幕間(一)
一年前。
邸の中で倉庫に入り浸り、クルルエリはツヴァイヘンダーの形を正確に記憶するように、つぶさに見つめた。
「見事に巨大な両手剣、私の背を悠々と超える剣、ツヴァイヘンダーですわね」
そして目を閉じその両手剣の形を頭の中で詳細に思い浮かべ、腹部に手を差し入れる。そしてそこに堅い持ち手の感触があるのを認めた。細身の彼女にはとても持つことができないツヴァイヘンダーをゆっくりとお腹の中から取り出す。
両手剣ツヴァイヘンダーと形状そのままの剣だった。
「大成功ですわ」
なぜ彼女はこのような能力を授かったのか。
クルルエリが少女と呼ばれるに相応しい七つの歳になったころ、彼女は自分の無力さを、嫌と言うほど痛感した。
すでに一人で自由に外へ出入りしていい年頃ではあったが。彼女はつい調子に乗ってしまった。街を探検していたらうっかり貧民街に入ってしまったのだ。同じ年頃でボロボロの身なりの少年たちに絡まれ、酷い仕打ちを受けた。
無論のこと、彼らはその後、軽いお咎めを食らった。だが、クルルエリは納得しなかった。そう、少年たちに与えられた罰の軽さにではなく、自分自身の弱さに対して。
自分が強くあれば、他人から虐げに強く抵抗し、反撃することもできたのに……と。そのためにレイピアを振って、必ず強くなってみせると決心もしたのに。すぐに手が震えてしまう。その歯がゆさゆえ、クルルエリの悔しさは募るばかり。
当時から本が好きだった彼女は、かつて昔話で聞いたことがある。流れ星に願い事を言えば、それを叶えてくれるということを。彗星が何か重大な予兆であることを知っていた通り、彼女は流れ星のことを容易く信じ込んだ。
時期的に流れ星が多く流れる深夜を狙い、彼女は星降る丘に出向いた。流れ星に願い事を言うと彼女が話したときには、父母ともに笑っていたが、クルルエリは真剣そのもの。
丘から夜空を眺め、夜空が煌めいた刹那、彼女は願いを込めて言った。
「私に力をください、相手を倒せるくらい強い力を」
すると煌めきは、鋭くなり強く白い光を放った。
流れ星がこちらに向かい、吸い込まれていってしまった。彼女の、腹部の中へと。
気づけばそこに一本の剣が刺さっていた。
彼女はその場に倒れ込み、傍らで見ていた使用人が急ぎ足で、その身を邸へと運んだ。
剣が空から降ってきてお嬢様の腹を突き破ったと、使用人から話を聞いて、家にいた者は皆驚き騒いだ。
しかし、クルルエリの腹部からゆっくりと剣を引き抜いたところ、なんと突き破った痕がなかった。血の一滴すらも流れてはいない。
抜かれた剣は邸の倉庫に厳重にしまわれた。
数日してクルルエリは目を覚ます。その後しばらくして、彼女は気づく。腹部に模様のように渦巻く紫色が出てきたことに。
空間を貫いた闇。それがいったい何なのか、クルルエリは当然ながらはじめこの闇が理解できていなかった。
その中に指を入れても、痛覚すらも生じない。腹を探られる無痛の違和感はあったものの彼女の好奇心が後押しした。クルルエリはどんどんと腕が入るほどに奥まっているのを直感する。
彼女は本を読むことの他に、絵を描く嗜みも持っていた。ある日、パン切り用のナイフが刺さったバゲットを描こうとして、ナイフを描こうとするがなかなかうまくデッサンが定まらないのにイライラして彼女はパン切りナイフを持って、形状を正確に記憶するように眺め、それを描くために集中力を研ぎ澄ました。そのときだった、彼女の腹部にちくっとした違和感が生まれた。その直後、彼女の腹部の闇から、パン切りナイフが飛び出して、床にぼとりと落ちた。
あまりのことに気が動転したが、その後、彼女が刃物を眺める機会に出会うたびにそのことが起こった。それから彼女は自分の頭に武器の形状を思い出すだけで、その武器が腹の中から生成されることを経験的に学んだ。
彼女はそれが、流れ星が叶えてくれた願いだと信じて疑わなかった。
