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12.学生の本分は勉強だけどね

すみません。

掲載日2019年 06月10日 14時39分、最終更新日2019年 06月10日 15時11分を、

掲載日2019年 07月24日 18時22分、最終更新日2019年 07月25日 11時28分で差し替えています。

 離宮にうつって翌日朝、きらきらしいルチアーノ先生を迎えて、いらっしゃいませのお茶を飲んでいると、先生が世間話のように始めた。


「そうそう、翻訳アメの効果には限りがあるって知ってるかな?」


「知りませんでした」


 どう考えても意志の疎通はできた方がいい。地下牢ぼっち生活が脳裏をよぎる。


「ユリア様はどうしたらいいと思う?」


「またアメをいただきたいです」


「うーん。翻訳アメは貴重品だからね」


「参考までに、あのアメはおいくらなんですか?」


「この前のは効果の長いものだったから、一粒で大金貨一枚だよ」


 んん? 翻訳されてこれ?

 おそらく高いんだろうけど、どれだけ高いかがさっぱりわからない。


「すみません。貨幣はどんな種類があって、だいたいなにが買えるのか教えてもらえますか?」


 ルチアーノ先生は、懐から革袋を取り出すと、一枚ずつ取り出して机に並べていった。

 十円玉色、百円玉色、五円玉色、一円玉色の丸い硬貨が、大小4種類ずつある。


「模様が可愛いですね」


 どれも小さいのは四角形が2つ重なった模様、大きいのは丸が7つ重なった花みたいな模様だ。

 ルチアーノ先生は、ひとつずつ指さしながら説明してくれる。


「いいかい? 銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4種類あって、それぞれ10枚で大銅貨、大銀貨、大金貨、大白金貨になって、それが10枚で上の硬貨一枚になるんだ」 


 仕組みはわかったけど、いまいちイメージできないので、勝手に日本円に当てはめてみた。

 一円銅貨が10枚で大銅貨10円、100円銀貨が10枚で大銀貨1000円、1万円金貨が10枚で大金貨10万円、100万円白金貨が10枚で大白金貨一千万。


 さっき翻訳アメ一個で大金貨一枚って言ってたから……10万円か。

 何日も効果が続くのなら妥当な値段かな。

 ちなみに翻訳アメに味はない。口に入れたら消えるから、もしかしたら、私がアメって翻訳してるだけで本当は違う名前なのかもしれない。


「だいたい銅貨2~3枚で果物が1つ買えるよ」


 え?

 じゃあ、果物ひとつ100円として、銅貨1枚が50円と考えると……大金貨は五百万円じゃん!!


「一日も早く言語を習得したいと思います!」


「やる気になってもらえてなによりだよ。銅貨や大銅貨は主に生鮮食物や日用品、銀貨や大銀貨は服飾品、金貨や大金貨は高価な服飾品や乗り物、白金貨は住宅の売買や取引に使う、といったところかな」


 市井で使うのはせいぜい銀貨まで、裕福な商人なら金貨も使うけど、白金貨も使うのは相当な商家くらいらしい。

 テーブルの上に、さりげなく置かれた白金貨が、実は五千万とか五億って。

 そもそもルチア先生、気軽に布袋で懐に入れてたけど、ハラハラしないのかな?


「ユリア様、銅貨二枚で買える果物を5個買ったとすると、いくら払えばいい?」


「大銅貨一枚です」


「正解。じゃあ、大銀貨3枚銀貨6枚の靴を金貨一枚出して買ったら、お釣りはいくら?」


「大銀貨6枚と銀貨4枚です」


「正解。計算速いんだね」


 ルチアーノ様は机の上に置いていたさっきの袋からまた硬貨を取り出した。

 並べてみると、中くらいの大きさで、三角形が3つ重なった星みたいな模様だった。


「これはそれぞれ五枚分の価値のある硬貨で、中銅貨、中銀貨、中金貨、中白金貨と呼ばれているよ」


 こんどはそれらが入った計算問題を出され、足したり、引いたり、掛けたり、割ったりしたけど、難なく答えられた。 


「初日でここまでできるとは思わなかったよ」


 ルチアーノ先生は驚いていたけど、小学生レベルの問題なんで、私立の中学二年生としてはできて当然だ。


「褒められたらにっこり笑って『恐れ入ります』って言うといいよ。ああ、早く文字を覚えて欲しいな。そうすればできることがもっと増えて、働くこともできるんじゃないかな」


