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第二章 5    「アレクサンドリア」


 眠っている間に馬車がしばらく進んだのだろうか、自警団が大声を張り上げていた。

「駐屯兵を呼べ」

 城郭都市であるここは、上空から俯瞰すると、円周を描く高い壁で囲まれている。

 その壁にある扉から出る際に不手際があったのだろうか。

「開けてくれ」

「それが、よくわからないけど開かないんです」

「ほかの出入り口はどうなんだ?」

「それが、どこの扉もがっちりと閉まっているんです。こんなこと一度もなかったのに」

 アルナイトは再び目を閉じた。


 ……。

 ゴゴゴォッン――ッ!


 突然地響きの音が鳴り響く。

「門が壊れてしまいますよ!」

「出ることが最優先だ!」

 まさか火薬か大砲でもぶっ放しているのだろうか。門扉を開くためになんともご苦労なことである。

 まったくもってすぐに人は武器に頼るものだ。

 硝煙と焦げ臭い煙の臭気が馬車の中にまで漂ってくる。胸がむかむかしてくるが、睡魔がまだアルナイトの意識を夢の中に引きずり込もうと必死なので、再び眠りにつく。


 ……。


「城壁の上にのぼってみるか」

 夢と現実の間、一枚の瞼越しにアルナイトは外の様子に聞き耳を立てる。

 彼らは城壁の上から周りの様子を確かめようとしているらしい。

「なんだこれは」

「どうした?」

「一面真っ黒なんだ、まるで黒い霧に包まれたように」

 どうやら、普通では考えられない状況に彼らは対峙したようで。

「おい、その鳥はなんだ?」

「こいつはよく訓練された鳥だ、足に手紙をくくりつければ、外の仲間が異変に気づいて助けにきてくれるはずだ」

 鳥の甲高い声が聞こえ、羽ばたく音がしたと思ったら、その音がだんだと遠ざかっていく。

 しかし、その数秒後、何かが破裂する音がして、肉片のようなものがぼたっと落ちる音がした。

「そんな……、なぜ!」

「鳥が爆発した、そんなバカな」

「黒い霧に触れるな! 無用に火傷をすることになるぞ!」

「おい、空を見てみろ!」

 状況の異変が尋常でなくなったところを察してアルナイトは、馬車の覗き窓の隙間から空を見た。

 あれだけいつも見慣れている蒼い空が、昼間であるにも関わらず、雨雲よりも闇よりも濃い黒雲に覆われていった。

「世界の終わりだ」

「まさか、魔王の仕業か?」

 慌てふためいて、自警団たちは予想外のことに、心が落ち着かない様子を見せるだけであった。

 気づけば馬車の扉が開いていた。キュリエはまだ相変わらず体力が果てて眠っている様子。ステラルナは目をこすりながらも、まだ少し眠っていたい様子。そこで、アルナイトが外に出ることとした。

「おい、誰が外へ出ていいと言った!」

「緊急事態なんだろ?」

 外に出たとき、日の光は覆いつくされ、完全な暗闇になったその後、空から光の粒が雪のように舞い落ちてきた。

「なんだ、なんだこれは?」

 光の粒は闇の中でとても明るい。

 自警団は、この光の粒を奇妙と見て、身体に触らぬよう逃げる姿勢を取る。しかしアルナイトは後ろ手の手鎖のまま、その光の粒を肩に触れさせてみる。

 光の粒は肩に触れると砕け、より一層明るくなり、そして暗闇となって消えた。ただ、それだけだった。

「おい、貴様、大丈夫か?」

「どうってことない、特段恐れることはないようだ」

 アルナイトがしたり顔で言うと、悔しそうな目をする自警団員。

「これを外してくれないか?」

 手鎖を見せつけ、アルナイトは言う。

「何を言うか、そんなことをして逃げるつもりだろ」

「こんな状況でこの都から逃げられないことはもうわかってるんだろ?」

「しかしだな」

「これでも俺は節度を知ってる、いま俺は裁判を受けてないものに関しては、脱走と誘拐の罪を抱えている。これ以上無駄に罪を重ねれば死刑は免れないのは確実。しかも、これは逃げられない状況だ」

