一二.一人前の証
健一郎は、自分自身で『浄化』の術をかけられたことで、少なくとも、長年親しんできた『教え』に『許された』ように感じた。
体を壊してから少しずつ、今の自分は『教え』に相応しくないと思いこんできたけれども、その『教え』が「そんなことはない」と言ってくれたように思えたのだ。
だから涙があふれたのだけど、アントニスにもレオニダスにも、健一郎にそんな理由があったことなどわからない。
「そんなに感動したか」
「良かったな」
アントニスとレオニダスは、健一郎の肩を優しく叩き、涙目でうんうんと頷く。
二人はただ、健一郎が術を使えたことに感動したのだと思っていた。
メラン王国では、『術が使える=一人前』なので、初めて術を使えたメラン王国民が泣くことはよくあることだった。
『術が使えない=半人前(教えを理解できていない)』なので、それなりの歳になっても使えないと、周囲の目が厳しくなり、訓練の内容も増える。
厳しい訓練の結果ようやく術を使えると、それはもう、本人も周囲も涙なみだの熱いやりとりになる。
今回は、思いがけず健一郎がすぐに術を使えたので、メラン王国民の二人としては少々物足りなかったが、「感動してこれだけ泣いているのだな」という見守る気持ちになっていた。
健一郎の方は、一気に感情があふれたものの、いつもと変わらぬ二人の様子に、しばらくすると冷静さを取り戻すことができた。
「ケンがすでに『教え』を知っているということは、教えの異世界人と同じ世界から来たのだな」
「失われた部分がわかると知ればネスも喜ぶだろう。後で教えてやってくれ」
「俺たちは、今はケンに術を教えよう」
二人は健一郎に先程の本を手渡した。
「今から術の意味をひとつひとつ教えていく。忘れないように、空いている場所にお前のわかる言語で書き込んでいけ」
術が使えるようになり、一人前と認められたメラン王国民に与えられる本らしい。
一ページにひとつずつ術が大きな文字で書かれていて、その下に小さな文字で意味が書かれているらしいけれど、健一郎にはどちらも読めない。
「俺たちができるものは見本も見せてやれるが、できないのはネスに頼め」
本の初めは、傭兵としてよく使う、『浄化』『飲水』『火種』『乾燥』『光源』『駆除』『結界』『防御』などが書いてあり、二人が見本を見せてくれた。
確かに便利そうで、健一郎としては、魔法というより生活術だな、と思った。
でも、説明してもらえたのは本の半分ほどで、残りはよくわからない、と閉じられてしまった。
「悪いが、これ以上は俺たちには使えない」
「まぁ、異世界術で一番お世話になっているのは『浄化』だ。『浄化』さえ使えれば特に問題ないだろう」
「『浄化』のおかげで、他国から、城や俺たちが臭いと言われなくなったからな」
「本当に素晴らしい術だ」
「…………」
メラン王国には水も木も豊富にあるので、労力さえ惜しまなければ水浴びも湯浴みもできるだろうが、きっとそれほどしなかったのだろう。
お風呂に入るのが無駄に思えた時期もあった健一郎は、とっさに気の利いたコメントを返せなかった。
一通り術をさらった後は、健一郎一人でもできるか復習も兼ねてテストしてもらった。
「うん。大丈夫そうだし、なかなか量も多いみたいだな」
「量?」
「術を使える回数みたいなものだ」
「もし術が使えなくなったら『教え』を諳んじろ。また使えるようになる」
MPが補給されるってイメージでいいのか?
なんとも不思議な世界だな、と健一郎は思う。
「術は午前で終わりそうだな」
「午後からは地理をしよう」
「どの道を通って嫁探しをするかはネス次第だが、知っておいて損はない」




