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ゆるやかな自殺  作者: 朝野欠月@文フリ東京11/22(日)
「そうだ、京都に行こう」
7/9

旅館

 京都タワーを下りて、旅館に向った。

 折角荷物を預けたコインロッカー代が、とても勿体ないものに感じた。駅からすぐの京都タワー、往復と展望を合わせても一時間掛かっただろうか。そのために五百円使ったのは、なんだか馬鹿らしい。ワクワクした一時間前の自分が、馬鹿らしい。

再び重い荷物を肩に掛けて、旅館近くへ行くバスを探した。都会のバス停は初めてなので、バスロータリーの同じ場所を行ったり来たりして、ようやく乗ることができた。


 Aの人生の中で、旅館に泊まったことが無い訳ではない。修学旅行で泊まったことがある。あとはテレビなどでよく見ていたので、京都駅や京都タワーよりも想像できていた。Aは初めて「チェックイン」というものをして、部屋に案内された。

 一人で泊まるのには広すぎる、普通なら家族で泊まるような部屋で、Aは大の字に寝転がった。荷物をドサッと適当に置いて、手足をグッと伸ばして、畳の上に広げた。

「う~ん」

清々しい畳の香りを感じながら、思い切り独り言を言った。そして、しばらくそのままでいた。何も考えず、畳の香り以外は何も感じず。ただただ、ぼーっとしていた。

 しかし、「何も考えない」時間などはそう長く続かない。自宅のベッドでやるように「よし!」と身を起こした。とりあえず、テレビでも付けてみよう。これも憧れの一つだったはず。と思い、上半身に付けた勢いで座卓からリモコンを取った。テレビにはAの見たことのない地方番組が映った。Aは一瞬ワクワクして、すぐに元に戻った。

 もう、たぶん、一度気付いたら戻れない仕様にでもなっているんじゃないか。入り込めないようになっているんじゃないか。

 きっと京都でしか放送されないであろうCMの映像と音が、どんどん流れていく。目と耳を、ただただ通り過ぎていく。

 京都タワーから見た綺麗な綺麗な京都の街の景色も、この整った部屋も、全部全部嘘みたいに感じた。あんなに憧れたのに、実感が、ない。「ここにいる」という実感、「ここを見ている」という実感。「絵に描いたような」という例えがあるけど、その言葉が一番近い。視界を覆う大きさ程の「綺麗な風景の絵」を見ているだけ。現実感がなかった。

 駅まではきちんと実感があったのに、急にそうなったきっかけは分からない。分かっているのは、落胆よりも恐怖が強いこと。いくらなんでも、と私は笑いたかったが、流石に気持ち悪いのでやめた。そんな冷静と言える(かはわからないが)部分はまだ残っていた。ああ、本当に気持ち悪い。どれだけ精神的に幼いんだろう。

 その日はコンビニで買ってきたおにぎりで夕食を済ませた。目当てにしていた温泉には入る気になれなかった。疲れているのだから入ってくればいいのに、体を動かす気力もなかった。布団の中で、ひたすら考えていた。

 元々、感情が薄いというか、そういう部分はあったけどね。ここまでとは。そう、知ってる知ってる。思い出したくないだけで。こうやって、嫌なことは押さえつける癖が出来ててね。あー、ちゃんと中学の時のこと、思い出したじゃん。「感情を殺す」ことを身に付けたのは中学生の時だったな。なんだか、布団の中であれこれ会話するのは修学旅行っぽい。相手は、「自分」しかいないけれど。

 枕元に置いていたスマホの通知ライトがチカチカ光った。母からのメールだった。

「最近どう? ちゃんとご飯食べてる?」

「食べてるよ」

「ならいいんだけど、あんたは昔から『ぼんやりした子』だからね。お母さん、心配してるんだよ。体に気をつけてね」

母からは一か月半に一度程の頻度でメールが来る。いつまで経っても、母親にとって子は子供で、心配なものらしい。ごめんね、お母さん。今日だけ、コンビニおにぎりだったんだ。いつもはちゃんと食べてるよ。心の中の母にそっと謝った。「そんなもの栄養足りない」って言われるかなあ。

 コンビニのおにぎりは最近よく食べるようになったのだけど、しっかり味が付いていて美味しくて、私は好き。

 明日は清水寺に行こう。そんな思考を最後に、私は眠った。

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