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幕間(三)

 アルナイトは突き止めた、父と母を殺した張本人であるレスゲート卿と自称する男を。

 武道修行場の師範であり、周りからお師匠様と慕われている。レスゲート卿と名乗っていることから貴族として名を連ねる人間の一人であり、いままさに豪奢な邸の庭先で読書に興じていた。

 アルナイトは身を潜めて塀のあたりからレスゲート卿の様子を窺い見るが。

「ネズミが一匹か。そこにいるのはわかっておるぞ」

 隠れることは無駄と判断し、仕方なしとアルナイトは堂々と鉄門から敷地内に足を踏み入れる。

「さすがお師匠様と呼ばれるくらいだ、だがネズミに過ぎない俺だって、ネコのしっぽに噛みつく勇気くらい持ち合わせてる」

「口だけは達者と見えるな」

「腕だって達者だぜ、俺の親父からようやく一本取ったこの腕だ、お前が殺めたあの親父からな」

「なんのことを言っておるのだ」

「とぼけるな、お前が親父と母さんを殺したんだろ!」

 そう言いながらアルナイトは、なまくらになって血が乾いてどす黒くなった短剣を投げつける。そこに掘られていたのは、この男の営む修行場の紋章であった。それがレスゲート卿が殺したという何よりの証拠である。

「なるほど、してお前はわしをどうしたいというのか?」

「俺は親父に人を殺めるべからずと教わった。だから、お前を殺すことはしない。だが代わりに、傷ひとつはお前に負わせてやる。その傷の重みをお前に背負わせて、親父の無念を晴らしてやる」

 鞘代わりに巻きつけたぼろ布を取り払い、真剣が姿を露わにする。

 ふいに強い風が吹きつけ、その場に捨てたぼろ布が煽られあさっての方向へと飛ばされる。

「どう弁解しても無駄なようだな、やむを得ん、お前と一戦だけ交えさせてもらおう」

 油断してはならない、こいつはあの父を殺したほどの腕前を持つ男なのだから。

 真剣を相手に使うこと、アルナイトにとってはじめての経験だった。だが、木刀が真剣に代わっただけの話。構えも扱い方も何ひとつ違うことはない。

 仕方なしに、レスゲート卿は傍らの置いてあった長めの木刀を手にする。どうやらいつどこで闇討ちされても太刀打ちできるように準備は万端としているようだ。

 ハープの弦のように細々と走る青い静脈がレスゲート卿の手の甲に走る。それとは対照的にアルナイトの腕は熱い血が走り焼けたように赤々としていた。

「少年。そんなに感情をたぎらせては手に入れるものを逃すどころか、いま手にしているものですら奪われてしまうぞ」

「十分奪われたさ、もう失うものは何もない」

「潔い、後悔すらしないほど覚悟はできているようだな」

「後悔なんかしてたまるか」

 猛る思いをぶつけるようにアルナイトは真剣を振り上げて突撃する。

 相手は木刀でしっかりと保身に上がり、アルナイトの斬撃を受け止める。

 刃傷ひとつ与えられず、髪の毛一本すらも斬れず、互いの胸板だけが勢いよくぶつかり、その反動で離れあう。

 一歩下がり気味になった後で、相手は木刀でアルナイトの顔に打撃を与えようとする。

 済んでのところでかわす。

 次にアルナイトは剣を横に薙ぐ。

 相手の腕に一閃を与え、はらり袖だけが落ちる。

「どこを斬っておる、わしの腕はここだぞ」

「その高貴な身なり、意匠を切り落としてやる。そうすれば化けの皮がはがれる」

「化けの皮をはがすだけでいいのか、どうせならわしの高い鼻と面目を潰してみよ」

「言われなくてもそうするさ!」

 アルナイトは真剣を突き上げる、相手の顔面に向けて。

 刃と顔の隙間に木刀が差し入れられ、木刀に真剣の切っ先が刺さる。

 両者、力が拮抗して、木刀も真剣も震え、アルナイトは木刀から真剣を抜くことができない。

「ちきしょう!」

「これで終わりか?」

 相手が戦くアルナイトの左腕に蹴りを食らわる。彼は腕を押さえながら悶絶する。

 その蹴りで骨にひび(・・)が入ったかもしれない。

 突き刺さったままの真剣を器用に抜き、レスゲート卿はそれを持ってアルナイトを一瞥する。

 しかし、相手は真剣を軽く放り投げて、アルナイトに渡す。

 その行動にアルナイトは違和感を持つが、相手の好意に矛盾した感情を抱えながらも甘え、再びその真剣を振り上げる。

 そうして暫時二人は木刀と真剣を打ち鳴らす。

「いつまで遊ばせるつもりだ」

「俺は本気だ!」

 相手は剣戟のリズムに乗らせている。

 だが、そのリズムをぶち壊すようにアルナイトは力の入れ具合を変えて、逆にアルナイト自身がオリジナルにリズムを作り出す。その不協和ができた瞬間、彼はレスゲート卿に横一閃の斬りつけを与える。

