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エピローグ

 アルナイトはしきりに首を上向きにして何やら見ている、教会のステンドグラスから光を浴びながら。

「なんで上のほうを見てるのです?」

「クルル、お前には聞こえないか?」

「何がですの?」

「いや、聞こえるわけないよな」

 いまからどんな審判が下ろうと、アルナイトとクルルエリの二人は受け入れるつもりだった。「ところでクルル、言いたいことがあったんだが」

「なんです? アルの言うことならなんでも受け入れますわ」

 アルナイトはまじまじとクルルの顔を眺める。

「白いひげが生えてるぞ」

 あの世界から脱出した後、彼女は全身に生えている白い体毛を剃ったはずだったが。まだ首のあたりにうっすら生えていた。

「失礼ですわね。この期に及んでそんなこと言いたかったんですの?」

「仮にも貴族の令嬢が身嗜みを正さないのはいかんと思うぞ、クルル」

「もう!」

 そんなことでいつものように冗談を言い冗談を真に受ける光景が微笑ましい。

 ところで話を元に戻す。

 前にアルナイトが受けた裁判は領主による裁判だったが。本日は教会直々による神明裁判が行なわれる。

 アルナイトの罪状。流刑地からの逃亡、クルルエリの略取。

 クルルエリの罪状。魔王都アレクサンドリア建設の幇助。

 原則非公開としていたが、特別にステラルナが後ろに並ぶ席のひとつに並んでいた。

 司祭らしき人物が入ってくる。

 火の試練、水の試練などがあったとしても、受け入れる覚悟はある。

 そして、司祭が中央に立つなり、こう答える。

「今回は罪状に関して、二人とも認めている。よって、裁判は形式的かつ略式的なものである。すでに判決は用意してある」

 果たして、どんな判決か。

「二人とも、外に出よ」

 連れて行かれるままに歩かされ、処刑場へと案内された。

 男が一人が剣を手に持ち、待ち構えていた。

「斬首刑か、まぁ予想の範囲内だ」

 覚悟はできていた。半分諦めていたから。

「アルナイト、そこにひざまずけ……」

「クルル、先に行ってるわ」

 まるで軽い挨拶のように、別れの言葉を口にするアルナイト。

 首を斬る男の前に導かれ、アルナイトはゆっくりと両膝を砂の地面につける。

 後ろから首に何やらかけられる。

 そして、剣を振り下ろす仕草をして、アルナイトは目を瞑った。

 しかし、刃物で切り裂かれる痛覚が訪れない。

 上目遣いで、目の前の男を見る。

「アルナイト、貴殿に騎士号を授与する。以後、魔王討伐のために忠誠を誓え」

 首にかけられたものを改めて目にする。

 それは騎士ナイトを示す勲章だった。

 よく見ると、この剣、叙勲のために使う儀式的なもの。斬り殺すほどの力がないといまになってわかった。

「アルナイト、これが貴殿に対する判決だ」

 肩にかかっていた力が抜けて、アルナイトはほっと息を吐いた。

「クルルエリ、貴女もアルナイトと同罪だ。そこにひざまずきたまえ」

「はいですわ」

 クルルエリも安心して騎士の称号を得る。

「無期懲役ってところか、俺たちは」

 いつ魔王を倒せるかわからない、それまで二人は戦い続ける。ゆえに無期懲役。

「二人とも、ボクのこの装いに気づかなかったの?」

 聞いてくるステラルナの胸にも同じ騎士の勲章があった。

「お前、知ってたのか」

「うん」

「それを早く言え!」

「ごめん、でもサプライズとしては嬉しかったでしょ?」

「とんでもないな、なぜなら俺は……」

 空を見上げる。二人には見えもしないし、聞こえもしない。

 だけど、アルナイトには聞こえているような気がしてしょうがなかった。

「最近アルってば、いつもこんな素振りばかりですわ」

「なんとでも言え。空と天気と太陽を見たくなる年頃だと思ってくれ」

「気障ですわね」




 崩壊するあの世界からの逃げだし際、アルナイトとキュリエは途中で二つの抜け穴に遭遇した。

 ひとつの穴からは大陸が俯瞰できた。

 いつかクルルエリに描いてもらった手作りの地図そのままだった。

 だがつまり、それだけの高度があるということだ。

「あそこから出たら、ひとたまりもないな。落ちて潰れて死ぬ」

「もしくは星になるかもしれないわ」

 キュリエは涼しい顔でそう答えた。

 もうひとつの穴はどこか草原を見下ろした高みに出られそうだった。地面に激突しても、衝撃をある程度和らげられるかもしれない。

「もう誰にも迷惑はかけたくない」

「そうだな」

 ジンがキュリエの身体を借りて父親を殺したこと。そのことをアルナイトはすでに理解をしていた。だから、慈悲の言葉などもかけたくない様子で。

「お前は死なないんだろ?」

「そうね」

「俺はお前の声が好きだ」

「さっきも聞いた」

 アルナイトはこうキュリエに促した。

