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第四章 4(後) 「慟哭する、そして泣く」

 クルルエリが周囲を随意に見回して、アルナイトを必死に探す。

 その様子は本当に獲物を狙う獣そのものに成り代わっていた。

「クルル!」

 アルナイトが姿を現した。

 もはや人間の声にならない奇声を発し、紅蓮の色をした目でアルナイトを一瞥する。

 片手に持っていたツヴァイヘンダーを両手に持ち、かろうじて二足で立っているクルルエリと対峙した。

「ぐぐぐ……」

「言葉を失ったか? クルル」

「アル……、アル……」

 いや、かろうじて彼の名前は覚えているようだ。

 アル、アルと一言一言紡ぎながら、一歩一歩の感触を噛みしめるように歩み寄るクルルエリ。

 アルナイトは古剣コピスを取り出し、彼女の攻撃を待った。そして。

「ぐおおおっ!」

 クルルエリが襲いかかる、ツヴァイヘンダーの剣先が右手首を斬り落とそうとする。

 済んでのところで、アルナイトは左に避ける。

「ぐわあ――っ!」

 酷使して潰れたようなかすれ声を交えながら、今度は首を斬りつけようとする。

 だが、それもしゃがんで避ける。

「やはり、うまくいかないか」

 二回三回とバック転をして、クルルから離れる。

 そして、クルルがツヴァイヘンダーを突きつけ、直進して襲いかかる。

「来い、クルル!」

「うがああっ!」

 ツヴァイヘンダーが、アルナイトの左胸に、突き刺さった。

 剣先が胸の中へと吸い込まれていく、彼の心臓に確実に貫いたのを、クルルエリは確実に認めた目をした。

「ぐぐうっ、ぐうっ……ぐう……」

 獣声がいつも通りのクルルエリの黄色い声へと変化していく。

「うう……うっ、うう……」

 胸を押さえながら、クルルエリの姿が変わる。

 体毛は伸びたままだったが、それが縮んでゆき、彼女が彼女へと戻っていく。

 そして、ひざまずいて顔を俯かせたクルルエリが、胸を押さえながら激しい息の吸って吐くを整えようとする。

 きつく目を閉じて、ゆっくり前を向く。

「……」

 目の前の光景は、当然のようにアルナイトが倒れていた。左胸に突き刺さったツヴァイヘンダー。閉じられた瞳。投げ出された古剣コピス。動くことのない四肢。

「アル……」

 ゆっくり歩いていき、声をかける。

「アル、アル」

 反応を示さないアルナイト。

「…………」

 殺してしまった。襲い来る絶望感の波。その証左に彼女の驚愕の顔。

「う……」

 嗚咽がこみ上げてくる。

「うわあああああ――っ!」

 血が混じりそうなほど、涙腺が破れそうなほど、目から涙を絞り出すように。クルルエリは苦悶と悲観と絶望が混ざった顔で、癇癪をぶちまけた。

「アルが、アルが……私のせいでっ!」

 アルナイトはもう動かない。

 じきに冷たくなって、肉も骨も消え失せる。

 目が堅く閉じられ、もう二度と目を覚ますことはなかろうか。

「アル……」

 クルルエリが冷たくなる前のアルナイトに唇を重ねる。

 そして、涙の雫を彼の頬に落とす。

「もういいですわ、何もかも」

 すべてが終わったことを悟った表情で、クルルエリは左胸に刺さったツヴァイヘンダーを抜こうとする。

「アル、ついていきますわ。私があなたのもとへ行ったらいっぱい叱ってください」

 彼は無言を貫いているかのようだが、かすかに頷いたように見えて、クルルエリはツヴァイヘンダーの持ち手に触れる。

「アル……」

 そして、引き抜こうとしたその瞬間、アルの目が見開いた。

「バカ野郎!」

 叱責の声とともに、アルナイトが目を覚まし、クルルエリを鋭くねめつけた。

