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ゆるやかな自殺  作者: 朝野欠月@文フリ東京11/22(日)
「そうだ、京都に行こう」
8/9

清水寺へ

清水寺――に行く前に急な坂を上った記憶がある。

 人と店がひたすら込み合っていて、賑やかだった。確か班での行動だったと思う。そこで何かお土産を買った記憶はない。ないというか分からない。そろそろ、この決まり文句も飽きてきた。そうやって、自分を特別だと思いたいのかと考えると心底気持ち悪くて幼さが嫌になる。普通の人は「中学生みたい」と言うんだろうな。この旅行がくだらなく思えてきた。無駄にあと四日ある。


 清水寺へ行く坂道は清水坂などという分かりやすい名前の坂の他にも、三年坂、二年坂……など全部で五本もあるらしく、あの時もそして今も、どこを歩いているのか分からない。しかし、最後は全ての坂は清水坂と合流するらしい。

 坂道は噂通りの急勾配で、日ごろ運動不足の脚に大分力を入れなければならなかった。やや息を切らせながら、左右の店を見渡してみる。京都らしい和風の小物を売る店、陶器や箸を売る店、漢字のTシャツ、キーホルダー、プラスチックの刀。もちろん食べ物の店もある。串焼き、厚揚げ、宇治抹茶の飲める甘味処。

 串焼き……食べてみたい。香ばしい香りと、人が集まっているケースに惹かれて、ふらっと覗き込んでしまう。艶々に焼かれた肉(豚なのか牛なのか鳥なのかわからなかった)がキラキラとしていて、気が付いたら「一番人気!」を買っていた。そういえば、自殺を決めてからドンドン新しい体験をしていたけど、食べ歩きは初めてだったな。熱々の肉の端を、そっと齧ってみる。味が濃くて美味しい。周りの人達は思いっきりかぶりついている。私も真似して、大きく口を開けて肉の塊一つを全部頬張った。熱くて口の中がヒリヒリする。周りのザワザワした雑音に、隣の人の「アツッ、アツッ」という声が聞こえる。わかる、熱いよね。ちょっと面白くなった。もう一塊口に入れた。

 流石は私でも知っている有名な観光場所というか、清水寺の入口は坂道以上に混んでいた。石の階段には人が吸い込まれていくように集まっている。目の前には大きな真赤な門がどっしりと構えていた。ガイドブックやネットでよく見る写真と同じだ――。日本有数のあの有名な、誰でも知っている場所に、自分も来ているんだなという感覚が、心の奥底でジワジワと動き出した。そこはもう、全然知らない世界だった。

 とりあえず前の人、沢山の人の後に付いて行った。今更だが、一人旅の姿は痛々しくないだろうか。変に思われないだろうか。私の周りの人達を見ると、カップルが一番多く、あとは若い女性四、五人グループ、家族連れ、母娘。「今時一人旅なんて普通!」とネットで読んで安心させていたのだが、実際は違うのだろうか。自分と同じ一人旅の人が見当たらない。自分は、「大丈夫」だろうか。


 「清水の舞台から飛び降りる」という言葉がある。「思い切って、大きな決断をする」という意味だ。高い清水の舞台から飛び降りて、死ぬ覚悟で……という意味だろう。少し、今の自分に似ているなと思った。そうまで言われる「清水の舞台」はどれ程の高さなのだろうと、修学旅行のときも考えていた。実際の舞台はそんなに高くはなかった。これぐらいなら、簡単に飛べそう。そう拍子抜けしたことを覚えている。

 そのまま人の流れを頼りに歩いて門をくぐる。当然と言えば当然なのだが、「清水の舞台」はすぐにある訳ではなかった。私はすぐに着くと思っていたが、高い所にあるのだから、それだけ上らなくてはいけない。少し考えれば分かるのだけど。

 砂利道の心地良い感触を踏みしめて歩いた。建物の朱色が周りの黄緑に映えている。ガイドブックを見てみると、先程の大きな門は仁王門というらしい。少し前に三重塔を通り過ぎた。ここから本堂までまだある。

 ふと、京都駅に着いたときのことを思い出した。私は、想像力が足りないのかもしれない。見たことがなくても、経験がなくても想像してみればいいのに。そうすれば、こんなに外の世界を知らなすぎることもなかったかもしれない。もっと、外に興味を持てば良かったのに。想像を止めてしまったのは、いつからだろう。

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