29.混乱の朝
「ぶはっ」
慌てて口を手で抑えた。
ふっかふかのベッドで目を覚ました私の前に、キラキラ輝く美少女が寝ておられる。
いやこれ、月の精霊か女神様なんじゃないの?
長くてさらさらの銀髪が色白な顔を縁取っていて、眉毛も、伏せられたまつげも銀色、形のいい鼻の下にある唇はぷるるんピンク。
顔の近くでゆるく握っている手の細い指先もほんのりピンクって、どこの天女様ですか。
そんな麗しい顔が寝起き目の前20センチにあるってどうよ?
うっわ、なんかもう、破壊力が凄すぎて、口ふさいでても鼻息が荒くなってきた。いかんいかん。
息を殺してそっと後ろに下がると視界が開けて、掛け布団の下、キツそうな夜着の隙間から、ミサイルみたいな胸のつくる谷間が見えた。
わーお。まりあさんよりすごい。
いやいや、目を奪われてる場合じゃない。
もっと色々じっくり見たいけど、まずは確認だ。
「ビアンカ様……ですよね?」
これでビアンカ様じゃなかったら怖すぎる。お願い。ビアンカ様でいてください。
昨晩はさんざん歌いながら踊って、恐怖心はなくなったけど汗をかいたので、私とビアンカ様に『清める』をかけたら、すっごく感動された。
その後ベッドに横になって、ビアンカ様の亡くなったお母様との思い出話を聞いていた。
眠る前に抱きしめてもらうのが嬉しかったという話から、「ユリア様の世界では、眠る前にしてもらうことはありますの?」と聞かれたので、「子守歌を歌ってもらったり、絵本を読んでもらったりですかね(主に小夜さんがしてくれたんだけどね)」と答えたら、子守歌を所望された。
子守歌、色々あるんだけど、もの悲しかったり、子供を寝かす歌というよりも子守役の心情ダダ漏れだったり。
文化的に説明も難しそう。私自身が小夜さんに聞きまくって小夜さんを困らせたもんね。
『ゆりかごの歌』やモーツァルトやシューベルトの子守歌にしようかとも思ったけど、ビアンカ様は前に『あめふりくまのこ』を気に入ってたので、カラス~なぜなくの~な『七つの子』にした。
厳密には子守歌じゃないかもしれないけど、私の中では子守歌なので。
ビアンカ様を優しくとんとんしながら静かに歌っていると、2週目くらいで寝てしまった。私もすぐに眠った。緊張続きで疲れてたからね。
で、今だよ。
「ビアンカ様?」
マジお願いします! 別人とかやめて!
そっと揺すると、ふるふると銀色まつげが動いて、ゆっくりと持ち上がった。
ルビーみたいに輝く赤い瞳がしばらくさまよった後で私を捉えた。
「……ユリア様、おはようございます」
あぅ、やんわり微笑まないで、鼻血出そう。
「お、おはようございます。あの、ビアンカ様、ですよね?」
「はい、そうですよ?」
良かったー。ホラー展開なかった。マジ良かった。
「ビアンカ様、服、苦しくありませんか? その、すごく成長されたみたいなので」
まぁ元がけっこう丸くて、ゆるゆるの夜着だったから、ネグリジェが破れたり、血流が止まったりとかはないだろうけど、ツンツルテンにはなってそう。
「?」
寝起きだからか、ビアンカ様はぼんやりしている。
しばらくしてから、ゆっくりと体を起こしてまず両手を見ていた。絶対に胸も目に入ってるはずなのに、胸は気にならないのかが気になる。
ようやく頭が動いてきたようで、胸元に流れている銀色の髪にも気づいたらしい。
ベッドから下りて姿見のある方へ行こうとして、転んだ。
「大丈夫ですか?」
ビアンカ様を支えるために隣に立つと、ビアンカ様の背は私を超えていた。
もう丸くてかわゆいビアンカ様じゃなくて、すらっとしたボインキュッキュな美人さんだ。
うわー、何十センチ伸びたの? これはすぐにはバランスとれないわ。
姿見の前にイスを用意してビアンカ様を座らせる。
「ビアンカ様、ルチア先生を呼びましょう。アルベルトも呼びますか?」
「お願いします。侍女には、この部屋に入らないように伝えてください」
「承りました」
顔を洗おうにも侍女を呼べないので、また『清める』をとなえる。
ざっくり着替えた私だけが寝室から出て侍女に声をかけると、侍女はほっとしたように仕事を始めた。
すぐに侍女の一人がルチア先生とアルベルトを呼びに行ってくれ、一人がお客様分もお茶の用意を始めてくれた。
最初はビアンカ様が嫌われているのかと思ったけど、実際は怖がられていたんだね。
大丈夫。すぐに主が麗しの美少女だってわかるからね!
私はというと、ルチア先生とアルベルトが来る前にと、急いでビアンカ様を着替えさせる。このままだといろんな意味でマズいので。
ビアンカ様が縮む前に持っていた服の中から大きいものを選んだけど、まだキツそうだった。主に胸が。ショールで隠しておこう。
かけつけた二人を応接室でむかえ、お茶を配置してくれた侍女に下がってもらって人払いし、やっとビアンカ様を私がエスコートして寝室から連れ出した。
「これは……」
アルベルトは絶句。
「あっという間に成長したねぇ、陛下と母君にそっくりだよ」
ルチア先生は嬉しそうだけど、ビアンカ様は複雑そうだ。
アルベルトが私に詰め寄る。
「昨晩いったいなにをしたんですか!」
「え、なにって、ヨガして歌って踊っただけです」
嘘は言ってない。
「訳がわからない。ありえない。術がかかったのか、解けたのか? ……カルロにも来てもらう。いいですね?」
アルベルトらしからぬ様子だったけど、ビアンカ様が頷いたので、アルベルトは「じっとしていられない、自分で呼びに行く」と言って出て行った。かなり混乱してるっぽい。
「どこも痛いところはないかい?」
「大丈夫ですわ」
並んで座っているところを見ると、ルチア先生とビアンカ様はよく似ていた。さすが血族。
「すっかり元に戻って、きっと陛下もお喜びになるよ」
「……そうでしょうか?」
「もちろんだよ。ビアンカ様は不安なのかい?」
「はい。わたくしもディーノとティナそっくりの方が王妃殿下には良かったのではないかと。それに……父様は、母様が亡くなってから、わたくしを見ると辛そうにしておいででしたから」
「そんなことないよ」
「そうでしょうか? さきほどのアルベルトも嬉しそうではありませんでした」
ビアンカ様はしゅんとしてるけど(それがまた雨に濡れた花みたいに麗しくってたまらないけど)、アルベルトは混乱してるだけで内心は喜んでると思うよ。
「嬉しいに決まっているじゃないか! 大事な主が元の姿に戻ったんだよ。私も嬉しい」
「本当に?」
「本当にさ!」
「わたくし、この姿でいいのでしょうか?」
「いいに決まってる。ただ、問題はあるから、アルベルトはそれを心配したんだと思う」
え、なんで問題なの?




