第一章 2(前) 「彼女の名前はクルルエリ」
彼女の足が飲食店街に入り、ひとつの店に入ると、そこには数人の客がいて、いまは飲食をする時間とずれがあるせいか繁盛はしていなかったが、彼女がおすすめの店だというので、抵抗なく入る。
アルナイトは肉を食いたいと言っていたので、彼女は店員におすすめの一品を頼み、料理を運ばせた。
焼きたてのソーセージが大盛りで目の前に現れたときには、さすがにアルナイトも驚いた。流刑地ではこんな豪勢なものは出なかったものだから。
不作法に構わず、ソーセージのひとつにかぶりついた。パリッと音を立て皮が破れ、肉汁が舌の上にしたたり落ちて溶けるように味がしみわたる。
塩味と香草がアクセントになっていて、もうたまらないくらいの旨さだ。
喉もからからに渇いていたので、息が続かないほど水を大量に飲む。
「うまっうまっ」
「よっぽどお腹が空いていたのですわね」
呆れたように彼女が聞いてくる。
「これならもう二皿でも平らげる自信があるぜ」
「そんなにがっつくと喉に詰まりますわよ」
彼女の忠告も聞かずに、木皿の上のソーセージはどんどんとなくなっていく。
とうとう木皿からソーセージが残らずアルナイトの腹の中に収まる。
「ふぅ、うまかった」
「本当に美味しそうに召し上がってらして、それだけいい顔をされたらさぞかしソーセージになった豚も浮かばれることでしょう」
「感謝すべきは、この豚だな」
「いいえ、お代を支払う私にも感謝をすべきですわよ」
彼女は自分のところに運ばれてきた長いパンを頬張りながら、そう答える。
「悪いな、奢ってもらって本当に感謝感謝だ」
「悪くはないですわ。私、貴族の生まれですので、これくらいの等価を払う礼節もわきまえているつもりです」
この女の子、令嬢ではあるのだろうが、非常に話しづらいところがある。
「ところで、お名前はなんていうんですの?」
これは正直に答えないほうがいいとアルナイトは思った。
もうここの近辺の自警団には、自分が脱走してきたことが知れ渡っているかもしれず、ここで彼女に名前を申せば、すぐにでも捕まりかねない。
「アルフィールという、近くの邸で庭師をやっている」
とりあえず身分を詐称して偽名を用いる。彼がわざわざ偽名にアルとつけたのは、ブラフをかけるためだ。もし自分の情報がすでにこの巷に流れているとしたら、「そういえば……」とこの少女が気にかけてくるかもしれないからである。
「ふふ、かわいい名前ですのね……少々呼ぶのを憚れるのでアルと呼ばせていただいてよろしくって?」
「ああ、好きなように呼んでくれ。して、お嬢さんあなたのお名前は?」
「クルルエリ・オリーヴ・オリヴィエですわ」
本当にお気に入りの名前であることを示すように、楽しげに発音した。
「よっし、俺も同じくお前をクルルって呼ぶことにするぜ」
「仮にも邸で仕える庭師ですのに、目上の身分の者を随分とそのように気軽に呼べるものですわね」
目を鋭角に尖らせて、牽制をかけるように言うクルルエリ。
「気に障ったか?」
「私は心が広いので、別に気に障るようなことはございませんわ。ただ、分をわきまえない発言をされると、あとあと痛い目に遭うかもしれませんわ」
ナプキンで口を拭いながらクルルエリは答える。
「そか、それはとても勉強になって嬉しいぜ、クルル」
ところでアルナイトは気になることがあった。
先ほど使用したレイピアがどこかへと消えていた。低身長のクルルエリが隠し持つには丈の長すぎる武器だ。レイピアはいったいどこへいったのか。
「レイピアがどこにいったかお探しになってるんですの?」
視線を泳がせていたアルナイトの様子に気づいたか。
「よくわかったな」
「その疑問に答える前に私からも質問がございますわ、どこでレイピアの手ほどきを受けたのですか? あれほどの戦いを見たのは生まれてはじめてですわ」
「俺としては、相手に蹴りを加えるのは反則だったかなと気にくわなかったんだが」
「いいえいいえ、転倒した相手の隙をついて反撃を加えることこそが、邪道ですわ。紳士の決闘であればこそ相手が立ち上がるのを待つべきです」
それを聞いてアルナイトは安心し、水を一口飲む。
「まぁ言っておくが、俺が使うのはレイピアだけじゃないさ、俺はあらゆる武器を使うことに習熟している。銃器以外の武器ならすべてお手のものだ」
解放されたように人と会話を弾ませるのはアルナイトにとって久しぶりだった。こと武器の話題に関して言えばなおさら……。
「アルクビューズ(銃器)は邪道であり騎士道にあらずですわ。私もそれを使う騎士などを見ると反吐が出そうですの。それを使わないところに私はあなたに好感が持てます」
「お、惚れたか?」
「惚れません、ただ憧れはしますわ」
「それは照れるぜ」
笑みを浮かべて、さぁ談笑でもしようかという構えを取って二人は向き合った。
「極東から伝わる、カタナなどはご存じで?」
「物を斬るにあらず心を斬ると謳うあのカタナだろ、俺も心を斬ったことがあるぜ、相手を峰打ちしただけで茫然自失とさせる」
「砂漠の民が使うショーテルは?」
「盾をも擦り抜け動じることのない三日月の形をした刀剣。俺にしてみればあれは三日月というより蛇だな。相手のどんな動きに対しても、その牙は的確に相手の喉元を掻き切る」
「シンドゥ国のジャマダハルを使ったことはありまして?」
「鎧などあってなきがごとしだ、拳に強い力さえ入れればジャマダハルはどんなものでも突き通す。俺は甲冑飾りを的にして、その装甲を貫いたことがあるぜ。人がそれを着用していたら心臓まで傷が達していたことだろうよ」
目をぱちくりさせて、それから関心したように瞳を大きく開けるクルルエリ。その顔には自然と興味津々とした熱心な表情が浮かんでいた。
「聞き惚れますわ、武器に精通しているあたりが」
「お、やっぱり惚れたか」
「惚れてませんわよ」
顔を背ける一瞬、だが一度振られた話題に抵抗できず、またアルナイトの顔と口元を見る。
「クルルも武器とその出所を知っているところからして精通しているな」
「私は力がないので武器を扱えませんわ、頭で知っていて身体で知らないことを『精通している』などとは私は申し上げたくありません」
「そうか」
「でも私、あなたともっと武器について語り合いたいですわ」
「じゃあ、ツヴァイヘンダーの話をしようか、それは……」
その突如、入り口の扉が乱雑に開かれる音が聞こえる。
「おい、姿を現すのだ、先ほどの庭師よ。ここに入ったという話を聞いておる! 逃げ隠れをするな」
先ほどの決闘相手の男だった。




