第二章 4(中) 「悪魔ジンと対峙し」
「アルナイト、久しぶりだな」
「久しぶりだ? こうして二年の時間を隔てたのが誰のせいだと思ってるんだ?」
「そう怒りに震えるな、くっくっく」
汚れた笑い声を吐くジン。
耳障りな笑い声をよそに、アルナイトは一歩下がり、そばにいたクルルエリに耳元で小さく呟く。
「クルル、パルチザンの槍を出してくれないか、飛び切り長いやつを、あとそれからだな……」
アルナイトはジンに聞こえないように、細かな指示を与えていく。
「……わかりました、やってみますわ」
クルルエリは腹部から、アルナイトの身長を優に越える槍を取り出した。
「頼んだぞ、クルル」
「私もただの武器作りではありませんわ、必ず役立ってみせます」
そう言うなり、クルルはどこかへと走り去っていってしまった。
「どんな指図をしたかは知らぬが、このわしには絶対に勝てぬぞ。カリブルヌスの剣がお前の手にあったとしてもだ」
「ほう、そこまで承知してたか。敵を知りては百戦危うからずとはよく言ったものだ」
「お前にカリブルヌスは使えぬ。そうだろう? だからこそ悔しいであろう?」
「悔しいさ、俺に使えない武器があるってことがな。だからその悔しさをとりあえずお前にぶつけてやる、ジン!」
刺突と斬撃を兼ねるパルチザンの槍を振り上げ、残像を描き描いて、槍の刃先が陽炎のごとく踊りを重ねる。
「そうだ、それでわしを殺してみよ」
「殺しはしないさ、だが後悔はさせてやる」
「後悔などするものか、そう、たとえわしが死んだとしてもな」
やはり悪魔だ、心を変えるつもりはなさそうだ。といってもこいつは悪魔に心を売ったも同然なのだから、心などないに等しいのかもしれないが。
ジンが手のひらを広げて、腕を高らかに掲げる。すると、そこに黒い暗闇の穴のようなものが現れ、変わった形をした剣が出てきて、ジンの手中に収まるところとなった。古剣コピス、ジンがクルルエリから盗んだというあの古剣コピスだ。
中心から先端までの刃渡りが斧のように歪曲しており、さすが古剣だけあってコピスは興味深いとアルナイトは考える。
「泥棒」
「そう言ってくれるな。まぁこれこそ魔法のスペルが宿るに最適な場所。魔法術の母胎にして、魔法術に鍛えられたこの古剣コピスの力を思い知るがいい」
掲げられた古剣コピスを一気に振り下ろす。
すると、カーテンを裂いたように、空間の穴が開いた。
傷の開いた空間は開いた途端にゆっくりと塞がれ、何事もなかったように元に戻る。
「なあジン、その中に手をつっこんだらどうなるんだ?」
「少なくともいい思いはしないかもな。もしかしたら、穴の中にトラがいて、そのトラがお前の腕を食いちぎるかもしれんぞ」
「腕一本なくす覚悟が必要だということだな」
パルチザンの槍を突き立てた姿勢を作る。その調子のまま、槍を後方に引き寄せて、ジンの横顔を掠めるように突く。
「それがお前の本気か?」
「手加減だ。言っただろ、後悔だけはさせてやるって」
「馬鹿馬鹿しい。キュリエに聞いたであろう。こいつ、この身体は、死なない身体だということを」
死なないことはわかっている。だが、例え死なないものだとしても、アルナイトはジンに致命傷同然の傷を負わせようとはしない。「殺す」と同義のことをしては、彼の信念を殺すに等しいことだ。それこそ、後悔するのはアルナイトになってしまうから。
「それにだ第一、その甘さで勝とうとすること自体が、さらにおこがましいことだ」
「俺は甘くない。教えてやろう、いつだって剣術で一枚上手なのは、手加減をする奴のほうだ。親父はいつだって俺に手加減をしてくれていた。だから、俺はここまで育った。いまお前の目前にいるこの俺を俺だと思うな。親父はお前の目の前にいるんだよ!」
そこでジンは不敵な笑顔を見せる。
