第三章 1 「聖剣を持つための資格は」
暗闇の中でさえ、変わらず居丈高に聳える寺院に到着した。薄暗いぼんやりとした中、明かりが盛大に灯されていて、ひときわ周りの街並より明るい。まるでさまよえる者の道しるべとなる灯台のごとく。
寺院に足を踏み入れる。蝋燭の上で火が小躍りしていた。くまなくこの場所を探索する。が、クルルエリは見つからない。
ここだけが暗がりの屋上も見回すが、彼女の姿はない。さきほどジンがいた場所を屋上の縁から見下ろす。よくクルルエリはここからカリブルヌスを落としたのだなと関心を覚える。
ひときわ輝くものを見つける。
聖剣カリブルヌスだ。
急遽、石の階段を駆け下りて道に出て、カリブルヌスを拾う。いつもクルルエリが扱っているように、鍔の両端を持って。
「隠しておこう、他人が持っていていいものではないしな」
そうして、アルナイトは聖剣を運んでゆく。
これを使いこなせる者はほとんどいないが、誰かに渡していいものではない。
ましてや。
「あいつも持っていていいものでないからな」
そう言いながら、アルナイトは居を構えていた宿屋へと戻る。
宿屋は寺院よりかは暗い照明を灯す。ランプを節約しているのか。寺院の経営ほどに余裕がなさそうだ。
「とりあえず、衣装ダンスに隠しておくか」
早速聖剣を入れ、タンスに鍵をかける。
部屋を見回す。クルルエリの私物が残されていた。おそらく彼女はこの都を出ていない。無論、この都から出ること自体できないのだから、当然といえば当然だが。
部屋を出る際、廊下を走り回る子供たちと行き交う。
剣の稽古か、もしくはチャンバラごっこに過ぎないか、彼らは木刀で相手をしあう。
その木刀が思い切りよく振り上げられたとき、アルナイトは悪戯心にその木刀を掴んだ。
「あえ? 何するんだよ、お兄さん」
「こんなところでお遊びか? がきんちょども」
木刀を握りしめたまま呆れた様子でアルナイトが問う。
「遊びじゃないやい、この緊急事態においらたちが動かないでどうするんだ」
「お前ら、魔王と戦うのか?」
アルナイトが怖い顔を作って、子供たちに聞く。
「え、魔王が来るの?」
「お、ぶるっと来たのか?」
「そ、そんなことないやい。おいらの手にかかれば、魔王なんか首根っこ捕まえてとっちめてやらあ」
「そうか、じゃあ、こういう狭いところじゃなくて、広い外で堂々とやれよ。魔王もお前らを見ているかもしれないぞ」
「え? あ、そ、それは……」
身悶えしながら、子供たちが言いよどむ。やはり魔王が怖いのだろう。
「広いところで戦うより、こういう狭いところで戦うほうが不利だから、そうだ、実戦に備えてわざわざこういう場所でやってるんだあ」
「ふはは、なるほど勇者である上に策士ということだな、お前ら」
「そ、そうだよ!」
「今度、剣の手ほどきを教えてやる。だから、ちょっとお前らの持っている木刀を一本拝借してもらっていいか?」
「本当に剣を教えてくれるの?」
「ああ、もちろんだとも」
アルナイトは大げさに胸を叩く。
そうして、子供たちは予備の木刀を持ってきた。
「お兄さんってもしかして勇者?」
「勇者なわけないだろ、あえて言うなら勇者の傍らにいる脇役の剣士といったところだ」
「なーんだ、脇役か。でも剣が使えるんだろ? 本当に教えてくれよ」
「ああ、約束する。だが、ちょっとお兄さんは用事があるから、とりあえず木刀は借りておくぞ」
そう言いながら、この場を後にしようとする。
「お兄さんはヘパイストス様を信じてる?」
ヘパイストス。その言葉を聞いて、アルナイトは賢そうな子供を見る目になり、子供の頭を撫でた。
「おお、あの武器を作るあのヘパイストス神を知っているのか」
「おいらは信じてるんだ、いるって。いつかヘパイストス様に出会って、おいらが道を切り開くための剣を作ってもらうのが夢なんだ」
そうかそうかと感心しながら、次にアルナイトはこう言う。
「おい少年。力っていうのは、武器じゃないぜ」