「本当ですか?」


 とにかく使い潰されないように働き口だけは確保しときたい。


「ぜひ、ご教授お願いします!」


「いいよ。じゃあ、翻訳アメの効果が切れる前に、できる限り、聞いた単語をノートに書くといいよ。あ、これがノートね」


 ルチア先生は束ねた紙を何冊もくれた。


「ユリア様が気になった言葉をここにメモしておいてほしいんだ。そうすれば、私が後からその横に、ここでの文字を書くからね」


 なるほど。自作の辞書を作れってことですね。


「残念だけど、発音はアメの効果が切れてからになる。それまで、できる限りメモを増やすこと。昨日聞いた感じからも、ユリア様はかなり高度な教育を受けているよね。足りないのは、ここでの常識や言語の知識とマナーだけ。それさえできたらどこででもやっていけそうだ」


「頑張ります!」


「いいね。いい返事だ。ただ、アルベルトの依頼は『ビアンカ様と話せるように』だからね。立ち居振る舞いは時間がかかるけど、それでも頑張れるかな?」


「大丈夫です!」


「よし。じゃあ、翻訳アメの効果があるうちに飛ばしていくよ」


 こうしてルチアーノ先生のスパルタ講座が始まった。


 王女と会うのに粗相があったら困るから、この世界のマナーや立ち居振る舞いを学ぶのはわかる。

 わかるけど、王女と会うためだけに、ダンスレッスンとか、この世界の歴史とか国の成り立ちとかまで必要?

 諸外国との関係性まではいらなくない? え、常識? 誰の?

 ただの中学生を王女のご学友レベルにまで引き上げるのはやめていただけないでしょうか?


 ジャンルで分けて作っていたノートは10冊を超えて20冊になった。


 昼食は、授業の一環なのか各国の伝統料理で、各国の豆知識と一緒に食べる時のマナーも解説される。

 毎回、初めての調理に奔走するのはパオラとエレナだ。二人の調理の腕もきっとメキメキ上がっていると思う。

 昼食中に抜き打ちテストもされるから、食事中すら気が抜けなくて、味わえないのがちょっともったいない。


「ユリア様は本当に飲み込みが早いね」


「恐れ入ります」


「術使い研究所の方でも活躍してるって聞いているよ」


 ルチアーノ先生は誇らしげだけど、私の目は泳ぐ。バタフライばりに。




 術使い研究所はカオスというかなんというか。

 とにかく初日はパンダ状態だった。


「こんにちは。ユリアです。今日からよろ」


「うわー、ほんとに来た!」

「本物? すごい!」

「一緒に研究できるってありがたいな」

「聞きたいことが山ほどあるぞ」

「早くこっちへ来てくれ」


 小学生くらいの子供達いっぱいと数人の大人に囲まれた私は、ぐいぐい引っ張られたり押されたり、アリの巣へ運ばれる餌のごとく研究所の中へと押し込まれた。

 ああ、アルベルト、研究所まで送ってくれてありがたいんだけど、すぐに帰らないで助けていって欲しかったよ。


 顔合わせの時はもっと大人の術使いがいたんだけど、普段は異世界品のメンテナンスのために、防衛の要やら城やら貴族の邸宅やらに出払ってていないらしい。

 術使い候補として研究所に残っているのは、スカウトされたばかりの十歳前後の子供が多くて、どこのヤンチャな小学生クラスだって感じ。


「ボク今これやってるんだー。見てみてー」

「ここなんだけど、これでいいの?」

「こっち教えてー」

「この部分が」

「これの」


 せめて一人ずつ話してくれないかなぁ。


「だいたいお前のそれって、もう終わったヤツだろ」

「ちーがーいーまーすぅー。新しいのですぅー」


 なぜか言い合いが始まった。


「それより、ここの」

「ここんとこなんだけど」


 ちょっ、ぐいぐい引かないで。


「先にみんなの質問に答えてもらえないかな?」

「その方が助かるよな、みんなも」

「じゃあ、誰が先か決めようぜ」


 え、勝手に決めていいの?


「はいはいはい。みんなー、いったん自分の席に戻ってー。ちょっと話してからまた来るからねー」


 もみくちゃになっていたところを救出してもらい、小さな部屋に通されて一息ついた。

 こんなに狭くて乱雑でも、ほっとできる部屋は初めてだ。


「あはは。びっくりしたでしょー。僕もいきなり所長になったからねー。引き継ぎなしにやれって言われて困ってたんだよねー」


 毎晩来てくれていた清めの術使いお兄さんは、なんと術使い研究所所長だった。

 まだなんにもわかってなくってさー、とカルロと名乗ったお兄さんは笑う。


 人当たりのいいカルロ所長は異世界エネルギーが見えるということもあって、もともとは術使い候補を見つけるため、あちこちに出向いてスカウトするのが仕事だったとか。

 でも、前の所長が倒れたことから、所長に大抜擢されたらしい。

 うん。あの集団に立ち向かうには若さがないと無理っぽい。


「術を使ったり研究したりは好きなんだけど、人をまとめるのは苦手なんだよねー。そんなことするくらいなら、自分の研究したいよー」 


 わかる。わかるけど、このままカオスな状態じゃあ自分の研究さえできないよね?

