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第三章 2(中) 「聖剣を持つこと」

「おいこら、このクソガキ、僕の弟分によくも重傷負わせてくれたね」

「あ、その、ご、ごめんなさい。おいらたち応援に夢中になってて」

「言い訳してんじゃないよ、君らに誠意がないことをいま確かめて、僕はとてつもなく腹の中が煮えくり返って仕方がないのさ」

 そうして、胸ぐらを掴む手に力をこめ、子供の一人に懲罰をするよう、軽々と男の頭の上まで持ち上げた。

「いてえよ、俺一生歩けないかもぉ」

「そうか、じゃあこいつの足を粉々に砕いて二度と歩けないように」

 それをさすがに見かね、店の主が「やめなさい、相手は子供だぞ」と言う。

「なんだ、このオヤジわぁ、ひっこんでろ」

 右足を怪我したはずの男が渾身の力を込めるのも躊躇わず、右足を大きく振り上げて、首根っこを蹴り飛ばして、主はその場に倒れた。

「僕たちを舐めるんじゃないよ、ええ?」

 ステラルナもさすがにその光景から目を背けてはいけないと思ったのだろう。木刀を下段にして、攻撃の手を止める。

「おい、ステラ。目をそらすな、聖剣が欲しいんだろ? そんなことに構うな」

「でも」

「お前にとっては聖剣が全てだろ? そんな子供たち一人一人なんか、お前にとってどうでもいいんだろう? おい!」

「……」

 ステラルナは木刀を構え、チンピラ二人組と対峙する。

「おい、なんだ、やるのか?」

「足が震えてるぞ、そんなんで僕たちに勝てるのかね?」

「うるさい、これはボクの武者震いする癖なんだ!」

 ははっと笑いながら、ステラルナを蔑む男たち。

「お兄ちゃん……」

 雄々しい女の子ステラルナに子供たちが食い入るように見る。

「ボクは男じゃない」

 木刀を振り上げて、子供の一人を持ち上げる手を思い切り殴打した。

「いってぇ……」

 子供が掴まれた手から解放され、不器用に子供は着地して逃げる。

「僕らに抵抗する気? このボクボクぅ?」

「うるさい! 黙れ!」

 その言葉の後に、アルナイトは「肩の力を抜け、相手に攻撃のタイミングを悟られるぞ!」と言う。

「うおおおっ!」

 肩がまたわずかに隆起してしまい、二人は巧みに攻撃をかわす。

 そして、ステラルナは店のテントに突っ込んで、厚手のテントが纏われる。

「今度は、僕の攻撃を食らうんだね。蹴りをお見舞いしてあげよう」

 しかし、厚手のテントに覆われたことで、身体の動きが見えにくくなった。覆われたテントの布が隆起したように見えた刹那、ステラルナの見返りざまの追撃をチンピラはかわせなかった。そして、最終的に相手の頭をぶん殴り、チンピラ二人はその場できゅうっと気絶した。