 ハープの弦が斬れたように、レスゲート卿の手の甲に走る静脈から、赤黒い血がしたたり落ちてくる。

 だが、深手ではない。

 アルナイトはこいつが二度と修行場に立てぬほどの傷でないといけないと考えていた。それでこそ相手の心にまでも相当な傷を残すことができる。

「わしに血を流させたのは、師範になって久しくなかったこと」

「まだまだこれからだぞ!」

「なかなかの腕だな、お前の父はなんという名前だ」

「俺の名前はアルナイト」

「……」

「母さんの名前はアルメール、父さんがいつもメールと呼んでいたアルメールだ」

「……」

「そして親父の名前は、ギルナイトだ」

「なんと、あのギルナイトか!」

 相手は驚いた顔を見せるあまり、アルナイトも振り上げる剣の手が止まった。

「ギルナイトはわしから一本取り、免許皆伝させて修行場を暖簾分けさせてやった」

 驚愕の顔は残念そうな顔を見せる。

「まさか、あのギルナイトが……」

「木刀の手を止めるな、お師匠さんが!」

 アルナイトは追加の一撃を加えようとする。

 しかし、相手が渾身の力を込めて、アルナイトの右腕に木刀の一打を与える。完全に骨に亀裂が入った音がした。

 アルナイトは真剣を取り落とした。

 レスゲート卿が手から零れた真剣を取り上げ、アルナイトの喉元に当てる。

「ちきしょう」

「……」

 しかし、レスゲート卿は数秒した後で、真剣を捨て、後ろへと下がっていった。

「やめておこう」

「なぜ殺さない」

「……」

「なぜ殺さないんだ」

「剣は人を斬るにあらず、心を斬るものなり。だ」

 レスゲート卿は再び椅子に腰をかけ、先ほどの状況が当たり前だったかのように読書を再開した。

 舐めているとしか思えなかった一方、アルナイトは父の死に様を思い出す。

 父はたぶん右腕に痛みを抱えていた。そして、父はあのとき凶刃でメッタ刺しにされた状態で遺体として発見され、無抵抗のままに殺められたことは明らかだった。

「レスゲート卿……」

「いずれわしがそのまま説明しても無駄だということはわかっておった」

 こいつに父は殺せない。アルナイトはそう悟った。

「ギルナイトはわしの弟子だ」

「いまさっきそんなことを口にしたな」

「誰がわしをそなたの父の仇を断言した? 言えるか?」

「ジンって奴だ」

 父が殺されて間もなくして、そいつ、ジンは武器屋を訪れた。

 父を殺した短剣の紋章の意味を教えてくれた奴だった。

「ジン・ディストフィルドとそやつは名乗らなかったか?」

「どうしてわかるんだ」

「そいつはわしが破門に堕した元弟子だ」

「まさか……」

 頭の中ですべてがつながったような感覚をアルナイトは覚える。

「すべてはそのジンってやつが」

「そんなことをわしに聞いてどうする、それを突き止めるのはお前の問題だろう」

「だけど」

「わしは無罪放免かの? 読書の邪魔になるからさっさとこの場から消えてくれな……」

 その瞬間、レスゲート卿は苦しみ悶え始めた。

「どうした! レスゲート卿!」

「その武器、お前のものか?」

「いや、これはジンってやつが渡してきて……まさかっ」

「毒が塗ってあったようだ……さきほどのぼろ布、あれに染み込ませて……」

 レスゲート卿の斬られた静脈から黒い血が滴り続ける。

 アルナイトは絶望に打ちひしがれて、ひざまづく。

「レスゲート卿……俺は」

 アルナイトが呼びかけて、レスゲート卿は読んでいた本に目をやり、それを小さな細々とした声で音読し始めた。




 生ける兵は常に兵法を学び常に気持ちを新たなれ

 新兵は兵法を学びてのちに師に教わるべし

 教わる兵は心を磨きて自らも教える師となるべし

 教える兵は身体すなわち老となることを知るが

 心すなわち老となることに損なうものなし

 老兵はすべてを終えて死ぬものなれど

 死せる兵は再び生を受けてその技を全うす

 それ兵は滅し新たに蘇るものなれど

 それ兵法は不滅にして、常に先を進むものなり




 皮肉にも、これがレスゲート卿の遺訓となった。

 そして、レスゲート卿は事切れてその場に永久とわの眠りについた。

 その後、すぐさま弟子に目撃されて、アルナイトは捕まった。

 そして、何も言い分を返せず、裁判で殺人の罪を認め、流刑に処せられた。

 これがアルナイトが無念にも殺人の罪を着せられた経緯である。

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