「……アル?」

 涙がはらはらと落ちた。

「このバカ野郎が!」

 罵詈雑言の汚い言葉の数々が、クルルエリの心に突き刺さっているはず。だが、それがなぜだか心地よい顔になっていた。

「アル!」

 クルルエリがアルナイトに抱きつく。

「まったく、お前の気まぐれにはいつも酷い目に遭わされる。お前の

ことは一生許さないからな」

「もちろんですわ」

 狂喜の振る舞いで、彼女はもう一度アルナイトにキスをする。

 アルナイトは突き刺さったツヴァイヘンダーをゆっくり引き抜く。

 破れた上着の奥、左胸のあたりに紫色の小さな闇が渦巻いていた。

「これは……」

「お前の腹部の穴と同じ原理だよ。古剣コピスで胸をつついたら、都合うまく虫食い穴ができたよ」

 これで正面からの攻撃に対して、心臓を突き刺される心配は、二度とないだろう。

「俺の死を認めたお前は、獣の道から逃れた。これでいいだろ? クルル」

「アル……」

 もう涙が止まらない。

「この泣き虫め」

「ごめんなさい、でももう少し泣かせてくださいませ」

「アホ」

 アルナイトに頭を撫でられて、クルルエリは笑顔が込み上げる。

「呪いは解かれてしまったか……」

 古剣コピスから重々しい声が響く。

「誰だ!」

 アルナイトの問いに古剣コピスがぼんやりと光り、明滅を繰り返す。

「儂か、貴様が気にかけていた娘に呪いと力を与えてやった者だ」

「魔王アレキサンダーか」

「貴様らはわしをそう呼ぶ。だが、それは貴様らが生み出したものでもある。それに大魔王アレキサンダーと呼称をつけただけの話やもしれぬぞ」

「どういうことだ!」

「魔王も悪魔も必要に迫られて作られたもの。人間がこの世に善を作り出した結果、悪が生まれた。その悪を宿り主にしてわしらは生まれたといってもよい」

 悪など存在しない。あるとしたら善があるだけ。その善ですら人間が勝手に決めたもの。その善に反するものを人は悪と言うのだ。

「アルナイト、貴様にはそのことをすでに理解している。だから儂は貴様を誘惑しようとは思わぬ。むしろ、この世界の気病む心を癒してくれる救世主になるやもしれぬ」

「それは褒め言葉か?」

「どうとでも解せ、だが残念だ。このアレクサンドリアは建設に失敗した」

「野望は朽ち果てたか」

「そういう意味でも残念だ。だが、もっとも残念なのは、お前たちがここで朽ち果てるということだ」

 稲妻が走る以外に音を立てるはずのない空が、軋む音を立て始める。

「このアレクサンドリアは崩壊を始める。もって残り一日か二日か」

 アルナイトは立ち上がって、姿勢を正して、大魔王に話をする。

「忠告ありがとうよ、魔王」

「貴様のような人間に礼を言われること、わしは誇りに思うぞ。近いうちにわしのところへ訪れよ、そして儂を打ち倒せ」

 そして、古剣コピスから声が途絶えた。剣から感じられる邪念のたぐいが消失する。

「アル、どうするんですの?」

 クルルエリが聞いてくる。

 古剣コピスは大魔王の思念が宿っていたため、それを利用して魔界とこの場所をつなぐ虫食い穴を作っていた。が、いまはこれを振るっても、元の世界に戻れる保証がないとクルルエリは言う。

「アル!」

 ステラルナが駆けつける。

「大丈夫だった?」

「心配するな、それよりもステラ。この街にいる人間をすぐに全員かき集めろ!」

「そんな無茶な!」

 驚いた顔を見せるステラルナ。

「やるんだ、自警団でも駐屯兵でも協力できる奴らは協力を仰げ。このままだと全員死ぬぞ」

「わかったよ……やってみる」

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