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第四章 5    「脱出せよ、闇の城郭」

 何千人もの行列が並びを作る。人々の長蛇が不安げにざわつく。先頭にはアルナイトとクルルエリがいる。

 この暗闇で時間感覚はすでに狂っているが、それでも長い時間かけて人々が集められた。

「これで全員だよ!」

「数え漏れはないか?」

「駐屯兵が昨日までにここを出入りした人数の差し引き。それにギルドの経理関係の人が何回も数えなおして、間違いないそうだよ」

 都にいる人間、総勢約六五〇〇人。

 いまから彼らをここから脱出させる。一人残らず。

「でもさ、アル。ここからどうやって脱出させる気?」

「クルルを使うのさ」

 アルナイトが立てた計画はこうだ。

 クルルエリの腹部はヘパイストス神の場所へとつながっている。先にアルナイトたち三人を吸い寄せてそこへ移動させた経緯があるように、それを利用して人々をここから転移させる。

 鉄扉の錠はヘパイストス神の計らいで開けたままにしてあったので、その点については支障がない。

 その後は、あの扉を使って元の世界へと戻る。

「なるほど、頭いいんだね。アル」

「俺がネズミのおつむだと思ってたのか、この」

 アルナイトが笑い顔のステラルナの頭を小突く。

「それじゃあ、みなさん、進んでください!」

 クルルエリが腹部をめくり、紫色の闇が渦巻く穴を広げるよう念じる。

 先にステラと何人かの駐屯兵が入る。都の人々の誘導係をしてもらうためだ。

 一人一人が不安になりながらも、中へと入っていく。

 トラブルもなく不安もなく、淀みなく人々は進む。

 途中休憩を挟んでクルルエリにも休んでもらったが、それでもどんどん人の数は減っていった。


 ……。


 半日以上をかけて、都にいた庶民はすべて紫色の闇の中に入った。

 そして、最後に警備と人数数えをしていた自警団員が入っていく。

「お前のおかげだ、アルナイト」

「いや、俺のおかげじゃない。クルルエリ嬢のおかげだ」

「そうだな……」

 彼らの心境は複雑だった。都をこの暗闇に仕立て上げた一端をクルルエリが担っていたからだ。

 彼女の行く末はどうなるのだろうか。貴族の特権で罰を受けるかもしれないが、しかしいまはそれを考えてる暇はない。

 次々と残りの人員が入っていく。

「あんたで最後の一人だな」

 確認を求めるアルナイト。最後まで警備にあたっていた駐屯兵の一人が紫色の闇を前にする。

「ああ、といってももう三人いるんだが」

「ん! その三人というのは」

「お前とクルルエリ嬢、それから」

「それから?」

「あの例の魔女ウィッチだよ」

 キュリエのことか。

「経理の者にも、駐屯兵と自警団にも注意を促して魔女がいないか注意深く見てくれって頼んだが、どうやらいないらしい」

「そうか」

「それじゃあな、待ってるぜ。アルナイト」

 そして、長蛇の列を成していた人間はすべて捌けた。

 もうそろそろこの暗闇の世界の終わりが近い。

 ところどころ稲妻が生じ、それが轟音と地響きとともに光る。

「なぁ、クルル。こんなジョークを知っているか?」

「なんですの?」

「頭のてっぺんに泉ができた男がいた、その泉で毎度釣りをして大騒ぎをする野次馬の多勢のせいで、男は夜も眠れなかった。思い悩んだ男は頭の泉に身を投げて死んでしまった。という話だ」