いがみ合う二人。互いに相手の動きの瑣末なものまで見ているのか、アルナイトとジンも明らかにそれ気づいており、危うく動けない。
アルナイトは威勢と気合の入った声を張り上げて、槍を立てたまま、飛び上がった。
それを当然ながら見計らって、パルチザンの槍の刃先を、古剣コピスで受け止める。
そして、コピスを力づくで下ろし跳ね返る。剣の下ろしざまに空間が切り裂かれ、虫食い穴が再びできる。
アルナイトはその虫食い穴を見て、刃先を下に下ろし、柄の部分を向けて、おもむろに柄を突っ込んだ。
「何をしておる。容易に抜くことができなくなる。馬鹿な奴め」
「そう言ってくれるな。なるほど、こういう風になっているのか、勉強になる」
トラでも噛みついているのだろうか。無論それは皮肉を込めた例えではあるが、ともかく虫食い穴に入れたら抜くことができなくなるようだ。
「勉強になったことが冥土のみやげになったであろう」
「ああ、お前へのはなむけになったな、ジン」
ジンの怒り顔が滲むが、すぐさま笑みに変わる。
「無様だな」
「格好いいところを見せるのはこれからだ」
槍から手を離すと、重さに凭れるように刃先が下に落ち、槍全体が刃先を下に向けたまま地面に浮かぶ。そこでアルナイトは空中で柄が固定されたまの状態で、柄を両手で強く握りしめる。
「人生何事も経験だって言うからな、あえて失敗していい経験させてもらうよ」
そして、アルナイトは両手で柄を握りしめたまま、大きく蹴り上げる。それはさながら安定な姿勢で宙に浮かんで。両足の堅い靴底でジンの胸を蹴り上げた。
ジンが吹っ飛んで、寺院の高塀に背中を叩きつける。
そのまま喉の物が詰まったようにむせこんでしまうジン。
「お前の無様な格好も笑ってやろう」
ジンはそのまま古剣コピスを投げつける。
コピスは先ほど作られた虫食い穴、まさに槍が中に入り込んでいる穴に向かって投擲され、穴が広がる。
穴が広がることで、柄が空中から落ちる。柄を両手で握りしめていたアルナイトが転倒する。
古剣コピスは魔法によって動かされていたのか、ブーメランのようにすぐジンの手元に返ってきた。
「はっはっは、お次はこんなこともできるぞ」
ジンがコピスを振り上げる。
だがそのときだった、ジンが纏っていた黒衣が切り裂かれる音が聞こえた。
それに続き、遅れたように金属音が聞こえてくる。
「ん?」
そこには聖剣カリブルヌスが落ちていた。
先ほどキュリエが飛び降りた場所、そう寺院の屋上を見上げると、クルルエリが腕組みをしながら立っていた
彼女はジンの頭上めがけ、聖剣カリブルヌスを屋上から落としたのだ。
「ちくしょう、惜しかったか」
黒衣が破れてはだけ、どうしようもなく不便不格好なジン。
「無様だな」
ジンが言ったことをそのまま返すアルナイト。
ジンは口先から黒い霧を吐き出して黒衣を着直す
「小娘を殺してやる」
上を見上げるジン。
しかしそこにはすでにクルルエリはいなかった。
「無様だな」
「何を言う、ならばその剣だけでも」
ジンは剣を持ち上げようと奮起した。
しかし、剣を持ち上げようにも持つことの叶わないジン。肩で息して力を込めても無理だった。
「無様だな、どこまでも」
「うるさい、この俺に持つことのできぬものなど」
「そりゃ、あれだ、自惚れが過ぎるわ」
「やかましい。こうなれば、わしの力でこの剣を壊すのみ」
逆上させてしまったか、まずいとアルナイトが危惧する。
ジンは剣からわずかに離れて、手を掲げて、何か呪いの言葉を口ずさみだした。
だが、そこに人影が割り込んでくる。
その人影が聖剣カリブルヌスを軽々と持ち上げ、ジンの喉元に突き立てる。
「この剣は誰にも壊させないし、誰にも渡さないよ」
旅人の身なりの格好をした者だった。顔にわずかながら幼さが残る少年。




