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第二章 4(後) 「聖剣を手にする者は」

 遅れながらアルナイトは驚く。

 こいつはいま、聖剣を握っている。

 まさか、こいつが勇者なのだろうか。

 しかし待て、勇者は死んだはず。だとすれば少年はなぜ聖剣カリブルヌスを持ち上げることができたのだろうか。

「お前、勇者か?」とジンが聞く。

「違う。ボクも怖いものがたくさんあるから。名乗るほどの者ではないと言っておく」

 しかし、よく見ると少年は聖剣カリブルヌスを持つ腕が震えている。肩筋が張って勢い込んでいる風情が見える。

 ジンが古剣コピスで聖剣を叩いて少年を強く押し込み、少年の本気を跳ねつける。

 その後を拝見すると、少年は満身創痍にでもなったかのように息が上がってきた。全身全霊を込めすぎてるんだよ、とアルナイトは指摘したくなった。体力を温存させる術を持たず、とにかくぶちあたる構えであることがマイナスだった。

 だが、剣の使い方はいちおう形ができている。しかし、あくまでいちおうでしかない。

 子供のチャンバラだ。子供たちは打撃を多く与えることしか頭にない。チェスゲームで駒を取りまくることしか考えない遊戯手プレイヤーと同じだ。こいつは戦い方というものを知らない。

「そうか、わかった」

 勿体ぶった言い方でジンは呟きを差し込む。

「『償いの民』だな?」

 そのジンの一言に、腕を震わせていた少年が、今度は身体全身に鳥肌が走ったか、ぶるっと来る。

「お前らを助けた勇者を殺した、愚か者の卑しい眷属め」

 静寂とした空気が訪れる。風の唸り以外に何も聞こえない。木造の建築が軋む音を立てる。

 動けずにいる少年に対し、ジンはふっと笑みを浮かべる。

 次の瞬間、少年は威勢のある声をあげて、寂寞の空気を破り捨てる。そして、飛び上がって斬りかかる――自ら隙を作るようなものだ。

「バカめ」

 骨が張ったかかとで、鳩尾を蹴り飛ばされ、少年は剣を取り落とす。

 そして、倒れたところを容赦なく幾度も蹴りを食らわせる。

 苦痛に歪む顔。

「カリブルヌスがなければ何もできない若輩者が」

 気力が果てた顔で、何もできずにいるところを、アルナイトが歩み寄る。

「待て」

「あぁ?」

 アルナイトは槍の柄を向け、それを勢いよくジンの鳩尾を殴りつけて、少年への応酬をそのまま返させてもらう。

 呻き声をあげた後にアルナイトはパルチザンの槍を横にし、ジンの首元に向かって駆け、一気に寺院の塀の壁まで追い詰めた。

「くっ、今日はここまでにしておいてやろう。後日また来る」

 歪みきったジンの顔がキュリエの顔へと変わる。霧包みの黒衣が消え、彼女の裸が晒される。

 それはさすがにまずく、アルナイトは急ぎでマントを脱ぐ。彼女の肩を借りて壁に凭れかけさせ、その身体にマントをかけてやった。だが何よりアルナイトの心が痛かったのは、擦り傷だらけにしてしまったキュリエの顔を見たときだった。

 古剣コピスが石畳の地面に落ちていた。相変わらず妖気のようなものを感じざるを得ない。

 呼吸を整えながら、冷静に状況を把握しようとする。

 しかし、そんな間を与えなかった。周囲から複数の靴音がにじり寄ってきていたからだ。見ると、武装した人の群れ。その穏やかではない靴音は、革靴の底が直接石畳を叩く音へと変わる。

 堅い音を立てながら、人の群れが直近肉薄する。

「なんだ、お前ら……」

「動くな!」

 アルクビューズ、まさか自警団か。アルナイトは銃剣を喉元につきつけられる。

 髪の毛を乱暴に掴み取られ、顎を無理矢理仰け反らせる。

「捕まえたぞ、アルナイト」

「恐れ多くも、クルルエリ嬢の誘拐犯め」

「かけるべき情の少しもないわ」

 アルナイトは省みる。これは自分自身の不注意だ。やむを得ないことであったが、刃傷沙汰をここで起こしてしまう。それだけならよかった、その後、自警団が取り囲む事態を起こることにアルナイトは対応できていなかった。