流れ星に願ったのは力であったが、武器を作り出すという具体的な力など願ってはいなかった。しかし彼女はとてもよい魔術のたぐいを手に入れたと乱舞して喜んだ。
その日から果たして何年経ったか。この邸の武器倉庫の中でクルルエリはしみじみ物思いにふける。
まぁともかくとして、クルルエリは引き続きいろいろな剣や武器を見ながら、クルルエリは腹部の中で武器を生成し、それを取り出して好奇心の赴くままにその能力を試していった。
クルルエリの生家であるこの邸の中に武器が保管されていることはわかっていたが、はじめて入ってみて、先代騎士を務めていた曾祖父や祖父の収集したものにクルルエリは恍惚な顔を浮かべていた。
この武器生成の力を手にしてから時すでに何年も経ってはいるが、あらためてありとある武器を見つめる機会に至ることで、その力を幾度幾度とやってみることで自分の不可思議な力を実感し、クルルエリはそのことに喜びを感じるのだ。
そうして、彼女はこの広い武器倉庫の奥行きの果てに禍々しい雰囲気を漂わせる、気味の悪い形をした古剣に出会う。
それを触れてその古剣をうっかり落としてしまう。その瞬間、空間に穴が開いた。
「な、なんなんですの。これは?」
この古剣こそがクルルエリの腹部を貫き、武器生成を果たす力の原因となったものだ。
当時、クルルエリはこの禍々しい古剣についてひた隠しにされていた。彼女にこのことを話すことを避けていたようである。
いましがた、この古剣が開けた穴は傷が塞がれるようにすぐさま消え去った。
「もしかして」
クルルエリはその古剣を間近で観察し、網膜に焼きつけてから心に痕が残るくらい深く記憶に刻みつけた。
そして、案の定のこと、腹部からその古剣を取り出すことに成功した。
だが、その手で不器用に振るっても、空間に穴が開けることはできない。
そこでクルルエリは理解する。自分の力は剣を作ることであり、その剣に不随する魔性の力のたぐいまでは再現できないということに。
所詮、彼女の力は剣を写し取るだけなのだ。
そのことに気づき、クルルエリはがっくりと項垂れる。
「でも、この古めかしい剣は興味深いですわね」
そこで彼女はこの古剣についてその詳細について聞きたく思い、中庭を抜けて父の書斎へと行こうとした。
しかし、中庭に何者かの影が見えた。
「見つけたぞ、やっと」
「誰ですの?」
召使いでもないし、明らかに客人ではない、賎民のなりをしていて明らかに盗賊強盗悪人に類する者であることは彼女にも察しがついた。
「その剣を渡してもらおうか」
「なんですの? いきなり、そんなことをおっしゃって。訳がわかりませんわ」
「何も言うな、それは古剣コピス。お前が持っていいものではない、そもそもわしらが所有するところのものだ」
「信じがたいですわね、私は絶対にお渡ししませんわ」
「そうか、交渉するまでもないか、わしがお前の腕をねじ伏せ、強奪する他あるまいな」
交渉決裂をすぐさま悟った相手は、すぐさまに襲いかかり、古剣コピスと呼ばれたその武器を無理矢理にして奪い取られた。
「返しなさい」
「悪く思うな、いや悪く思わないはずがないな、この剣によってわしは魔界とこの世界をつなぐ扉をぶち破ることになるのだからな」
その剣を盗まれて、彼女はその類い稀な記憶力でその者の顔を神にペンで描き再現した。
似顔絵をもとに調べた結果、彼女は突き止めた。ジン・ディストフィルドというその者の名前を。
彼女はこの古剣について両親に問いただして、ことの真相に直面した。自分の腹部にある武器を生成する力のある穴のルーツを知りたかった、知りたくないなどと言って首を横に振りたくなかったのだ。
だから、彼女は古剣コピスを取り戻したかった。知るために。
何せ、彼女には奥の手があった。彼女の腹部の中は武器生成の場だけでなく、カリブルヌスの保管庫である。そのことにすでに気づいていたのだから。




