龍との生活
ある日、私は崖から落とされた。贄として、龍神様に捧げるために。走馬灯のようなものからは今までの記憶が流れる。
「お前は呪われた子だ。」最初の記憶はこの言葉。
呪い子としてずっと閉じ込められていた。暗く、じめじめした小屋に。光なんかなくて、誰に教えられたでもない魔法で光をつけていた。言葉は精霊から学び、外の世界のことも教えてもらった。
……でも、今日で終わり。今まで生かされていたのは100年に一度の
生け贄の儀式が近かったから。贄の子として生かされていた。崖の
下が見えない程深い。こんなところから落ちたら絶対に死んでしまう。けど、怖くない。閉じ込められていた間に感情なんて消えてしまった__。
ドサッ
予想に反したふわふわな地面。その地面のおかげで私は幸か不幸か
怪我ひとつない。そして、その地面は私を乗せたまま動き出した……
「リュー、あなたにお客さんよ。」喋る地面。それは大きな虎だった。虎は私を本当の地面に乗せると何処かへ行ってしまった。そして、虎が話しかけた方向には大きな洞窟があった。
「へえ、客というのは君のことか。」洞窟から出てきたその声の主は龍だった。伝説通りの青い鱗に白い毛、海のような深い青い瞳。
「客人なんて数十年ぶりだなぁ。ねえ、名前はなんて言うの?」顔を近づけ興味深く私を見つめる。
「……。」無言の私を見て、不思議そうな表情を浮かべたあと、
思い付いたように言った。
「ああ、名前を聞く前に自分が名乗るのが人間の礼儀だったね。
僕が名前はリュー。リュー=シュベライトだよ。……じゃあ、改めて訊ねるけど、君の名前は何?」検討違いの予想をここまで誇らしげに語る姿は尊敬に値すると思った。名乗られていないから名乗らないのではない。名乗るような名がないのだ。あきれた目で見つめる私に苛ついた表情をむける。
「何んで何も喋らないの?。喋れないの!?……あ!この姿が怖いのかなぁ。」そういった直後、龍は人の姿になっていた。そろそろ話さないと誤解が生まれそうだ。
「……名乗れないのは、名乗るような名がないからです。」その言葉で私が村でどんな扱いを受けてきたのかがわかるだろう。龍は考え込みこう言った。
「じゃあ、これから君の名前はテナね。」笑顔で言う龍には一切の曇りがない。名をつけるのは親としての決意を固めたことになる。そう、この龍は私を子として育てる気なのだ。
「どうして……私なんかの名を付けるのですか。」無表情で問う私に優しい、包み込むような笑顔で龍は言った。
「だって、これは運命だと思うんだ。君が贄として落とされたのも、あの虎……トーリャの上に落ちて怪我しなかったのも。だから、責任を持って僕が育てる。」言い切った龍の顔には清々しい程誇らしげな笑顔が浮かんでいた。こうして私は龍の子となった。
「じゃあ、まずお風呂に入らなきゃね。」一回も風呂に入ったことのない私の姿はとても汚かった。呪い子の特徴でもある白い髪はベタベタし、肌は泥だらけだった。こんな姿を見たら風呂に入れたくなるのも当然だろう。
「じゃあ、トーリャと一緒に入ってきなよ。」女だから遠慮してくれたのだろう。トーリャと呼ばれた虎は人の姿に変わった。黒く長い髪に白い肌をもつ美しい女性に。
「じゃあ、お風呂場に案内するわ。ついてきて。」優しい笑顔でこう言うとスタスタと行ってしまった。最初は頑張ってついていったが、途中で見失ってしまった。
「ここ、どこ?」辺りを見回してもいくつかの洞窟があるだけで、何か特徴的なものはない。地面にも所々に光を放つ花があるのみだ。一つの洞窟に入ってみるとそこには狼とドラゴンがいた。
「なんだあ、人間の子じゃねえか。」狼は少し乱暴な口調で言うと興味深く見つめてきた。
「ロー、多分トーリャが言ってたリューの客人ですよ。」狼……ローより落ち着いて話すのはドラゴン。
「それで、どうしてここに来たのですか?」不思議そうな顔をしてドラゴンが尋ねる。
「お風呂……トーリャが連れていってくれるって。」置いていってしまったけど。そう聞くとドラゴンはあきれたような表情を浮かべ、
「トーリャは……はぁ。」とため息をついた。
「じゃあ、俺らで連れてけばいいな。」そう言ってローとドラゴンは人の姿に変わった。ローは少し明るいグレーの短く切った髪に少し日焼けした肌をもつ男になっていた。ドラゴンの方は、耳が隠れる位の短めの赤い髪に白い肌を持っていた。私に歩調をあわせるようにゆっくり進む。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はドラ。こっちはロー。あなたの名前はなんですか?」ドラゴン……ドラは優しい口調で言った。
「私は、テナ。」ドラとローは一瞬顔を見合わすと嬉しそうにこう言った。
「これからよろしくお願いします、テナ。」
「よろしくな、テナ。」笑顔で言う二人に対し、私はずっと無表情だった。少し歩くと前から走ってくるトーリャの姿が見えた。
「テナちゃーん!」その姿を見て笑い出すロー。あきれた表情を浮かべるドラ。トーリャはどうしたという位泥だらけだった。その後、ドラに叱られたトーリャは私に何回も謝った。
風呂はとても広かった。ドラがドラゴンのまま入れるようにしたらしい。そのドラとローは後で入ると言い帰って行った。トーリャは背中を流してあげると言い、今まで受けたことのない扱いを受けた。
「テナは自分が何歳かわかる?……見た目は5、6歳だと思うけど。」不思議そうに聞くトーリャ。自分でも覚えてないのだが、精霊に聞けばわかる話だ。
「8歳。」確かに食事が3日に1度じゃあまり成長しない。だが、それが普通だった。逆にこういう扱いのほうが慣れない。
「8歳かぁ、じゃあこれからもっと食べて成長しなくちゃ。
……それにしてもその白い髪と赤い目!とてもきれいね。なんで人間はこんなかわいい子を呪い子なんて言うのかしら。」少し怒ったような顔をするトーリャ。不思議な感じだった。
風呂から上がり、リューがいた部屋に行くと豪華な料理が並んでいた。三品のおかず、暖かいスープ、ふわふわのパン。今までの固いパンだけの生活からは考えられない食事だった。
テーブルはまるく、左からリュー、ドラ、ローが座っていた。
「やっときた。ほら、早くしないと冷めちゃうよ。」そう言って隣の空席を叩くリュー。目は私を見ている。
席に座り、食べ始める。どれも美味しかった。肉を食べれば柔らかい繊維から肉汁が出てくる。サラダはドレッシングの酸味がサラダを引き立て、肉の脂っこさを無くしてくれる。今までの分を取り戻すように食べた。皆は優しく見守ってくれた。