 そもそも、私はみんなが言ってる研究がなにかすら、全然わかってないんだけどね!


 研究所でなにを研究しているのかと聞いたら、なんとカルロ所長もわかっていなかった。なんでやね~ん。

 ため息ついても始まらない。

 せっかく研究所に通えるようになったんだ。ここで私が役に立つところを見せないと、使い潰される一直線。

 家に帰る召喚術を身につけるためにも、ここは頑張る一択しかない。


 まずはカルロ所長と一緒に、みんなの研究内容を把握することから始めようってことになった。


 研究員の名簿でさえおざなりだったのには呆れたんだけど、そんなのは序の口で。

 (名簿はきっちりこっちのアルファベット順に並べて、性別、歳も記入して作り直しました)


 それだけで1日目は終わった。

 ちなみに、帰りの挨拶をしたときも囲まれた。


「もう帰るのー?」

「もっと話したかったー」

「明日も来てねー」

「待ってるからねー」




 二日目。

 一人ずつ今なにを研究しているのか聞きとり調査するだけで終わった。

 (隙あらば質問してくるので、なかなか進まなかった)

 調査してわかったのは、最初のテーマから変わっていても報告されていなかったり、複数人でテーマが被っていたり。同時進行ならまだしも、解決済みのテーマを別の人がまた最初から研究するって、無駄すぎるだろー!

 いやいや、私も落ち着かねば。

 みんなも、いくら面白い異世界エネルギーだからって、もうちょっと冷静になろうよ。


「だって、誰がなにやってるかなんか知らないしー」

「私はこれに興味があるから、これがしたいの!」


 あー、うん。問題点が見えてきた。




 三日目。

 研究所にいるのは、カルロ所長が市井で見つけてきた術使いの素質を持った子供達。

 「研究所で勉強すれば術使いになれるよ」「術使いになれば稼げるよ」と誘われて来たのだとか。

 今は術使い候補として研究所にいるだけでもお金をもらっているけど、術を編み出せば出来高制で臨時収入ももらえるらしく。

 稼ぐ気満々な子供達は、みんな自分の成果を上げたくてたまらないっぽい。

 だから、みんなで協力するよりも、早い者勝ちみたいな空気になってるのか。

 まぁそうなるよね。

 カルロ所長にお願いして、聞き取り調査でわかったみんなの研究テーマを『研究中』として、研究されて術として登録されているものを用途別でまとめたものは『登録済』として、ひとつにまとめてもらった。

 これで、これから新しく研究するときは、すでに登録済でないかどうか、誰かが研究中ならその子と協力するのか別のテーマを選ぶのか決めることができるようになった。


「うっかり誰かと同じ研究をしていたら、もったいないよねー? だから始める前にまとめた物をよく確認してねー」


「あー、かぶってた」

「今から別のを考えるのー?」


 がっかりな結果になった子達のために、みんなが疑問に思ったり気になったりでまだ使えるかどうかわからない術の候補を聞き取り、『術候補』としてまとめることになった。自由な発想で術の思いつきが書かれていて、研究テーマに迷った時にも活用できるし、見ているだけでも面白い。

