42.解決……してないよ!
その後、実はビアンカ様も同じように元の姿に戻ったことを侍従と侍女に伝え、ディーノ王子にも同じように私が協力してもいいか確認すると、ぜひお願いします、と頼まれた。
男の子だし、別の曲にした方がいいかな、なにがいいかなと考えていたら、ティナ王女の「あのうたがいいのです!」の一言で、午後の授業を変更して急遽ディーノ様にあの歌を教えることになった。
すっかり踊れるようになったビアンカ様も一緒に歌いたいとやってくることになり、麗しの美少女になったビアンカ様を前にした双子陣営はビビっていた(本来のビアンカ様を見たことがなかったっぽい)。
お付きも参加したみんなで、手をつなぐ部分や、最後の決めポーズもそれぞれしっかり覚えてもらい、歌いながら踊れるようになる頃には、お互いの誤解も解けてわだかまりもなくなっていた。
ルチアーノ先生とアルベルトが演奏を担当し、センターにビアンカ様、その両脇にディーノ王子とティナ王女、その横に侍従と侍女で歌って踊る様子は、きらきら可愛くて、本当に動画で残せないのがもったいなかった。写真でもいいから撮りたかった!
夢中で拍手すると、みんなから「ありがとう、ユリア様」とお礼を言われた。
いいよね! この謎の一体感!
どうやら、歌って踊ったあとに眠ることがエネルギーの滞りが解ける条件だったようで、ディーノ王子は翌朝、童話に出てくるようなザ・少年王子様の姿になっていて、侍従は涙を流して喜んでいたらしい。
双子の姿が変わったことは、やっぱりしばらく周囲には伏せるようで、ビアンカ様ディーノ王子ティナ王女の授業は一週間お休みだ。
お休みといっても、色々とやることがあるらしい。
とにかく新しいサイズの服がいるので、今日の午前は採寸、午後からは久しぶりにきょうだい水入らずでゆっくり話せるように、3人でお茶会をするのだとか。
確かにホラーで怖かっただろうけど、そもそも疑心暗鬼しあっていただけなんだよね。
ほんと誤解が解けて良かったよ。
「でも、全然解決していませんよね?」
朝、今回の一連のことを王様へ報告し終えたルチアーノ先生が私の部屋に来てくれたので、私は聞いてみた。
「皆様が元の姿に戻れたことは本当に良かったと思ったんです。ただ、ディーノ殿下ティナ殿下のお付きの方は異世界人の私がどうにかしたのだと納得してくれたみたいでほっとしましたけど」
術やエネルギーについて詳しく聞かれたらどうしようかと思っていたので、勝手に納得してくれて本当に助かったよ。ディーノ王子やティナ王女の変化もさることながら、やっぱりビアンカ様の変わりようが凄すぎたんだろうな。
私がどうにかしたのは嘘じゃない。うそじゃないんだけど。
「実際のところ、どうなんですか? 異世界エネルギーが歌エネルギーだっていうのはいいとして、歌えば誰もがエネルギーをまとい、歌い手と歌によっては勝手に対象に影響を及ぼすって、けっこう大変なことですよね?」
珍しくルチアーノ先生が困った顔になった。
「異世界エネルギーが本当は歌エネルギーだったってことも、かなり大変なことなんだよ。術はちょっと難しすぎるな。エネルギーが通ると異世界品がなくても歌えば誰でも術が使えることを、どこまで公表するべきか、いや公表しない方がいいのか、簡単には判断できない。今の、誰も気がついてない状態でうまくいっているのなら、このままにした方がいい。ただ、これはもう、カルミア王国だけの問題じゃない。各国の王が集まって協議する案件だ」
うん。この世界が根底からひっくり返るよね。
もうエネルギーは賄えるから異世界召喚しなくていい。そういう意味では、いますぐ情報を公開して欲しい。
ミュージカルな生活をすれば誰でも術が使えて超便利なのもいいよね。ただ、その術がどこまで影響するかがわからないのが問題なんだけど。
「私はしばらくこの件で動くことになったんだ。申し訳ないけど、ユリア様の教師を続けられなくなった。楽しかったのに残念だな」
いやいや。私に流し目のサービスはいりませんから。
先生には十分過ぎるほど教えていただきました。
言葉はまだあやしいので、できれば翻訳アメを自作できないか研究したいとは思ってるけどね。
「ルチア先生、今まで本当にありがとうございました」
「こちらこそ。ユリア様、みんなを助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。うまくいったのは、たまたまですけどね。これから私は術使い研究所で、術をもっと掘り下げたいと考えています」
今回わかったことだけでもいっぱいある。
歌を歌えば歌い手に歌エネルギーがたまる。
歌って踊れば、エネルギーが滞っていてもうまく発散できる。
ヨガをすればエネルギーが通って、異世界品なしで術を使えるようになる。
エネルギーが通ってなくても、歌い手や歌によっては対象にエネルギーが入る。
まだまだ検証が必要だし、肝心の召喚術には、まだかすりもしていないからね。
「いいね。ぜひ頼むよ。……おそらく私は、ネモフィラのことがあってから逃げていたんだと思う。今まで、外交の仕事はうちが担当していたんだ。でも、ネモフィラ以降、私は国外に行くことができなくなった。だから王妃殿下が代わりをしてくれるようになっていたのにね。……目の前のことにも気づかないくらい、目を曇らせていたんだろうね。今回、カルロとユリア様に教えてもらったよ。だから、私からも、ありがとう」
それは、いつもの貴公子然とした言い方じゃなくて、素のルチア先生の言葉だった。
カルロ所長もルチア先生も、同じようにネモフィラで父親と兄を亡くしていた。
ルチア先生は術から遠ざかり、カルロ所長は術にのめり込んだ。
「誰が正しいってわけじゃないと思います。カルロ所長だって、興味がなかったら研究していないと思うので」
もちろんカルロ所長の原動力も術への興味の有無だけじゃないとは思うけどね。
立ち直り方は人それぞれだから、どの方法でも、回り道して時間がかかってもいいと思う。
「そうそう、陛下がユリア様に報奨を出したいって。なにか希望はあるかい? わりとなんでも大丈夫だよ」
「…………」
帰りたい、と望んでもいいのかな?
望めば帰ることができるのかな?
ここに召喚されたばっかりの頃に比べたら、この世界のことを知って、この世界の人たちと知り合って、振り回されてばかりの中で、私は実は癒やされていた。
命を握られていたのはイヤだったけど、まりあさんの娘であるという肩書きのない生活はラクだった。
異世界人として見られることと、まりあさんの娘として見られるのは全然違っていた。
離宮から研究所に通う生活は、まるで楽しく学校に通っているみたいだった。
久しぶりに、明日が早く来ないかなって思えた。
「……少し考える時間が欲しいです」
「もちろんだよ。思いついたら教えてね」
――――私は、このとき、なんですぐに望まなかったのかと後悔することになる。




