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ゆるやかな自殺  作者: 朝野欠月@文フリ東京11/22(日)
「そうだ、京都に行こう」
6/9

京都タワー

 京都駅の外は、駅のライトより明るくて、空は真っ青でよく晴れていた。

 目指した場所は京都タワー。京都駅の目の前にあるらしく、それなら自分でも迷わず行けるだろうと思ったのだ。

 京都タワー、清水寺、金閣寺、銀閣寺。Aの修学旅行の思い出にあるのはこれらの場所に行った筈であるというぼんやりした記憶だけだった。それ以外は……なぜだろう。思い出したくない。そのときの京都タワーの記憶は、すでに登り切った後から始まっていた。……ような気がする。全てがあやふやだった。

 楽しい旅行の筈なのに、頭の奥に何かが詰まったような感覚で、もやもやする。その感情を表す言葉を、Aは現時点で持っていなかった。


 京都タワーはすぐそこ、広い道路を渡って真っ直ぐに向かう。歩きながら、記憶の端を引っ張ってみる。あそこで確かに、班メンバーに促されて記念コインを作った。確か、お揃いだったっけ。きっとそうだ。それは覚えていた。でも、それ以外は覚えていない。折角登ったタワーなのに、そこから見た景色は、何も覚えていないのだ。もしこんな晴れの日に登っていたら、きっと綺麗で覚えていたはずなのに。では曇りだったのか……? と言えば、それも覚えていない。覚えていなくても、もう一度見たら思い出すかもしれない。Aは期待していた。

 どんどん近づいてくる京都タワー。しかし、記憶は何も、蘇らない。

 新幹線のときに、お弁当やアイスに纏わる思い出を思い出したように、初めてファッション雑誌を買ったときに、大学の教室の映像が浮かんだように、思い出すと思っていた。

「『あー、確かにあのとき……』とはならないんだね」

この数時間ですっかり独り言癖がついていたAは呟いた。

「まあ、それはそれとして。楽しまないとな」


 もしかして、紅葉シーズンを外した観光は丁度よかったのかもしれなく、程良い込み具合だった。京都タワーの展望台には、いくつかのグループがいるだけだった。

 交互に双眼鏡を覗く、仲の良さそうな老夫婦。祖母、母、娘と三世代の親子。昔の自分の様に、修学旅行生と思われる制服を着た中学生。キャッキャとはしゃいで写真を撮り合う女性グループは大学生だろうか。「いいな」とAの頭に過る。

 それでも、観光地を味わえる賑やかさは憧れだったので、その空気に集中しようと思った。そうだ、あれだ。よく観光地の高台に備えてある双眼鏡、あれを見てみたかった。

 Aは双眼鏡を覗き込む。双眼鏡の下には「嵐山方面」などと書かれた簡単な地図がある。Aは次々に、全方位の双眼鏡を覗いていく。そして、最後に、ガラス窓を通して、自分の眼で憧れの京都の街を見てみた。

 Aは嫌な予感がした。考えたくなかった。昔みたいに押さえ込みたくなった。なので、その時の嫌な予感は考えないことにした。押さえ込んで蓋をした。ここまで来たのに。予想通りというか。くだらないんだけど。

 そこでAは思考を切って、一回だけ目を閉じで、気分を切り替えた。

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