「クルル!」

 罪を弁解するわけではないが、彼女のことが気がかりになり、とっさにクルルエリの名を叫ぶアルナイト。

 しかし彼女の姿が見えない、よもやまだ寺院の中に残っているのか。

 喉元の銃剣が震える。

「動くな、勝手な真似はするなよ」

「ちょっと待て、こいつら二人も怪しいな」

「その女は当然連れていけ」

 いまほどジンに成り代わっていざこざを起こしたのだから当然だろう。

「ちょっと待って、ボクは関係ないでしょ?」

 聖剣カリブルヌスを手に持っていた少年(いまは取り落としたせいで手に持ってはいないが)が必死で抵抗の言葉を投げかける。

「いや、この場で戦っていたから十分怪しい、とにかく馬車に乗れ」

 いつの間にか、馬車が。憎たらしいほど用意がいい。このまま、連れて行かれるのか。アルナイトの心が重い。

「入れ! アルナイト」

「俺は逃げるつもりはない」

「だったらさっさと入れ!」

 容赦なく自警団はアルナイトを馬車の中に押し込んだ。パルチザンの槍も奪われ、三人まとめて手鎖にかけられ馬車の中。

 馬車、三人が粗末な作りをした荷馬車の風景に佇む。

 蹄鉄が軽い音をこだまさせる、その音に生気が感じられない。こき使い古して疲弊した老馬か。

「なんで関係のないボクまで」

 深い眠りについているキュリエのそばで、少年がぶつぶつと愚痴こぼしている。

「安心しろ」

「してらんないよ」

「できるさ、少なくとも俺よりはな」

 不安を払拭するようアルナイトが説く。

「どういうこと?」

「俺は前科が二犯あるからな、人を殺した罪と、刑務を果たすべき場から逃げ出した罪だ」

 アルナイトの言葉を聞いて、少年は頭を垂れる。

「そう……でもボクにも罪があるからね」

「そうだったか、それは穏やかじゃないな。俺は罪を明かした、お前も明かせるか?」

「明かせない、というより、ボクにも説明できないんだ」

「どういうことだ?」

「ボクがやった罪じゃないから」

 それを聞いて、穏やかじゃないことがさらに鮮明になる。

「罪をかぶせられたのか?」

「ううん、ボクの先祖が犯した罪、こういうのを業って言うのかな? ボクたち末裔はそれを償わなくてはならないんだ」

 勇者を殺めた人間が「償いの民」として、いまも罪を償い続けているということを、報酬を渡した史学者から聞いた。

 こいつも同じような境遇なのだろうかと、アルナイトは推し量る。

「ボクは、ステラルナ。よろしく」

「アルナイトだ」

「アルナイトか。じゃあ、アルって呼ばせてもらうよ、ボクもステラって呼んでくれて構わないから」

「しかし、名前がきれい過ぎるな、お前をステラと呼ぶには」

「名前負けしてるって言うの? こんなかよわい女の子なのに」

「……」

 アルナイトはステラルナに沈黙を呈する。まさか、少年ではなくて少女だったとは。

 深いため息を吐きつけた。

「ところでこいつの処遇はどうなるの?」

 ステラルナの一瞥が傍らで眠っているキュリエに向かう。

「ああ、キュリエのことか」

「ボクはこいつが魔王だと直感的にわかったんだけど、いまはそんな雰囲気が感じられないんだ」

「いまは憎き悪魔がキュリエに乗り移ってないからな」

「憑き物ってやつ? 魔王のやつ、どこまで汚いんだ」

「こいつは魔王の代わりに罪をかぶってるんだな……」

 考えてみるとおかしな話だ、ここにいる三人はみな罪を抱えている。それが明らかになって、笑える話なのだが、なんだかアルナイトは笑えなかった。

 先の戦いの疲労のせいで、アルナイトはうとうとし始めた。ステラルナもその後は話しかけてくる風がないので、自然と目が閉じられて眠りの中に落ちる。


 ……。

 ……何だ開けろ!


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