「面白いですわね、とても滑稽ですわ」

「クルルにはそういう芸当はできるか?」

 当然、その話の流れになる。アルナイトが一番に悩んでいたこと、それはクルルエリが脱出する術を持っていないことだった。

 この紫色の虫食い穴が彼女の身体の一部である以上、頭の泉に身を投げることなどできるはずもない。

 彼女はここにとどまる他ないのだ。

 そのことはクルルエリ自らも重々承知していたようで、暗澹とした顔つきになる。

 でもそんなものは払拭して、アルナイトに向き直る。

「次はあなたですわ、アル」

「俺は遠慮しておく」

「え?」

 あまりにも信じがたい彼の一言に、クルルエリは当然驚きを見せる。

「俺はクルルと一緒にいたいんだ」

「正気ですの? そんなことをしたらアル、あなたが死んでしまいますわ」

「それでいい、お前と一緒にいられたら、本望だ」

「でも、私はあなたに生きて欲しいですわ」

「そうだ、力っていうもんはそういうことのために使うんだ」

 人を守るため、そして人を変えるため。

「この世が現世から来世へ行く、そういう生まれ変われる仕組みだったとしたら、その心を忘れずにいろよ。クルル」

「ですから、アルも早くこの中に入ってください」

「俺が惚れた女をみすみす手放すようなバカを俺は働きたくない。見捨てたとしたら、俺は自分の心情と信条に反することだ。そして、惚れた理由を踏みにじること、つまりお前を否定することになる」

 だから、俺はずっと一緒にいたい。ただそれだけだ。とアルナイトは言った。

「……勝手になさい」

 腕組みをして、二人は暫時ここにとどまる。

「世界が完全に壊れたら、痛いかしら?」

「たぶん痛いだろうな、めちゃくちゃに痛いだろう」

 それを言った途端、彼女の身体は打ち振るえ始めた。

「怖いのか?」

「怖くありませんわ、私がどれだけ痛かろうと、大したことありません」

「震えてるぞ」

「その通りですわよ。だって」

 だって。

「あなたが苦しんで死んでいくのを私は耐えられないんです」

「そっか、らしくもない言葉だな、クルルにしては」

 クルルエリはアルナイトに寄り添い、右腕に両腕を絡めた。

「最後にやり残したことはないんですの? 例えば、あれとか……」

「あれってなんだ?」

「あれは、あれですわ」

「具体的に言ってくれないとわからねえな」

「バカ、私に恥をかかせるつもりですの?」

「はっは、俺は……」

 そのとき、頭にこつんと何かがぶつかった。

「なんだこれ?」

「ロープ、みたいですわね」

 天上から長い長いロープが垂れ下がっていた。

「のぼってみるか?」

「そうですわね」

「よし、じゃあお前が先頭だ。クルル」

「絶対上を向いて覗かないでくださいませ。とても恥ずかしいですから」

「もっと恥ずかしいことをしようとしてたのにか?」

「バカ」

 そうして、長い長いロープを握りしめ、クルルエリを先頭に上がっていった。

 そして、行き着く先の天上に開け放たれた扉が見えた。

 まさか、あれはヘパイストス神の広間から抜ける、あの扉ではなかろうか。

「アル! クルル!」

「ステラか!」

 どうやら、ステラルナに一計案じてもらったようだ。

 なるほど、これは考えつかなかった。

「行こうぜ、クルル」

「はいですわ」

 まさに希望がそこにあった。二人は喜び勇んで、ロープをどんどんとのぼっていく。

 クルルエリがまず開け放たれた扉をつかみ、そこから入ろうとする。

「よし、気をつけて入れよ」

「お前がな……」

「え?」

 後ろから声が響いてくる。そして、足を強い力で掴まれた。

 アルナイトが見下ろす、そこにはロープをのぼりつつあるキュリエ、いや……ジンの姿があった。

「アルナイト、お前だけは道連れにしてやる」

「お前……」

 クルルエリも異変に気づいたようで、後ろを振り向き、手をのばす。

「アル! 私の手に掴まって!」

 アルナイトは必死に右手をのばす、しかしクルルエリの手にわずかに届かない。その温もりにすら触れることが叶わない。

「クルル……」

「アル!」

 クルルエリは身を乗り出そうとする。

「駄目だよ、クルル! 危ない!」

「お離しになって! このままだと、アルが!」

 ステラルナの制止を振り切ろうとして暴れるクルルエリ。

「やめろ、クルル! お前まで」

「アル! 早く! 早くして!」

 ロープが擦り切れる音を立て始める。

 その原因はジンにあった。おそらくジンの魔法で彼自身の身体をどんどん重くしているようなのだ。

 アルナイトはジンが掴んだ手の感触からそれを感じ取った。

 何しろ、ジンの手が鉛のように冷たい。

「最後に泣くのは、お前のほうだ。アルナイト」

「ちく、しょ……」

「アル、早くして、早くしてくださいませ!」

「クルル……」

 そして、めりめりっと嫌な音がして、ロープが切れ、アルナイトジンが急落下する。

「アルッ……いやあああああああっ!」

 クルルエリの哀しみと叫び声が放たれる。そして、それがどんどん遠ざかって、アルナイトが地面に落ちる前に彼の意識は消失する。


「……ぐっ」

 足に激痛が走って目を覚ます。骨が折れているのかもしれない。

 世界崩壊のせいで建物も石材も粉々に砕かれたので、この場が砂利だらけになっているのであろう。それでもあれだけの高さで生きていられたのが奇跡だ。だが、壊れゆくこの世界の終末を前にして、そんなことに何の意味があろうか。

