表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるやかな自殺  作者: 朝野欠月@文フリ東京11/22(日)
「そうだ、京都に行こう」
2/9

決めた

 友達を作る計画はやめた。さすがのAでも友達を作った後に遺して逝くのは気が引ける。なので一人旅に出ることにした。

 休暇はあっさり取れた。今までの働きは元々評価されていたし、最近の変化から「彼氏と旅行」と思われて予想以上の休暇をもらえた。なんと五日間。これだけ休んで何をしろというのだろう。自分で言い出したことなのだがAは少し困惑した。しかし気分を切り替えて、前向きに考えた。五日間沢山体験しよう、そうすれば。

 いっそのこと海外旅行でも行ってしまおうかと思ったが、調べてみると逆に日数が足りない。紅葉が綺麗な時期なので京都に行く事にした。観光地で旅行シーズンということで、ホテルも旅館も値段が普段より高めになっていたが、それは逆に都合が良い。温泉にも入ってみたい。


「そうだ、京都に行こう」

 そのフレーズは幼い頃に聞いた時から、ふんわりぼんやりとした憧れを残し続けていた。落ち着いた音楽で大人の旅を映すそのCMの画面と音声は、今でもずっと耳と瞼の裏に残っていて、ふとした拍子にあの悲しく切ない高音が響くのだった。そしてその瞼の裏の映像では、いつでも鮮やかな濃いオレンジ色の紅葉がテレビの端から端まで詰まっていた。

 いつか行ってみたいという気持ちと。今「家族旅行」なんかで行ってみたいという気持ちと。全てが憧れだった。それが現実になることは考えたこともなかった。そんな種類の憧れだった。例えるなら、魔法を使ってみたいとか空を飛んでみたいとか。不可能なことだと分かっていても、魔法使いの物語を読むのは楽しいものだ。それと同じで。

 Aは追憶で胸をいっぱいにしながら、まずは何をすればいいか考えた。「そうだ、京都に行こう」と言ったはいいものの、京都と言っても広いのだ。どこで何をしたらいいのか分からない。旅行雑誌やガイドブックを買って読む。旅行サイトもよく読んでみる。しかし、その度に更によく分からなくなる。写真で見る京都の風景は、地図の知識で知っている以上に広かった。こんなに広いと逆にどこに行ったらいいのか分からなくなる。一番人気の場所へ、一番有名な場所へと思っても、全てが同じくらい行った方が良い、有名な場所に見えてしまう。

 そもそも、「旅行」とは何をすればいいのかさっぱり分からないのだ。「こんなことならツアー旅行にすればよかったかも」Aは思った。初めはツアー旅行も視野に入れていた。自分が旅行初心者なのはよく知っているのだから。でも、それでも挑戦してみたいと思ったのだ。何にと言わればAにもハッキリと掴めなくなってしまうのだけど。何か、何か、もう、誰かが決めたルートより外を歩いてみたいと思ったのだ。

 そうは言っても、手掛かりはない。みんな京都で何をしているんだろう。Aの頭にはあのCMの風景の、どこかの寺院の中で一人紅葉を見上げて微笑んでいる女性の姿しか無い。あれは一体どこの紅葉なんだ? あと、京都の知識と言えば……修学旅行だ。中学生の時に行った修学旅行だ。あの時の季節はいつだっけ。紅葉は見えたっけ。Aは記憶を掘り起こしていった。


 一か月後の秋晴れの十月。Aは新幹線のホームでガイドブックを片手にワクワクしながら新幹線を待っていた。確か、あの時も新幹線に乗った気がする。

 Aは結局、昔、修学旅行で行った場所を辿る旅にしたのだ。思い出したいという欲求と、修学旅行で行くのなら必ず有名所だろうというメリットの一致で。周りにもやはり中学生らしき団体がいた。が、それは想像よりも少なかった。今時は修学旅行は五月、六月辺りに行くらしい。今時も……というか、いや、私のときもそうだったっけな。そうだ、結局Aは京都の紅葉なんて見ていなかったのだ。あのときは、どんな色の葉を見てたっけ。それはもう確かめられないので、そっとそのまま忘れたままにしておこう。修学旅行の中の京都を思い出そうとすると、決まってグレー一色になるのだ。あのとき、空は青かったっけ? 清水寺には緑があったっけ? 行ったのは金閣寺だっけ、銀閣寺だっけ?

 今日は、それを確かめに行くのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