界術のかかったマスクは息苦しいこともなく、同じ感覚で息ができてほっとした。

 巣穴の中に充満する煙と地上からの光が閉ざされたことで健一郎の視界は暗くなったけれども、異世界術のかけられたゴーグルは巣穴の様子を見せてくれた。

 健一郎の知っている赤外線サーモグラフィのカラフルな画面とは違いモノクロの世界なので、どちらかというと赤外線の視界に近い。

 両目を開けていると普通の視界が邪魔をするので、健一郎は異世界術がかけられていない側、右目を閉じた。

 

 巣穴の入り口は急な坂になっている。

 すべらないように注意して降りると、ちょうど成人男性1人が立って歩けるくらいの大きさの横穴が続いていた。


「いいか、儂は前と上下を注意して見ていく。ネスは右、ケンは左を頼んだぞ」


「はい」


「わかりました」


 3人はゆっくりと歩を進めながらそれぞれ注意深く巣穴を見ていく。


「今のところはなにもないのう」


「そうですね」


 地上で見たような輝きはどこにも見当たらない。


「実験では、命の輝きは多少の障害物は突き抜けて見えました」


「じゃから、薄くても光っておれば教えてくれ」


「はい」


 2つめの巣穴まではただの一本道でなにもなかった。


 ファウロスが持っていた剣で蓋をとんとんと叩くと、レオニダスの声が聞こえてきた。

 

「よし、ネス、紐を離していいぞ。アトース!」


「わかったー! 引くぞー!」


 アントニスから紐を引き上げ終わった合図が来ると、ネストル王子は一つ目から二つ目の手前までの巣穴を『修復』して塞いだ。


「よし。ネス、続けて行けるか?」 


「大丈夫です」


 アントニスが二つ目の巣穴を塞ぐ板の隙間からアラウニの糸をネストル王子に渡すと、王子はまた手に巻きつける。


「ネス、ケン、見るのはさっきと同じようにじゃぞ」


 モノクロの視界の中、なめるように巣穴を見ながら3人はゆっくりと進む。

 

 確か3つ目の穴までは変わりなく煙が出ていたんだったよな。


 健一郎の記憶通り、3つ目までの巣穴もただの一本道だった。


 先程と同じようにネストル王子が巣穴を2つ目から3つ目手前までを『修復』して閉じる。


「よし。一度、上がってきてくれ」


 レオニダスの助けを借り、ネストル王子、健一郎、ファウロスの順番で地上に上がる。


「異世界品の異世界術が切れないように、『教え』を唱えておくんだ」


 3人と2人はそろって『教え』を唱える。

 異世界品をつけたまま唱えることで術力が補充されるらしい。

 確かに充電電池みたいに取り替えるだけの方が手間も時間も早い。


「もしなにかあるとしたらここからだ。ここからは本当に気を抜かないでほしい」


「なにか感じたら、すぐに紐を引くんだぞ」 

 