「があっ!」

 誰かの叫び声とともに、蹴り飛ばされる。

 後ろから。

 振り向きざまにジンが足を振り上げている光景を認めたアルナイト。

「お前だけは生きては返さん、死んでしまえ、お前の父親のようにのたれ死ね!」

 そうして搾り上げるように、ジンはアルナイトの首を締めた。

「ぐあっ!」

 腕を振り払って、咳込むアルナイト。

「お前の首を引きちぎってやる!」

「そんなことができるはずが」

「できる、こいつの右腕にわしの魂を集中させれば」

 どくどくっとジンの腕に何かが流入する音が聞こえる。

 その瞬間、キュリエの姿へと戻る。

 だが、腕が酷くぱんぱんに腫れたように、筋骨隆々となる。

「死ねぇっ!」

「待ちなさい!」

 キュリエが左手で右腕を掴み、彼のやろうとしていることを止めようとする。

「何をするキュリエ!」

「そんなことはさせないわ、お兄さま……」

「離せ!」

 腕が引っ張られたり引き離そうとしたりを繰り返す、キュリエとジンが共有する身体。

「裏切り者が!」

「あなたもね、お兄さま。わたしに過度な期待をさせて、不老不死にされた罪は重いわ」

「はっはっは、お前が望んだことだろ。すべてお前の責任だ」

「そうね、わたしの責任ね」

 キュリエは語り始める。

「わたしは歌を聞かせたかった。その歌を永久とわに残すことができないとわかったとき、わたしは絶望した。だから、不老不死を望んだ。でも人を巻き込むなんて、思っていなかった」

「言い訳無用、悪いのはすべてお前だ」

 キュリエとジンの押し問答が続く。

「キュリエ、好きだぜ」

「え?」

「お前の歌声がな。俺もその歌声が永遠に残ればと思うぜ」

「……」

 そして、彼女の右腕が左手を払う。

「死ねやぁああああっ!」

 アルナイトのほうへと襲いかかってくる。

 ジンの拳が、一回二回と殴打し、そして三回にアルナイトの顔を潰し、奥歯が一本折れるのを感じる。

 後ろにはまだ砕けきっていない、アルナイトの背丈ほどの大きな石材がある。

 後ろ手に何かが触れる、古剣コピスだ。

 これで空間を切り裂いたとき、しばらく穴が生じ、そして消える。地面や身体につけた虫食い穴は、クルルエリの腹部やアルナイトの胸部のように、ずっと残り続けるみたいだが。

 古剣コピスで穴を開け、そこに入ったとき、どこへ通じるか。安全な場所に行き着く保証などどこにもない。

 だが、逃げるならこれしか方法がない。

「さぁ、アルナイト、今度こそ死んでもらおうか」

「ごめんなさい、アルナイト」

 右腕から聞こえるジンの声と、キュリエの口から放たれる言葉が悲しい響きのように重なる。

 折れた片足で、彼はゆっくりと立ち上がる。

「死ねぇ!」

 そして、アルナイトは。古剣コピスを振り上げ、勢いよく降ろした。

 その瞬間、キュリエの右腕が切断されて、どこかへと飛ばされた。

 コピスを振り下ろしざまに、空間に虫食い穴が現れ、二人はその中に吸い込まれた。

 遠くでジンの声がする。「どこまでも追いかけてやる。わしは……」と。

 そして白い雷の激しい音とともに石材が倒れ、穴を塞いでしまった。

「ぎゃああああああっ!」

 右腕だけになったジンが、ひとときの後悔では済まされないほどの断末魔の叫びをあげる。彼は滅びゆくその世界の中に閉じこめられたのだ。

 傷ついたアルナイトと右腕を失ったキュリエは、異空間へと続く道を川のように流される中、意識が混濁して目の前が真っ暗になった。

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