「……、勝った」

「こいつらにな、俺に勝ったわけじゃない」

「そうだね、でも勝った」

 木刀を取り落として、いまやったことをステラルナは噛みしめるように、目元を拭う。涙を少し落としたのかもしれない。

「お兄ちゃんすごい」

「お姉ちゃんだよ」

「ごめんなさい、お姉ちゃん強かった、凄いよ!」

 そうしてステラルナは、群がる子供数人を両手でまとめて抱きしめた。

「お姉ちゃん苦しいよ」

 でもみんな嬉しそうだった。

「アル、ボクはとても大切なことに気づかされた」

「やっとわかったか、このバカ」

「うん、バカだった。ボクは個人的な理由だけで魔王を倒そうとしていたことに気づかされた」

 ステラルナは聖剣を取り戻すことから、チンピラ二人を倒すことに目的を変更した。

 そのことは、ステラルナにとってもっとも欠けていたものを手に入れた瞬間だったのだ。

「ステラ。寺院の屋上で、そこで決着をつけよう」

「アル……うん、そうだね」


「こんなところに連れてきてどうするの?」

 到着した先は寺院の屋上。上から落ちてくる光の雪のおかげで、おぼつかないものの明かりには困らずに済んでいる。

「お前の欲しいものを持ってきた、ステラ」

 そう言うなりアルナイトは、手頃で大きめの布で巻き上げたもの、布を取り去り聖剣カリブルヌスが目に入る。

「どうだ、欲しいだろう?」

「欲しいと言ったらくれるの?」

「もちろん、力づくで手に入れろと俺は言葉を用意してある」

「さっきも同じようなこと言ってたじゃない、でもボクは……」

 ステラルナが言葉を詰まらせて、あるいはなおかつ言葉の選択に迷いが生じているのか、アルナイトに返す文言を考えているようだ。

「最終的にボクはそれが欲しい、だけど手に入れる気持ちに、方向転換の一撃を加えたのはアルだ」

 アルナイトの口角がふわっと上がる。

「ボクはいみじくも、そして不本意ながら、勇者となった」

 そのいきさつをステラルナは語り始める。

「ボクは償わなくてはならない呪われた血を持つ、償いの民としての血族として生を受けた。すべては償うために生まれてきたんだ」

 さきほども聞いた。だから聖剣が使える。

 木刀を持つ小さな拳に力が入ってわなわなと震える。

 なで肩にも力が入りすぎて一瞬だけの怒り肩になりかけた。

「肩が力みすぎてるぞ、また」

「仕方ないでしょ?」

 ステラルナの、

 顔がカッとなる。

 目がキッと開く。

 口がクッと曲がる。

「ボクの家系は代々、心の中に勇者が憑いている。その勇者が命じたんだ、魔王を倒せと」

 悔し涙を流しそうな目。だが、ステラルナは瞳が半ば乾いたまま、話を進める。

「ボクには聖剣が使える、ボクには勇者がついているから、憎々しくもこのボクに憑いているこの勇者が……」

 アルナイトはステラルナが音を立てない歯ぎしりをする口の動きを見逃さなかった。

「その気持ちはいまでも変わらないか? それとも違うと誓えるか?」

「ボクは……勇者に赦されるチャンスだと思っていた。魔王を倒せばこの呪いから解かれるとボクに説いたから」

 そのときステラルナは、よこしまなものすべてを拭い去ったような、さっぱりした顔つきに化ける。

 目をこすってから彼女は、アルナイトをまっすぐ見据えて、乾いた唇で彼を正面に向き合う。

「これで勇者に奇しくも囚われていた呪いからやっと解放される、それだけを信じてさっきまで行動していた、でも」

「ステラ、さっきお前が子供を助けたとき、とても格好良かったぜ、男だな」

 アルナイトのその言葉に、ステラルナはいい顔をしかけるが、最後の言葉尻を気にしたか、ぶすっとした顔になる。

「女だよ、さっきも言ったじゃない」

「そうか、俺は女も男だと褒められたときには、女に喜んで欲しいと思うんだがな。いやすまん俺は褒め方が不器用なんだ、でも俺も親父に男と認められるためにどれだけ血の滲む鍛錬に身を投じたことか」

