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冒険者リース

作者: 静日 優

大陸の果ての辺境のその国を、訪れたものはまず面喰い、そして、絶句する。


万聖節と夏至の夜が一度に来たような、乱痴気騒ぎのおもちゃ箱。

吟遊詩人はそう謳う。


夕日の半島にある林檎の国は神と竜の英知が息吹く、醒めない夢の国。

おお、黄昏の園よ!


昼日中の目抜き通りを、不死者と妖霊が連れだって、竜と亜人が闊歩する。

泉の縁に水精と人魚が歌い、一角獣が樹霊の足元で午睡する。

その周りを飛び回るのは風精と鬼火という有様。


何もかもが、聖域の経典に謳われる清く正しき光の神の教えに相反し、異端の蒙昧な迷信が蔓延る辺境の片田舎。


蔑み混じりに中央で人々の口に上るその国は、けれど大いに賑わいを見せる国だった。


かつて栄えたという伝説の都が眠るその土地は、今日こんにち、その英知と浪漫を求める人々で賑わっている。


古代竜の亡骸から作られる宝飾品。そこかしこに眠る遺跡から出土する、魔術具や古代魔法の記録。

その一振り、一記述でも手に入れたなら、莫大な富と名誉とが手に入る。


殊に、最後の竜王の亡骸が消え去った後に残ったという竜骸の剣は、自ら持ち主を選び、栄誉と破滅を齎すと言う。

剣自体の特殊性と、選ばれた歴代使い手の逸話と相まって、竜骸の剣の名は否応なしに高まり、当代所持者も最早生きた伝説と化していた。


―――――次なる伝説に我こそは。

各国の貴族と、商人と、そして多くの冒険者達は栄達と血の沸き立つ危険とを求めて大挙する。



あの国に行くなら気をつけなお若いの。あの国に我々の常識は通用しない。



林檎の国の細工物を商っている露天に足を止めたのを見たのだろう。


かつては頑健だったろう身体に年月による皺と年輪と生き様を物語る大小さまざまな傷跡を刻んだ老人は、大剣を抱えて路地裏に蹲りそう忠告した。

バザールの雑踏を背景にして、かつて冒険者であった男と、これから名を上げようかと言う年頃の青年の、邂逅。


冒険者というのは独特の雰囲気があるものだが。二人のいる空間は、周囲の喧騒から切り離されたように、騒めきも遠い。



気をつけな、お若いの。

あの国に、我々の、外の常識は通用しない。


―――――よく知っているよ、と若い冒険者は答えた。


ああ、ようく知っている。

腰に履いた両手剣の柄に手を添えるその仕草は、抜刀の為ではなく。何かを慈しむような、思い出をなぞる眼差しで。

いつものように、俺の昔はと、一説語ろうとしていた老人は、思いもよらぬ返しに怪訝そうな顔をし。

青年をそれこそ頭の天辺から爪先まで、鑑定士よろしく矯めつ眇めつ眺めた後。目を見開いて―――――呵々大笑した。



「なんと!お前さんがそうだったか、いやお若いの。目利きもできぬようになった老い耄れの余計な世話であったよ。

 まさかその剣にお目にかかれる日がこようとは!泉下の仲間に良い土産話ができたわ!」



寄る年波と皺に埋もれ、酒に濁った双眸を、一変させて。

ひと昔もふた昔も遡り、恐れも知らず、自分の腕と仲間達がいれば、出来ぬことは何もないと信じていたかつてのように。

何の屈託もない笑いだった。


過ぎ去りし日々は今なお眩しく輝かしく。衰えたわが身が厭わしく。

憂さ晴らしにかつての栄光を他者に誇示しようとも、心に鬱屈は残り。己の品性も人となりも貧しくなって行くのを自覚していながら他に遣り様を知らぬ行き詰まり。

今やその全てが報われる事を寿いで、彼は笑った。


大仕事を終えた後の酒場で酌婦と娼婦を両手に抱えていたとて、ここまで笑ったことはあるまい。



持ち主を自ら選び、使い手に栄誉と破滅を齎すという竜骸の剣。

この大陸に生まれたものならば、一度は耳にしたことのある、英雄譚。



少年時代は、ただ単純に憧れた。

青年時代には、己の目指すべき姿と仰いだ。


そして―――――届かぬまま、時を経た。


歴代の英雄の傍らにあったという伝説の剣。

その使い手が、今目の前にいる。



少年の頃なら、単純に憧れた。

青年の頃なら、只々敵意を抱き、妬んだだろう。


だが、今なら。

少年の日々にあこがれ、青年の日々に目指した理想。

棺桶に片足を突っ込み、お迎えがそろそろ間近に迫るかどうかという老境の今ならば。

冥途の土産と素直に喜べる。


わが人生に悔いなしとはこのことかな。


そう、くつくつと笑う老人に、死期だの生涯だの持ち出されては二十歳そこそこの青年に言える言葉はない。


ただ、一人の男が夢見て追った、伝説と理想を壊さぬように、先達に恥じぬよう振る舞うだけだ。

今までもそうしてきたように。


達者でな、と旅路を見送られて、あんたもな、と返した。


再会を願う言葉は、ついぞない。

お互い、寄る辺のない浮き草稼業をよく知る身。先の保証のなさなど今更語るまでもなかった。



そういう男もいたな、と。記憶の片隅にとどめておくれ。

酒を飲む際にでも、思い出してくれたらそれでいい。


それが、剣一つで生きる者たちの流儀であった。


これから青年―――――リースは黄昏の半島へ還るのだ。

万聖節と夏至の夜が、一度に訪れたような醒めない夢の国へ。


自分の腰に履いた剣を見て、まるで英雄譚に憧れる子供のように笑った老人が確かにいたと言う記憶を引き連れて。


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