二九.異世界品の準備
「もうしばらく煙は上がり続ける」
「巣穴の中は煙で充満している状態だ」
地上にある穴にはすべて蓋がされているので、巣穴の中はさぞ煙たいことだろう。
「これにも少し細工をしたんじゃ」
ファウロスが業務用防塵マスクを手に取った。
頭の後ろにベルトを固定し、口元はもちろん鼻まで覆うタイプだ。フィルターを通して外の空気を吸えるようになっている。
「閉鎖空間で検証していると息苦しくなったので、息が続くようにもしています。あと、ゴーグルとマスクを一緒につけるにはお互いのベルトがぶつかりましたので、『契乗』と似た術式を」
「ケン、見ておれ。『続結』!」
ファウロスがゴーグルとマスクをしわのある顔に当てた状態で『続結』と唱えると、どちらもきゅっと顔にひっついた。
「どうじゃ? 煙も入らないほどぴったりくっついとるじゃろ?」
ほれほれ、とファウロスがわざと首を振るのをネストル王子は呆れたように見ている。
「声もハッキリ外へ聞こえるように術をかけています」
異世界術、万能だな!
「……すごいですね」
「いやはや、作るのが楽しくての」
「基本の術式はすぐにできたのですが、検証と修正に時間がとられてしまい遅れてしまったのです」
すまなそうなネストル王子に、ケンは慌てた。
「一晩でこんなすごい道具を用意できるなんてすごいし、嬉しいよ!」
王子はファウロスと顔を見合わせると、心から満足そうに笑った。
「『解除』! 『契乗』と同じように『解除』で外れるぞ」
「『続結』を唱えることで、今回の異世界品にかけられた異世界術が発動します」
いつでも効果があるわけではなくて、『続結』を唱えるまでは生命体は見えないし、息や声の補助もかからない。
そうしたのは効果時間が決まっているからだ。
「できればケンの話していたジュウデンも取り入れたかったんじゃが」
「今回は間に合いませんでしたので、できれば術が切れる前に地上に戻って補充しましょう」
「わかった」
「では、手順を説明します」
巣穴にはファウロス、健一郎、ネストル王子の順番で入る。
ファウロスには武器を持ってもらい異世界生物に出会った時には戦ってもらう。
健一郎はもし異世界生物が現れたらすぐに3人に『結界』を張る。
ネストル王子は状況を見て術を使い、なにかあれば地上とつながる紐をひいて合図を送る。
「なにもない道は私が歩きながら『修復』していこうと思うのですが」
「それだと万が一異世界生物に出会った時に逃げられないんじゃないか?」
「次の穴の下まで来てから一気に『修復』した方がいいな」
「わかりました」
アントニスとレオニダスの言葉にネストル王子は頷くと、ゴーグルとマスクを『続結』し、アラウニの糸と呼ばれる半透明の太い紐を手首に巻いた。
ファウロスと健一郎もゴーグルとマスクを自分たちの顔に『続結』する。
おぉ。キツすぎず緩すぎずフィットしてる。
健一郎は山を見たり人を見たりしてみた。
視界は半分黒いけれども、黒い部分もうっすら見えている。
その中で、人間は強く輝いていた。木や草、木々の向こうにいるらしいファウロスの乗ってきたノルドとノルドの首あたりがひときわ輝いている。
「こんな風に見えるのか」
「面白いじゃろ?」
「巣穴の中に入ると暗くなりますから、お二人とも足元に気をつけてくださいね」