「なんだよ、偉そうに。それじゃあ腕力だっていうのか?」
「いや、違うね。俺はいつもこう言ってる」
それはアルナイトの父親も言っていたこと。
「力とは心だ」
「わかった風なこと言うない」
「完全にはわからないさ、俺にだって。だが少年、誰もこの言葉の意味を察するには一生かかっても足りない。それだけは肝に銘じておけよ」
そう言いながら、アルナイトは木刀を持ちながら、ここから去っていった。
どこへ行く宛もなく、アルナイトは街を見回る。これからどうするか、とりあえずクルルエリがいないことを自警団に報告しようと来た道を戻る。その途中でふたたび寺院の前を通りがかる。
「ねえ」
後ろから声をかけられる。ステラルナだ。無罪放免となって、自警団から釈放されたのだろうとアルナイトは思った。
「ボクの聖剣はどこ? アル、キミが持っているんでしょ?」
「だとしたらどうする?」
「返してと言うだけだよ」
本来なら他人が持つべきものではない、仮にこいつが勇者だとしても。アルナイトは考える、当初は勇者に渡すべきだと思っていたが、予定が変わった。こいつにはまだ持たせてはいけないと思った。
腕の未熟以前に、こいつの心意気を確かめるべきだとアルナイトは思案していた。
「あれはクルルの剣だ、俺は渡すわけにはいかない」
「いや、ボクの剣だ。返して欲しい。アルっ!」
「なぜ、お前は戦うんだ? ステラ」
「それは、ボクが戦わないことが、ボクに不利益になるからだ」
この一言でアルナイトの決意は固まった。こいつにはまだこの聖剣を渡すべきではないと。
「嫌だね」
アルナイトが強く拒絶するよう、返した手のひらを向ける。
「どうしても嫌だと言うのなら、力づくで取り返すまでだよ」
「剣もないのに、どうやってだ?」
「それは……」
アルナイトが、やれやれと思いながら、先に子供たちからもらった木刀を投げる。
「その木刀で俺に一撃でも加えてみろ、そしたら聖剣を渡してやる。俺は逃げもしないし隠れもしない」
木刀を手にしてステラルナは、瞳のガラスの中に炎を燃え上がらせたように、心なしか輝いているように見えた。
「さぁ、来いよ。勇者ステラ」
「手加減しないよ、アル!」
アルナイトがもう一方の手に持っていたパルチザンの槍を構えた。
「気だけは強いみたいだな」
「うるさいっ!」
何度アルナイトに槍の柄で殴られたことだろう。そこまで擦り傷と打撲だらけになっても、ステラルナはアルナイトに立ち向かっていた。
「食らえっ!」
ステラルナが目尻をあげる。アルナイトが察するべき情報としては十分だった。
パルチザンの槍をすぐさま掲げ、木刀を柄の中ほどで受け止める。
アルナイトには見えていた。ステラルナが木刀を叩きつけようとする瞬間を。
「やはり駒を取ることに執着したチェスプレイヤーだな」
「どういう意味!」
アルナイトが木刀を握りしめ、横に彼女の身体を薙いだ。
無骨な泳ぎを見せるかのように彼女が倒れた。
「剣を持ったら、自分自身を覆い隠せ」
「だから、どういう意味!」
「ステラ、お前からは剣を使うときの癖が丸見えだ。剣を振り上げるとき、眉が動く、目尻があがる、眉間に剣幕が立つ、歯を食いしばる、肩に力が入る、膝が揺れる……」
「おのれ!」
ステラルナの肩に力が入って隆起するのが丸見え。
そして、何度目になるかわからないアルナイトの投げ技が再び決まる。
「言っているそばからダメだ、これではまともに戦うことなんてできるわけがない。いや、その前に俺はお前の心意気が気に入らない」
「どういうことだ!」
「そのままの意味だ、もしわからないのであれば、お前は自分の心すら知らないことになる。俺はそんな奴に聖剣を渡すわけにはいかない」
呆然とした顔で倒れているステラルナを余所目に、アルナイトは寺院の中に入っていった。行き違いの可能性もあるから、もしかしたらクルルエリが寺院に戻っているかもしれないと考えて。




