35.第1日目の振り返り
城の私の応接室で、ルチアーノ先生、アルベルト、カルロ所長と集まって座っている。
机の上にはエレナが用意してくれたお茶があるけれども、人払いしているので部屋にいるのは私たち4人だけだ。
カルロ所長が『防音』をとなえるのを待って、ルチアーノ先生が口を開く。
「カルロ、なにが見えたんだい?」
「はい。王子殿下と王女殿下の異世界エネルギーがそれぞれ動くのが見えましたが、滞りはそのままでした。ただ、王太女殿下の姿が変化したのもすぐではなかったとお聞きしたことから、翌朝になるまで結論を出せないと思われます」
「明朝に発覚する可能性があるなら、訪れる約束をしていた方がいいかもしれませんね」
「それはそうだが、朝から私たちが訪れるのは無理があるよ」
ビアンカ様のときは私がたまたまお泊まりしていたから良かったけど、双子の場合はそうはいかない。
契約していない私がビアンカ様と同じように双子の部屋に泊まることはできないだろうし、ルチア先生はビアンカ派だから余計に警戒されると思われ。
双子の陣営の中に1人でも味方がいれば良かったんだけどね。
「その、殿下の話とは違うのですが、見えたことを話してもいいですか?」
カルロ所長が控えめに聞いた。
「ぜひ話してほしいな」
「ルチアーノ様の異世界エネルギーが通りそうです」
「は? どういうことだ?」
アルベルトが聞き返す。
「えーっと、ユリア様やうちの術使い候補たちの何人かは体の中心にすっと異世界エネルギーが通ってるんです。それが、今日のヨガと歌の後から、ルチアーノ様も通りそうになってきていて」
「もうちょっとわかりやすく話せ!」
イライラしたアルベルトに急かされてカルロ所長が困っているので、聞いてみた。
「カルロ所長、エネルギーが通ったらどうなるんですか?」
「それだ! ユリア、ありがとう。ルチアーノ様、ルチアーノ様は術が使えませんよね?」
「あぁ。異世界品を持っても使えないよ」
「今、試してもらってもいいですか? まずは身につけている異世界品を外してもらいたいんですけど」
カルロ所長は断りを入れてから、ルチアーノ先生をじっくりチェックして、異世界品の有無を確認する。
ルチアーノ先生には異世界品がいくつもつけられていた。これらの異世界品にはすでに術が記述されているので、自動発動している状態だ。
服に縫い込んである防御、アクセサリーに防毒、防眠、靴には防疲まであった。
こうやって異世界品を使っているのを初めて見たけど、確かに便利そうだ。
色々外して心元なさそうなルチアーノ先生に、カルロ所長は術使いローブのポケットから記述された異世界品を出して古代文字を見せた。
「これが『清める』の文字です。ルチアーノ様はもう何回も『清める』を体感されているので、どういった効果があるかおわかりかと思います。こちらにかけてみてくださいますか?」
カルロ所長はテーブルの上で空っぽだけどうっすらお茶が残るカップを示した。
「『清める』」
ルチアーノ様はとなえたけれど、術は発動しない。
「ユリア様、こっちに来て」
カルロ所長がルチアーノ先生に私に触れるように言うと、ルチアーノ先生は私の肩に手を置いた。
「もう一度、同じようにとなえてください」
「『清める』」
すぅっとカップがきれいになった。
「え」
となえたルチアーノ先生も、そばで見ていたアルベルトも、目が丸くなっている。
「おかしいな。私に術使いの才能はなかったはずなんだけど」
「カルロ、どういうことだ?」
仮説ですが話してもいいですか、とカルロ所長が前置きすると、ルチアーノ先生が「話し方には気を使わなくていいよ」と言ってくれた。良かった。カルロ所長のまわりくどいしゃべり方だと、長くなりすぎるもんね。
「ありがとうございます。まず、結論から言うと、異世界エネルギーは異世界エネルギーじゃなかったということです」
「ざっくり言い過ぎだ! もう少し順序立てて説明しろ!」
「あー、はいはい。今ルチアーノ様が術を使えたのは、異世界人であるユリア様のエネルギーを使ったからです」
げ。
カルロ所長が私を異世界エネルギーとして使うとは思わなかったよ。
「あぁ。後から説明するけど、ユリア様自体をエネルギーとして使ってはないから。安心してね」
どういうこと?
「……私は以前、術使いの素質を調べる検査を受けたことがある。その時は、異世界品を持っても術を使えなかったんだけどね?」
「この『術使いの素質』も、素質じゃなくて、なんていうのか、慣れみたいなものというか」
「なら、私にも使えるということか?」
アルベルトはすぐに『清める』と唱えたが、なにもおこらない。
そうだった、と、さきほどの異世界品に記述された古代文字の『清める』を見てから『清める』をかけたけど、なにもおこらない。
「ユリア様、お願いします」
私がアルベルトのそばに行くと、アルベルトはそっと私の肩に手を乗せた。
「『清める』」
ルチアーノ先生の時と同じように、すぅっとカップが清められた。
「私が術を使えるとは……」
騎士のアルベルトとしては、術が使えるのは複雑な気持ちらしい。
「ありがとうアルベルト! もうひとつの検証もできたよ。君、今、別の異世界品もつけてるよね?」
「あ、ああ。騎士服には防御の異世界品がぬいつけられているが」
「うんうん。ということは、記述された異世界品があっても干渉しないってことだ。じゃあ、このもやもやはやっぱり……」
「カルロ、私たちにも説明してくれると嬉しいな」
「あ、はい。つまり、術を使うのに必要なのは、『異世界エネルギー』と『術使いとしての素質』と言われてきましたが、そうじゃなかったんです。『エネルギー』と『術言語の知識』だけでいいんです」
「どういうことだ?」
「つまり、誰でも使えるってことだよー」
「だから、どうしてそうなるんだ!」
アルベルトとの相性が悪いのか、カルロ所長がいつも通りの口調でもやっぱり微妙にわかりにくい。
「カルロ所長、つまり、誰でも古代文字を理解すれば異世界エネルギーを使って術が使えるってことですか?」
「そうそうそう! でも、異世界エネルギーじゃなくて何エネルギーって言ったらいいのかな? 歌ったら増えるみたいだから、歌エネルギー?」
「え、歌うと増えるんですか?」
「うん。歌うと見えてるもやもやがすごく濃くなる。でね、それが通るとね、異世界品を使わずに、自分にたまったエネルギーを使って術が使えるようになるんだよ!」
え? それはかなり大発見なんじゃない?




