第三章 2(後) 「クルルエリの心」
「え、でも」
「いいから取れ!」
ステラルナが巻かれた布を完全に取り去り、聖剣を持つ。その姿がさまになっていて格好がついていた。だが、まだそれだけ。
「ずいぶんとじじい臭い台詞だことだな、お前」
アルナイトが黒衣の者に対して、その言葉を放り投げる。
「でも、それで確信が持てた……いままさに」
一瞬だけ俯いた顔をあげて、その者の見えない暗がりの中で仮面をつけた顔を覗き見ようとする。
「……クルル」
びくっと跳ね上がりそうになったのを、アルナイトは見逃さなかった。
「やはりな」
「です」「ます」を退けて「わ」とか「の」とかつけていただけ、というかその口癖だけはうっかり退けられなかった。それだけに、妙に年寄り臭い感覚があった。だが、いまの様子ではっきりとする。
この仮面の下に、クルルエリの顔が隠れているということを。
もう顔を隠す必要を感じなくなったか、仮面を下に向かって投げ捨てる。ガラスが割れるような音を立てて、仮面が割れたことを認識する。
仮面の下に隠されていた顔はやはりクルルエリだった。
「ばれてしまったわ」
頭の黒い覆いを取り去り、クルルエリの顔がはっきりと見える。
「さっきぶりだな、クルル」
「そうだわね」
「偉そうな口振りがさらに偉そうになったな」
「正体を隠す条件だったのだけれど、誤魔化せなかったようだわね」
「もう、元の口振りに戻していいぞ」
「ですわね」
クルルエリが黒衣の身なりを整えたのち、アルナイトを見る。
「で、クルル。どういう条件でこんな風に、都全体を大騒動に巻き込んだんだ?」
「ふふふっ」
ばつが悪そうな顔も見せないクルルエリ。
所在なげな表情すらも見せることはない。
彼女は魔王に手を貸しているも同然だ!
アルナイトがそんなことを言いたげなことを、クルルエリが理解できていないはずはなかった。
「ごめんなさいアル、魔王は私の夢を叶えてくれましたの」
「どういうことなんだ、クルル」
「私、武器を使う力を魔王からいただいたんですの」
当初クルルエリは武器をアルナイトに託した。それは自分の夢を代わりに叶えてもらうために。
「アル、あなたはもう必要ありませんわ。いままで本当にありがたかったですわよ」
「お払い箱かよ」
「お礼はいたしますわ、魔王に取りはからってあなたたち三人くらいであれば、命だけは助けてあげてもいいですわ」
「そういう問題じゃねえ」
アルナイトは納得できうるはずがなかった。非常に非情なまでに隔靴掻痒なのだ。
そんなことで得た夢など、無に価値は等しいものと見ている。
「目を覚ませ」
「起きておりますわ、力がみなぎって私はとても目覚めた気分ですの」
「そういう問題じゃない、クルル。お前の見ているのは悪い夢だ、お前の夢は邪な道で得られたもので納得しているのか?」
ステラルナが不純とまではいかないものの、よくない動機で聖剣を手に入れようとしていた場面を先ほど見ていただけに、アルナイトはクルルエリを諭さずにはいられなかった。
クルルエリが力を手に入れた代償を彼は許すことができない。
「もう一度言う、目を覚ませ」
「話が通じないようですわね」
「本来なら話すら聞きたくもない」
「ずいぶんと嫌われたようですわね」
「ああ、嫌いだ」
その言葉を吐いても、クルルエリは動じないので、空しいの一言に尽きる。
「クルル、俺はお前の心が好きだ。俺はお前の夢を叶えてやろうと思った。だからこそお前がこんな風にも態度を翻したいま、その反動があまりにも大きすぎてかわいかった分の二倍も三倍も嫌いになったんだ」
そんなことを言われながらも、クルルエリは泣きっ面も涙も見せることはない。
自分自身の主義主張を押しつけるなど気がひける。
だが、もはやそこに自分自身などなかった。
アルナイトの感情や心が、自分自身をひん曲げようとしているのだから。
「クルル、俺は、お前のその邪な心を折る」
「交渉決裂ですわね。そうなるとは思っておりましたわ。そしてアル、私もあなたをねじ伏せようと思っておりましたの。それだけ力がみなぎって有り余ってしょうがありませんの」
「情けないことだぜ」
クルルエリが一瞬笑う。
「でも、その前に聖剣があなたがたにあるのは非常に都合が悪いので、返していただきますわ」
「何!?」
すると、ステラルナの手が勝手に動くように剣先がクルルエリの腹のほうへと向かう。
いや違う。剣のほうが吸い寄せられているのだ。
「キュリエ、手伝え!」
「う、うん」
気づいた三人はいっせいになって聖剣カリブルヌスの持ち手を掴んで剣を盗られてなるものかと、阻止をする。
「絶対渡してなるものか」
「これは私の剣ですわよ」
「違いねえな、でもいまこれを渡すわけにはいかないぜ」
剣はなおも引きつけられていく。
しかし、三人は必死に抵抗を見せる。いまは吸引の力も、彼らが引っ張る力も、五分五分といったところだ。
「もう少々、力が必要でしょうかしらね」
クルルエリが腹部のあたりをめくる、そのあたりから大渦を巻いた紫色の闇が出現した。
「手をお離しなさい、私の身体の中にみんな吸い込まれてしまいますわ」
確かに、引き込まれる力が比較すると格段に違う。いままでこのようなことはなかった。クルルエリは不可思議な力を持っているようではあったが、それがさらに魔王によって強い力を持ったのは、紛れもない事実であるようだ。
「俺は絶対に負けない」
「たまには私に勝たせてくださいませ、アル」
筋書きの骨を突然折られたかのような、この予想外の成り行きはなんなのだ。アルナイトならばそう叫びたかった。
アルナイトもいまや口の軽さも、気取った言葉も、喉の奥に引っ込んだ。
靴も嫌な音をずりずりと立てて、足が持っていかれそうだ。
「何を躊躇っていらっしゃるんですの? いい加減に手をお離しになってくださいませんこと?」
「離してなるものか」
この強情がクルルエリの誘導をはねのけたせいで、彼女がむっとしてしわ寄せた顔になる。
「それならば、もう手加減なんてしませんわ。みんな吸い寄せて閉じこめてしまうまでですわ」
勢いがついた空気の流れまでも起こして風を作り出す。塵も埃も芥も、この風の力で移動していく。
そして、三人もこの聖剣も、最後の力さえも空しく、紫色の中へと入っていってしまった。




