第三話 勇者の捕囚
お久しぶりです。今回はとりあえずここまで。
しかし、僕の読みに無かったものが一つある。何を隠そう、馬車が動き始めたのにいまだに僕に抱き着いているこの少女である。荷台から人間が出てきたってだけで意味不明だし、従者とか奴隷とかそういう雰囲気でもない。僕は商人に尋ねてみることにした。
「あの、商人さん。この子は一体…?」
「ああ、その子はね、孤児です。こないだ拾ったんですよ。」
「孤児⁉」
商人の話を要約するとこういうことらしかった。ここより西の山間に、カメリアという小さな村があったが、つい数日前、魔王軍の襲撃を受けてボロボロに壊滅してしまったらしい。たまたま商人がそこに通りかかると、この娘だけが生き残っていたそうだ。それで見捨てるわけにもいかず、とりあえず王都の孤児院に預けようと思って荷台に乗せていた、ということらしい。
「それで、えっと君は…」
「リーアです」
少女の言葉が僕の問いかけを遮った。どうやら彼女の名前のようだ。
「良い名前だね。」
「あ、ありがとうございます…」
顔を真っ赤にしてうつむいている。照れているようだ。
「で、リーア。君は孤児院へ、という話だけど、本当にそれでいいの?」
僕が聞きたかったのはこのことである。
「本当は、村を襲った魔王軍の幹部…ジンジャーに会いたいです。復讐を成し遂げられるほどの力があるとは思ってはいないけれど、でも…」
ジンジャー、というのがカメリアの村を焼き払った魔物の親玉らしい。幹部、というからには魔王そのものではないんだろうけど、かなりの大物には間違いなさそうだ。
「けど、そんな我がまま言ってられないですよね。人様に迷惑をかけるわけにもいかないし、おとなしく王都で暮らします」
そう言って悲しく笑うリーアの顔を見ると、胸が締め付けられる思いだった。何とかしてあげたい。けど僕はこの世界に来たばかりの身。できることは限られている。かける言葉が見つからないまま逡巡していた僕の思考を、商人の声が切り裂いた。
「もう着くよ。あれが王都マグラスだ」
そう言って前方を指さす商人。その方向を見ると、そこには城壁都市を包む高い壁と、都市の表口らしき豪華な正門が見えた。見たところ王都の名に恥じぬかなり大きな街のようだ。しばらくはここを拠点にすることになるのかな。近づくにつれ、その城壁の堅牢さや、正門の絢爛さが目に付くようになった。異世界といっても侮れない、かなり文化的に進歩した国なのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、正門にたどり着いた。門番と思しき衛兵が、馬車を止める。
「通行証を見せてください」
衛兵は対応しに出てきているのが二人、奥の詰め所にもう数人いるのが見て取れる。商人は衛兵と何やら話し込んでいるようだ。
「この通行証は一人用です。見たところ三人乗車されているようですが、残りの二人の分は?」
へぇ、意外とこういう入国審査的な奴厳しいのね。もっとなぁなぁでもいいじゃない。
「今回はいつになく厳しいですね。何かあったんですか?」
商人も驚いているようだ。普段はこんなに厳しくはないらしい。何か事件だろうか。
「実は西の平原で常軌を逸した規模の大規模な魔導術式の反応を検知しましてね。もし我が国の外部の存在…特に魔王の手先だった場合は大ごとなので、厳戒態勢なんですよ。検問も厳しくやれとのお達しで」
あっちゃー…。明らかに俺のせい。十中八九さっきのフレアのことだろう。強すぎるのも考え物ということか。めんどくさいことになってしまった…。
商人と衛兵は通せ、通さん、と押し問答を繰り返している。仕方がない、ここは名乗り出る方が話が早いだろう。これ以上迷惑はかけられないしな。
「あーすんません、その魔法撃ったのおれっす」
僕がそう言ってから、ことが進むのは一瞬の出来事だった。僕は即時逮捕すると宣告され、国王の御前へとしょっ引かれてしまったのである。無論抵抗しようと思えばできたが、騒ぎを大きくするよりかは従った方が得策かと思われた。それに、しょっ引かれたのは俺だけではなかった。リーアも同様に連行されてしまっていたのである。たしかにリーアも商人が途中で拾ったから、通行証ないんだなぁ…。とにかく、僕が暴れればリーアにも被害が出かねない。今はまだ機を窺う時である。そうして、僕ら二人は玉座の間へと通された。
「さぁ入れ!」
衛兵が怒鳴るとともに、玉座の間へと続く扉が開け放たれた。中は大きめの会議室、或いは小さめの体育館とでもいうべき広さだ。中央の豪華絢爛な玉座には、壮健な老人が座っていた。高位の魔導士のような溢れる魔力も感じない。熟練の戦士のような殺気も感じない。しかし、その身にまとう雰囲気は、一国を与る者の威厳を感じさせた。
「お前が例のフレアを放った魔導士か」
僕は魔法専門ってわけじゃないし、厳密には魔導士ではないんだけど、そこをツッコむとめんどくさいことになりそうだ。
「そっすね」
僕がそう答えると、場の空気が凍った。
「お前、陛下になんて口の利き方を!」
取り巻きの兵たちが驚く。いや、いらだつというべきか。兵士たちはなおもガヤガヤとわめいているが、国王の声がそれらを遮った。
「不遜な奴じゃ…。だがその勢いや良し。そなた、名を何という?」
「僕はサトシ。オノザキ・サトシだ。」
「ではサトシ殿。単刀直入に言おう。臣下として私に仕えぬか?」
衛兵たちは今度はこの言葉に驚愕したようだ。
「本気ですか陛下!?」
「確かにあれほどの魔法を放てる者は今の宮廷魔導士にはいません」
「しかしこんなどこの馬の骨とも知れぬ奴を…」
おー、散々な言われよう。しかし衛兵たち、心配は無用だ。
「遠慮しとくよ」
その申し出を受ける気はないからな。
「…!」
衛兵たちは三度目のビックリポイントに卒倒しかかっている。よもや断るなど思いもよらなかったのだろう。もはや言葉も出ないようだ。
「俺は自分の道は自分で開く。自分の足で歩く。誰かについてってたりはしないさ。」
こればっかりは。自分の信念だけは譲ることができない。俺は王の威厳に気圧されるようなタマじゃないぜ。
「豪胆な奴じゃ…それとも無謀なだけか」
王はそういうと、
「私と我が国に害をなさぬ保証がない以上、放置しておくわけにもいかぬ。こやつを捕らえよ!」
「待ってください!」
部屋に透き通った声が響く。リーアのものだ。
「陛下、この人は悪人ではありません。必ずや陛下のお役に立ちます。この方さえいれば、魔王の侵攻をも止められるやもしれません。」
「ではこの者が裏切らない保証は?これほどの力を持つ者が敵となれば、いかほどの被害が出ようか…」
「“勇者の試練”があるではないですか」
リーアの言葉に部屋がざわめく。何だ?勇者の試練ってのは…。
「おもしろい。分かった。明日の日没までに、東の神殿に封印されし光の盾を持ってここに帰ってくるのだ。さすれば、そなたを勇者と認めよう。」
なんだか僕のあずかり知らぬところで話がまとまったらしい。ただ盾をとってくるだけで済むのなら話は早い。が、勇者の試練なんて大層な名前がついてるくらいだ。そんな簡単なことじゃないだろう。ここでうだうだしていても何も始まらないし、とりあえず話に乗っかるとしよう。
「すぐ帰ってくるよ。」
そう言い残して僕らは玉座の間を出た。
続きは既に書けているので近日中に上げます