「……」

「わかってんだよ、節度くらい」

 自警団の頭領らしき人間が「おい」と声を発する。

「手鎖を外しておけ」

「しかし、団長」

「この期に及んで、これ以上罪を重ねる理由などないのはもっともだ」

「助かるぜ、団長さんよ」

「調子に乗るなよ、お前にもこの事態から抜け出す方法を考え、手伝ってもらう必要が出てきそうだ。それでこそ、手鎖を外したんだ」

「なるほどな」

 アルナイトが調子よく言って、自警団が鍵を回して外される。

「自由の身だ」

 アルナイトがそう答えると、目をギトギトにさせて団長が怒り出す。

「勘違いするな、本当に自由なわけではない」

「でも、犯罪以外ならなんでもしていいだろ?」

「調子に乗るなよ」

 堅い靴音が聞こえてくる。どこから靴音が、ちらほらと上方へと目を向け始める人が出てきた。城壁の上から聞こえてくる。

 空から降ってくる光の粒が靴音の主をぼんやりと照らす。その人間は暗闇に溶け込む黒衣を身に纏っている。小柄な身体で、彼は少年だろうか。

 黒衣の者が歩みを止める。こつこつと鳴らしていた靴音が止まる。こいつはいったい何者か。

 雷が突如轟き、暗闇が切り裂かれたように、周りがはっきりと明るくなる。光の矢が眼の中に飛び込んできて、黒衣の人間が残像としてはっきりと焼きつく。

 彼は仮面をかぶっていた。仮面を手で撫でながら、下方の自警団たちを睥睨するように見る。その瞳の奥を見ることは叶わない。

 風で揺れる黒衣、城壁の上で揺れる紋旗、その黒衣はそれらを小さく見せるほど強い力を持つ反旗のようにはためく。

 ふと、彼の右腕のあたりが光る。何かと思って見ると、剣を持っていた。古剣コピスだった。これを持っているということは、さては魔王の手下の一人か。

 その傍らに犬がいた。しかし、その犬は何者の畜生よりもおぞましい。頭が三つあったからだ。

「お前たち。ここで言明しておく。お前たちはここから出ることはできぬわ」

 自警団たちがアルクビューズを次々と構え始める。

「ふざけるな、そんなのはでたらめだ」

「私の言明を聞き入れられないのか?」

「黙れ!」

 犬が遠吠えをあげる。三つの頭を持つ犬。低いものから高いものの三種類の音程で、それぞれの人格を持つであろうそいつが吠える。

「永久の極夜が訪れなければよいのう」

「お前の要求はなんだ」

「数日後、私は再びこの都を訪れる。そのとき、私に勝て。勝てばこの夜からお前たちは解放される。さもなくば、この犬がお前たちの喉笛を残らず食いちぎることになるわ」

 犬が剣幕を三つ立てて、各々がうるさく吠え立てる。

「そ、そんな、わんころに俺たちがひるむわけないだろ」

 団員のその声は十分怯んでいるように聞こえる。

「そうか、じゃあではまず抜きんでたお前の喉元から噛みついてやるわ」

 三つ首の犬が城壁から飛び降りる。

「ひ、ひぃい!」

 同時にアルクビューズが次々と発砲の音を響かせる。

 弾が犬の頭のひとつを射抜く。だが、他の弾が壁に跳弾して砕ける音もところどころ聞こえる。

 犬が落ちてきて、唸り声をあげながら、団員たちに襲いかかってくる。

「おのれ……」

 団員の一人がアルクビューズの銃口を黒衣の者に向ける。

 しかし瞬間、黒衣の者は城壁の足場で宙返りをしながら飛び上がっていた、そして鈍い音がした後、アルクビューズがカチッと音を立てるのみで発砲がなされなかった。

 カットラスの剣がアルクビューズに刺さり、火縄を斬っていた。

「私はお前らのように卑怯者ではないわ、戦う者ならば正々堂々と剣で戦え」

 その言葉を聞いて、アルナイトはこう呟いた。

道化師トリックスターか」

 そして、黒衣の者は高らかに笑いながら。

「さらば、また会える日を楽しみにする」

 闇の中に溶けていくように彼は消えていった。

「ちくしょう」

 アルナイトが唇を噛みながら、目尻を尖らせる。

「おい、こっちをなんとかしてくれ!」

 三つ首の犬が自警団のブーツに噛みついている。

「手伝え! お前の手鎖を外した意味がまったくないではないか」

「素手で犬に戦いを挑むのはバカのやることだ、ましてこいつはただの犬ではないのは見るからにわかるだろ」

 堂々と語るアルナイト。

「ほら、槍だ」

 パルチザンの槍を投げてくる団員。

「よし、一仕事するか」

「早く助けてくれ! 足が、足が」

 受け取るやいなやアルナイトは、団員の間隙を縫うように走り抜け、犬のこめかみを槍の柄の先で思い切り打った。

 犬の頭ひとつがくてっとなって気絶、その頭の犬がブーツから口を離し、団員がほっとため息を吐く。

 だが、頭がもうひとつ残ってる。当然、アルナイトに牙を剥いて、襲いかかってくる。

 大口を開けて、アルナイトに襲いかかる。

 だがアルナイトは槍先を使わず、柄を喉の奥に押し込むようにして、犬の口内をパルチザンの槍で突いた。

 ぐぐぐっと呻きながら、三つの頭が沈黙する。

「よっしゃ、でかしたぞ、これで死んだな」

「いや、まだ死んでない。アルクビューズで射抜かれた頭ひとつを除いて、こいつは気絶してるだけだ」

 アルナイトのその言葉を聞いて、団員たちは慌てふためいた顔で、一歩ずり下がる。

「それでもお前ら自警団かよ、こいつを早いところ檻の中にでも入れておけ」

「わかってる! 罪人のくせにえらそうに!」

 負け惜しみの顔を浮かべながら、団員の三人が犬の身体を運び上げる。

 一安心したのもつかの間、アルナイトはここで重大なことに気づく。

「クルル」

 クルルエリがいない。寺院ではぐれて、馬車でここまで連れてこられてしまったわけだから、無理もないが。いまこの状況でアルナイトは彼女の安否が心配だった。

「なぁ、クルル……クルルエリ嬢はいまどこにいる?」

 彼女の身を案じていたのだから、自警団は当然知っているものとばかりアルナイトは思っていた。だがしかし。

「俺たちが知るわけないだろ」

「何を言ってる……」

「アルナイト、お前がどこかに監禁してるんじゃないのか?」

 アルナイトは理解する。こいつらもクルルエリがいまどこにいるのかを把握していないことを。

 団員が不安そうな顔でアルナイトを見る。

「し、知らないのか? 当事者のお前までも……こんな状況下で……まさか」

「こんな状況下で冗談言えるわけないだろ」

 アルナイトが真っ当な反論を加える。

「じゃ、じゃあお嬢様は、どちらへ行かれて」

「俺たち団員は、お前を捕まえた後ほどで拷問にかけて聞き出そうと」

 どこまでも使えない奴らだとアルナイトは思う。

 最後に彼女と別れたのはあの寺院だ。近くにいるかもしれないと希望を心に、アルナイトは走り出す。

「おい、待て! アルナイト」

 団員の言葉を振り切るように、アルナイトは寺院の方向へと姿を消した。

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