 でも、それをまとめるだけでこの日は終わった。




 四日目。

 もしかしてだけど、前の所長さんは、この状態をなんとかしようと頑張って倒れたんじゃないかなぁ。

 カルロ所長もすでに目の下のクマが酷い。

 いくら若いっていったって、このままだったら倒れてしまいそうだ。

 字を書けない私は、まだ研究をまとめる協力ができない。

 毎回まいかい、全員分の研究を一人でまとめるなんてことしてたら、カルロ所長が過労で倒れるか、所長がしたい研究ができなくてストレスで倒れるかだ。


 研究のまとめは、研究者それぞれに書いてもらおう。

 子供達だって、お金をもらって働いている立派な研究員なんだから。


 カルロ所長に、ハンコを集めてご褒美方式を提案した。

 私自身が小夜さんに散々焚きつけられた、小学生にはかなり有効な方法だ。 

 でも、いきなりやれって言っても、きっとやらないよね。

 少し前まで小学生だった私には、夏休みの日記を書くのが嫌な気持ちがよーくわかる。

 要はどうやってその気にさせるかだ。

 カルロ所長に詳しい手順を説明して、さっそく実行してもらう。


 まずはみんなの興味を引く。


「はいはーい、注目してくださーい! ちょっと皆さんにお願いがありまーす」


 お願いと聞いて、カルロ所長の声に術使い候補たちは素直に反応してくれる。


「なんと、ユリア様が体を動かしたら異世界エネルギーが見えたんです! 皆さんの中でも見える方がいるのか、実験してもいいですかー?」


 実験じゃなくて検証ですよ、カルロ所長。


「やりたーい」

「いいよー」

「面白いな」

「どこでやるんだ?」

「どんな風に見えるんだ?」


 細かいことは気にしないみんなで良かった。


「ここでしまーす。見えた方がいたら手を挙げてくださーい。すぐ終わりますから見逃さないでくださいねー。もやっと見えたら手を挙げてねー」


 カルロ所長が大げさな身振り手振りで子供達の相手をしているのを見ると、某教育番組の歌のお兄さんみたいだ。

 そんなことを思いながらヨガをする。今回はイスに座ってできる簡単なものだ。


「そうそう、ヨガを見ながらでいいんで聞いててねー」


 ヨガで注目を集めたのは、ただの手段。本題はここから。


「今日から、帰る前に一日やったことをまとめて書いてくれたらハンコを押しまーす。ハンコを集めたらいい物をあげるから、頑張ってためてほしいなー」


「えー、ためないともらえないの?」

「めんどくさーい」


 あー、確かにそうだよね。子供はそんな先まで考えられない。


 私が、ハンコ一個でもお菓子一個あげるって言って、とカルロ所長に囁くと、所長はびっくり顔だ。でもルチア先生にご褒美に使える品物を相談したとき、なぜか「お菓子なら融通できるよ」と言ってもらえたので、ここは遠慮なく使わせてもらおう。


「ハンコ一個でもお菓子一個あげるよー。10個ためたらお菓子10個、20個ためたらお菓子20個だよー」


 おおぉ! と盛り上がる。

 市井では甘い物はほとんど口にできないらしい。


「でも、お菓子ばかりじゃなー」


 うんうん。甘い物はどっちでもいい男子もいるよね。

 大丈夫。しょっぱいのも用意してるから。


「そうそう、鳥の串焼きとか、肉はさみパンとかも用意してるからねー」


 おぉお!! さっきよりも盛り上がった。

 男子と大人にはこっちの方が良かったらしい。


 さらに、術を登録できたときもちゃんとまとめればご褒美があると宣言してもらう。


「ただし、後からでも読めるように、丁寧に書いてねー」


 そんな本題を話しながら行っていたヨガは、意外にも、子供達の半数が「異世界エネルギー見えたー!」と興奮する結果になった。

 (それもあってか術使い全員がヨガに興味を持ち、翌日からもちょこちょこ教えているうちに、昼食後の眠たい時間に全員でするのが定着した。ヨガをした方が午後も集中できると好評だ)