「……」

 屋上から下のほうを覗くために、わざわざアルナイトは縁のほうを歩いていく。ステラルナの背中を見せた状態で。

 そんな行動を数秒間ぽかんとやってみせた後に、もう一度ステラルナの顔を見る。

「俺が隙を見せたのに、よく木刀で殴らなかったな。逆にこの場所から突き落として聖剣を奪ってしまえる余裕さえ与えたのに」

「ボクは勇者だ、ボクは卑怯者じゃない」

「そうか、さすが勇者様だ」

 アルナイトは槍を上げて、素振りを始める。

「本来なら、アルには聖剣が似合うかもしれないね、そんな槍を使うよりも」

「見くびってくれちゃ困るぜ、槍だけじゃない、俺はこと武器に関してはあらゆる武器が使える」

「それは凄いね」

「俺の道場にはな、武器を創造するヘパイストス神の像があった。心を斬るために武器を使い、その武器を創った神へ感謝するために」

 アルナイトは寂しそうに聖剣のほうを見やる。

「聖剣カリブルヌスが使えなくて、アルは悔しいんでしょ?」

「正直な、唯一使えない武器だからな」

「どうせなら、アルが勇者ならよかったのに」

「どうでもいい、勇者って肩書きが俺には面倒だ」

「もっともボクは勇者と名誉高く賞されたいというよりも、償いの民として蔑まれてたからだけど」

 ふふっと笑いが込むアルナイト。

「でも、魔王を倒せばステラ、お前は賞されるぜ」

「そうかもしれないね、えへへ」

「なんだ? 賞されることが嬉しいのか。生涯格好悪いところを見せられないぞ?」

「そう……かもね……」

 そして。

 二人が張りつめた緊張感で対峙するその瞬間、笑みがびりびりっと破れたように消え去った。

 ステラルナから、研ぎ澄まされた精神が、アルナイトにはぴりぴりと伝わってきている。

 彼女も剣術を鍛えてきたのだろうけれど、精神も叩き直されここまでの強敵に成長し、そして戦うことは久方ぶりだった。

 ここからは使い捨ての飾られた台詞を出すのも不用心。

 下手に呼吸をするのも不用心。

 まさに息も吐かせぬ勝負どころだった。

 熱していて、なおかつ冷たい視線が、二人の間でぶつかり合う。

「……」「……」

 無言と無言が衝突する、それが緊張の糸を張りつめさせる。

 緊張の糸がぷつんと切れないように、糸が切れず緩まずのつりあいを取るためだけに、気力をすり減らしている。

 二人とも、じわじわと肉薄を避けながら詰め寄りながら、汗が滲んで服にしみこんでいくのを感じる。

 アルナイトもまさか、ステラルナがここまで強くなるとは思っていなかった。心構えが変わるだけで人は変われるものだといえようか。

 おそらく腕力や体力はステラルナもアルナイトもそう変わることはない。

 でもやはり最終的には心の力がすべてを決めることを、アルナイトは改めて知る。そのことを知らしめられたのが、ステラルナ自身なのだろうから。

 木刀が振り上げられる。その振り上げられる前の兆候をアルナイトは予測もできなかった。なぜなら、ステラルナは兆候なんて見せなかったから。

 だが、アルナイトがそれに怯むことは全然なく、パルチザンの槍を横に構えて、攻撃を受け止める。

 やはり僅差がある。アルナイトに髪の毛一本ほどの差でステラルナは負けている。それを見極めたところで。

「取りやめだ」

「……降参するの?」

「それでもって、聖剣を取っていっても面白くない、いや、ステラ自身納得できないだろ?」

「それはそうだけど、なんでここで?」

「予定外の来客が来たからな」

 屋上の物陰をステラはふと見やり、そこに人の気配を感じたようだ。

「見つかってしまったようね」

 キュリエが出てきた。

「なんだ、キュリエだったの。驚かさないでよ、本当に突然の来客だね」

「驚かすつもりはなかったのよ、わたしは……」

「いや、お前のことじゃない」

 矢継ぎ早に話を進めようとしていたキュリエに対し、アルナイトは制止の一言を言う。

 アルナイトが空のほうを見上げる。

 そこに闇に紛れて、はためく黒い黒衣の動きを彼は見逃してなかった。

「おい、降りてこいよ。見てないでさ」

 先ほど城壁近くで会った黒衣の者が空を飛んでいて、ゆっくりと屋上に降りてくる。

「ゆっくりと高みの見物とは、大したものだな」

「いや、そんなことはせぬわ。高みの見学だのう」

「ふっ」

 アルナイトが視線をステラルナに投げる。

「聖剣を取れ!」

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