「行け」

「アルナイト?」

「お前は星になれ、そして歌い続けろ」

「本気で言ってるの? 歌は届かないかもしれないわよ」

「やってみなくちゃわからないだろ?」

「……あなたは相当わたしに恨みを持ってるのね」

「ああ、そうだな」

 冷たい目つきでアルナイトは答える。

「さっさと行ってしまえ、キュリエ」

「……そうね」

 そうして、キュリエは星になるために、ふらふらと流れるように移っていく。

「わたし、天上からアルナイトのことを見ているから、見ているから」

「じゃあ俺もときどきでいいから、空を見上げてお前がいるか確かめてやる」

 そして。

「お前の歌も聞いてやる」

 キュリエはくすっと笑った。はじめて見た真心の笑顔なのかよくわからない。けど、アルナイトは心が軽くなる。

「じゃあ……」

「ああ、達者でな」

「言われなくてもずっと達者よ」

「そうか」




「まだ見上げてるんですの?」

「ああ、そうだな」

「首が疲れませんこと?」

 呆れ顔でクルルエリが両手をあげる。

「もういい加減に……」

「しっ」

 アルナイトがクルルエリに静かにするよう促す。

「どうしたの、アル?」

「しっ」

 制止されて、ステラルナも黙る。

 空から聞こえるはずのない聖なる歌声が聞こえてきた。

「何かしらこの歌声、とてもきれいですわ」

 心が洗われていく。

 そんな気分で、三人は聞き入る。


 歌声が途切れたところで、三人は出立した。

「ボクはとりあえずこの近くにあるアレクサンドリアをひとつ壊滅させようと思うんだけど、二人は?」

「俺は聖地へ行く」

 たぶん無駄だとはわかっている、聖地はアレクサンドリアと化してめちゃめちゃに壊されているだろう。だけど、彼は自分自身が子供であることを我慢できないのだ。

「私はアルについていきますわ」

 そして、三人は途中まで舗装されていない道を歩く。そして泉を見つける。

「ちょっと所用を見つけた、待っていてくれるか?」

「お花摘みかな?」

「違う、俺にとって重要なことだ」

 アルナイトは、泉に近づく。そして、首にかけられた勲章を握りしめてはずす。

 そして、泉の中に勲章を投げ捨てた。

「何をするんだよ! アル!」

 波紋を立てて、騎士号の勲章は泉の下の下へと沈んでしまった。

 アルナイトは哀れみの表情を見せる。ステラルナもわけのわからない顔で涙を流しそうになる。

「この世は所詮、かりそめに作られた善の世界だ」

 戦争も内紛も魔王も、善の産物に過ぎない。あのとき、魔王がアルナイトに語りかけたように。

「騎士なんてものはな、我こそは善だ。ゆえに悪を殺す。そういうものだ。そんな傲慢な論理を受け入れられない」

 それがアルナイトには許せなかった。騎士の称号など邪魔になるだけだった。

「俺は心を斬る。善の傲慢さも、悪の傲慢さも、斬る」

「アル……」

「お前には理解できないかもな。魔王を倒すことが目的だから」

 その言葉にステラルナは沈黙するしかなかった。

「何をしてるんですの? アル。早く行きますわよ」

「ああ、ちょっと一仕事してきた。いま戻るぜ」

 そうしてアルナイトとクルルエリは、地平線の向こうへと歩いていく。

 呆然と立ち尽くすステラルナ。

 そんな彼女はアルナイトが羨ましかったのかもしれない。

 見かけ倒しのこの世界が見える彼が。

 張りついたままになっていた足を引っ剥がし、ステラルナは再び歩き始める。

「ボクだけがやれることをしよう」

 背中に納めた聖剣カリブルヌスを持って、彼女は二人の背中に小さく手を振った。




「おい、二人とも。その格好を見ると、いいご身分の様子だな。金と食料を置いておきな」

「もっとも反抗するなら、命も置いていくことになるけどな」

 道の途中で盗賊と出くわし、二人は見事に囲まれた。

 魔王の呪いが消えて、クルルエリにはもう強大な力は残っていなかった。だから、いまはまたアルナイトにその力を託している。

「アル、これを」

 クルルエリが腹部の中からレイピアを取り出す。

「だったら、俺はお前らの心を奪い取るまでだ」

 アルナイトがレイピアを掲げて、日の光を反射して心なしか威光があるような錯覚さえした。

「おお、お前らは騎士か公爵のたぐいだったか」

 クルルエリの胸にかけられている勲章を見て、盗賊の一人が気づく。

「たとえ勲章があっても、そして、俺の名前に騎士ナイトがあったとても、俺は騎士じゃねえ」

 これは剣士アルナイトと、武器を生成するクルルエリが、人の心を斬り続けていく物語。

「見ていろよ、クルル。俺はいつかこの世界に宿るよこしまな心を斬ってやる」

 だから今日もクルルエリは見る。

 彼が心を斬る雄志をその目に焼きつけて。




(了)

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