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二一.天地拳

 充電にはもう少し時間がかかるなと健一郎が思っていると、ファウロスがわくわくした様子で言った。


「ケンよ。良ければ今ここでショーリンジを見せてもらえんか?」


「いいですよ」


 健一郎にとっては、少林寺拳法が明るくない土地で「少林寺をやっている」と言うと「どんなの?」「見たい」と続くので、慣れている。拳士あるあるだ。

 もしここにもう一人拳士がいれば一緒に演武をするところだが、一人なら単演(形)を披露することにしている。

 所望した相手が子供だったり、蹴りが好き、派手なのが好きなど好みがわかっていればそれ重視の短いものを選ぶが、ファウロスはじっくり見たそうなので、天地拳第1~6系までを続けてしようと決めた。


 テーブルから少し離れた所まで行きスペースを確保すると、すっと姿勢を正し、結手を構える。皆に向かって合掌礼をとると、気合いを発して始めた。


 健一郎が天地拳をするのは数ヶ月ぶりだった。

 でも、中学生で習い始めてから嬉しくて、部活中だけではなく自室や友達の前でも自慢げにやっていた。

 導院に通い出してからは、この時の重心はこっちにとか、相手の動きを想定してとか、色々考えるようになった。

 今は久しぶりだからか、単純な突きや蹴りの動きさえも嬉しい。

 あぁやっぱり少林寺拳法が好きだな、と健一郎は馴染んだ動きの中でしみじみと感じた。


 天地拳第6系まで終わり、元の場所に戻り合掌礼をするのを待って、ファウロスが叫ぶように歓声を上げた。


「これじゃ! まさにこれじゃった! また見られるとは!」


「喜んでもらえて良かったです」


 むしろ70年も忘れられなかったということは、当時の拳士の単演が相当印象的だったんだろうな、と健一郎は思った。

 モーツァルトのキラキラ星変奏曲を初めて聞いて、なにこれスゴい! みたいな感じかもしれない。


「ケン、すごいな」


「びっくりしたぞ」


 アントニスとレオニダスも驚いている。

 いつもぎこちなく棒を振り回している健一郎の姿からしたら、驚愕ものだろう。


「俺、最初は剣士に憧れてたんだけど、実際使わしてもらったら、不器用で使えなかったんだ」


 幼き頃から夢は道場主だった健一郎は、少林寺拳法をする中で棒術もあると知り、すぐさま習いたいと希望した。

 棒術が巧みな拳士も存在していて、その拳士に教えを請うたところ、健一郎の熱情に応えてくれたのだが、残念なことに健一郎の理解力が追いつかなかった。

 

「お前さんは身一つが良かろう」


 情熱だけではどうにもできないことがある、と自分でも思い知ったので、すっかり武器への未練はなくなった。


「得意な技とかあるのか?」


「うん。アトス、来てくれ。俺の手首を持って引いて」


「こう」


 こうか? の「か」をアントニスが発する前に、健一郎とほぼ同じ体格のアントニスの体がふわりと宙を舞っていた。


「え?」


 いきなり視点が変わって床に座り込んで呆然としているアントニスを健一郎は心配そうに見下ろす。


「痛くはないよな?」


「あ、ああ。あれ? 今……あれ?」


「すごいな。同じくらいの相手を投げられるのか」


「投げたというか、俺は特に力を使わないんだ」


 武器の扱いは壊滅的だが、健一郎は武器を諦めて対人に集中したからか、対人に関してはかなりうまくなった。

 力の動きが見えるわけではないけれども、うっすらわかるようになり、技をかけやすくなった。

 それは施設で高齢者を相手にするときにも役だった。重労働な介護職でも相手の体も自分の体も故障させることはなかった。


「力を使わないなんてことないだろう」


 レオニダスも来たのでアントニスと同じようにすると、床で呆れたように笑った。


「信じられん」


 身構えていたレオニダスでさえ、引っ張られたり痛かったりといった無理矢理な感触は一切なく、一瞬で視点が変わったように思えたのだ。


「儂も! 儂もじゃ!」


 宙を舞って床に着いたファウロスはキラキラと目を輝かせた。 


「あぁ! 儂もそれが使いたい! ケンよ。教えてくれんか!」


「教えるのはいいんですけど、今はちょっと」


「そうですよ、ロス。今はまず、異世界品を使えるか確認することが先です。その後は、ケンに私の旅について来てもらうことになっています」


「くぅ! ならば帰ってからで良い! 約束じゃぞ!」


「喜んで」


「さぁ、そろそろ、ジュウデンも終わったのではないでしょうか? 見に行きましょう」

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