 レオニダスとアントニスに見送られて、ファウロス、健一郎、ネストル王子はすばやく3つ目の巣穴に入った。


 入ってすぐ、3人は違和感を覚えた。

 先程までと比べて、明らかに煙が薄いのだ。

 十歩も歩いたくらいで、ファウロスが立ち止まった。


「これは……二人とも、こちらに来てくれんか」


「どうしました?」


「なにかありましたか?」


 二人並ぶのが難しかった横穴が、前に進むにつれだんだん広くなり、ファウロスの位置までくると、左側に大きな空間があるのがわかった。


「奥の壁をよーく見てみろ。見えるじゃろ?」


 ファウロスに促されて、ネストル王子と健一郎は目をこらす。

 奥の壁には、小さな輝きが整然と並んでいるのが見えた。

 その数はぱっと見ただけでも100を超えている。


「な、なんですか、あれは?」


 見間違いかと、ネストル王子は何度も見直しているが、3人とも見えているので間違いない。


「もしかして卵? もうちょっと近づいてみないとハッキリ見えないな」


「今見える限り前方に輝きはないから、アレはおらんようじゃ。今のうちに近づいてじっくり見ようかの」


 3人は警戒しながら左奥の壁へと近づいた。 

 果たして壁には、小さなくぼみに手のひらに乗るくらいのネズミのような生物が一匹ずつ入っていた。

 目を閉じているけれども鼻先がぴくぴく動いているので生きてはいるようだ。眠っているのかもしれない。

 その姿はなかなかに可愛らしい。


「ミュースじゃ! 生きておったのか!」


「ミュースってなんですか?」


「おぉ、ネスも見たことがなかったか。メラン王国に元々いた動物で、アレと姿だけは似ているんじゃが、大きさや性質が違うんじゃ。てっきり、牧場の動物がいなくなった時に一緒に食べられたと思っておったんじゃが。まさかこんなところで生き延びておるとはのう」

  

 懐かしさで嬉しそうなファウロスだったが、健一郎にはガンガン静かに警戒警報が鳴っていた。

 このいたいけな生物がどうしても怖い。

 ここにいてはいけない!


「ミュースは昔たくさんいたのですか?」


「そうじゃ。ミュースは繁殖力が高く一気に増えるんじゃ。それも毛皮がとれたり身も食べられたりで重宝したんじゃが、儂が子供の頃からまったく見られなくなった。絶滅したんじゃと思うておったが」


「いちど地上に戻りましょう!」


「なんでじゃ? まだ見終わっておらんじゃろ?」


「ケン、珍しい動物です。もう少し見てからでも」


「お願いします! 嫌な感じがするんです!」


「なにを……んん?」


 ファウロスと健一郎が妙な気配を感じて振り返った。

 そこにはキラキラと輝く霧のようなものが蠢いていた。


「え? 異世界品の故障ですか?」


 ネストル王子が何度も視界を切り替えているのが横で見えるが、健一郎は輝く霧から目を離せないでいた。

 警戒警報がさっきよりも大きくなっている。

 目は霧に向けたまま、健一郎はファウロスに頼む。


「早くここから出ましょう」


「うむ。先にネスを行かせよう。ケンはわかっておるな?」


「はい」

 

 年若く王子であるネストル王子を一番に逃がすのは当然のことだ。

 話している間にも、輝く霧は集まり、輝きが濃くなっていく。


「ネスよ! 紐を引いて全力で三つ目まで走れ!」


「はい!」


「『結界』!」


 ネスが細い道の向こうにある三つ目の巣穴の方へ走り、健一郎が『結界』を完成させ、ファウロスが剣を近づいてきた霧へと振り下ろす。

 ファウロスの剣は霧を通り抜け、さらに濃くなった霧は眠るミュースに吸い込まれるように入っていった。

 苦しむように体を動かしたミュースは壁のくぼみからポトリと地面に落ちた。


「ぢ……ぢゅぢゅぢゅ……うぅ」


 健一郎とファウロスの目の前で、小さかったミュースが風船のように膨らんでいく。

 地上で見たアレの大きさまでふくらむと、顔に亀裂が入り、くぱぁっと開いた。

 CGだったら見慣れた光景も、目の前で起こると脳が拒否反応を起こすようだ。

 健一郎は吐き気をもよおしたが、なんとか耐える。


 大きくなったミュースにファウロスがもう一度剣を振るうと、地上で切った時と同じように、すぐにどろりと溶けて消えた。


 溶けた向こう、壁の下には、すでに何十匹のミュースが落ち、それぞれむくむくと膨らんでいる。


「ケン、走れ!」


「はい!」


 ファウロスは健一郎を庇いながら次々と膨らんでいくミュースを切り伏せながら後退するが、ミュースが膨らむ方が速く、数が多すぎて、ファウロスが動けない状態になっていった。 

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