「はーい。では、今日の分を確認しまーす」  


 夕方、終わりの時間間際に、カルロ所長と私に一人ずつ報告をしてもらう。

 これで各自の内容と進行を把握できるのだけど、みんなまだ慣れていないからか、最初はすごく時間がかかった。

 読み書きができるようになった子は、自分の研究帳に今日の成果をまとめてページを開いて持ってくる。

 書けない子は、報告を聞いたカルロ所長がその子の研究帳に記入する。

 私はそれぞれにハンコを押して、希望のご褒美を渡していく。


 一週間もすれば、私もみんなも研究所でのリズムがつかめてきた。


 私は昼からなので、研究所に着いたらカルロ所長から本日の進み具合や予定を聞いて、ヨガをして、自分の研究に入る。

 午前中は、子供達も基本の勉強をしてもらっている。

 なぜか術使い候補のほとんどが貴族ではなくただの町人や村人で、読み書きもできないからだ。

 読み書きができないと術使いの勉強に差し障りがあるので、術使い候補の子供達には、午前は現代語と古代語を勉強をして、午後から実技を伴う研究をするようにしてもらった。


 そう。術用の特別な言語はやっぱりあって、古代文明時代に使われていた古代語と呼ばれるものだった。

 古代語を学習するには、やはり今使っている言語もいるわけで。


 私は途中まで翻訳アメの力でちょっとずるした感じだった。でも、書いたり読んだりはできないから、それほどアメを頼っていないと思ってたんだけど。 

 研究所でいつも通り、簡単にヨガの解説をしながら体を動かしていると、突然みんなが騒ぎ出した。


「~~~?」

「~~!」

「~~~~~?」


 聞き覚えのない響きに、翻訳アメの効果が切れたんだとわかった。

 え? てことは、10日? 10日で五百万円? 一日50万円? ひぃいいいい。 

 いやでも待って。あの時、私以外にも騎士二人、ビアンカ様も一つ食べてたから、合計四つで二千万……ひぃいいいいいい。


 値段に気をとられて逆に無心になれたのか、身振り手振りでヨガはできた。

 ヨガはなんとかなったけど、言葉がわからないと質問もできないから、研究どころじゃなくなった。

 でも、いつも通り、私に絡んでくる術使い候補たちの言動は、翻訳されている時に散々聞いて覚えていた言葉を当てはめることができて、なんとなくわかる。

 ただ、報告書はお手上げだった。


 ルチア先生は、むしろ効果がなくなったことを喜んでくれた。


「これでやっと語学の勉強ができるね」


 今までこの世界の言語のヒアリング経験はほぼゼロだった。

 それは、昔召喚してすぐ術を使われた事故があったとかで、召喚してすぐ翻訳効果をつけることも、ヒントになるような言葉を聞かせることもしないように決められたかららしい。


 今までに聞いたことがないので、すんごい違和感のある言葉なんだけど、何回もしてきた立ち居振る舞いの訓練中に聞くと、なんとなく意味がわかる。

 ルチア先生が、ひたすら同じ説明をしながら、同じ内容の文を見せてきたのはこのためだったのか、とやっとわかった。

 でも、文字と発音がなかなか結びつかない。

 この状態で研究所に行ってもできることがないので、なんとか言葉を早く覚えられないかと歌を作ってみることにした。


 キラキラ星で歌う『ABCの歌』に、ここでのアルファベットを当てはめられないかやってみた。

 こっちのアルファベット数が微妙に少なくて、ぴったり合わないけれど、まぁ歌えるので歌っていると、みんなも歌い出した。どうやら好評っぽい。


 調子に乗った私は、ルチア先生から聞いた音階の音と、その音から始まるここでの言葉を術使い候補達に聞いて、『ドレミの歌』に当てはめていった。

 作るのにみんなで盛り上がったからか、できあがる頃には全員で合唱していた。


 そんなに覚えが早いなら今度は手遊び歌だ、と『頭、肩、膝、ぽん』を翻訳してみた。

 簡単にマスターされた。


 ふっ。

 あれは簡単過ぎたわ。『ぐーちょきぱーでなにつくろう』はどうよ?

 手を開いたり閉じたりにモタモタしつつも、できてた。

 ただ、異世界の壁で、私の作った物がうまく伝えられずに敗北感だけが残った。

 みんなはこの世界の物を作って盛り上がっていた。


 くぅ。

 だいたい今まで簡単過ぎた。

 歌詞は一番しか覚えていないけど『アルプス一万尺』ならどうよ?

 替え歌は私も散々作って歌ったけど、本物の歌詞を全部歌える人はいないんじゃないかな? 

 歌詞はともかく、ひたすら繰り返して早くしていけば、誰もついてはこられまい。

 私は最初子ヤギだと思っていた歌詞自体を、ルチアーノ先生から聞いたこの国の山の名称、長さの単位で、リズムに当てはまるものに変更していく。

 最終的に、山ではなく丘にピクニックに行ってお弁当を食べる歌になったのはご愛敬だ。

 私が歌えるようになる頃には、みんな歌って手も動いてた。

 手の動きだけなら負けないと思っていたんだけど、意外にもみんなどこまでもついてきた。


 ま、まだまだっ。

 手だけじゃなくて、足や体の動きがあれば難しいんじゃない?

 某教育番組で有名な二人一組での体操を身振り手振りでやりながら、みんなの協力のもと、歌詞を翻訳していく。

 またもや翻訳している間にできるようになった術使い候補達に、「実はこれには二人一組じゃなくて、もっと人数を増やして進行方向を向けば、動きながら行進できるバージョンもある」と伝えると、「やろうやろう」と大いに盛り上がり、翻訳が終わり私が歌えるようになった頃にはみんなも歌い、最終的には全員で行進できるようになっていた。


 そんなことをしているうちに、私はすっかり簡単な会話ならできるようになっていた。


「今日も楽しかったよー、ユリア様」


「またねー、ユリア様」 


「はーい、また明日ね」


 帰りはみんな私にハイタッチしてくれるようになった。

 カルロ所長は忙しいから、最近は私が子供達をまとめていることが多い。


 あれー? 私、なにしてるんだろ?

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