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第二章 3    「クルルエリの強さ」


「死んだんですの?」

「息してるじゃねえか、背中と肩が上下してるだろ?」

 一人は気絶、もう一人は顎を押さえたまま悶絶。

「本当にあなたやってくれましたわね。見直しまし……いいえ、見直すまでもなくアルは本当にいい人ですわ」

「いやいや、俺も丁寧にわかりやすく説明できなくて悪かった」

 頭を小さく下げるアルナイト。

「ハリセン……。私、ハリセンを侮っておりましたわ」

「お、このハリセンを見直してくれたか」

「持ち手が武器になるなんて、盲点でしたわ」

「まぁ、ついでに言うと、少し強度を強くするためにクルルの財布から、銅貨を少々拝借させてもらった」

 持ち手を叩くと、キン、キン、ときれいな音が奏でた。

 なるほど、持ち手に糸を通したのは固定するためだけではなく、銅貨を入れるためでもあったのだ。

「そういうことだったんですのね」

 クルルエリはこほんと咳払いをして、アルナイトを頼りにするように見つめる。

「アル、私にハリセンの使い方をもっと教えてくださいませ」

「それじゃあ、まずは俺のボケを聞くところからな」

「なんですの?」

 ハリセンをクルルエリに持たせ、アルナイトはこう言う。

「武器は武器でもこの世で最強の武器といえばなんだ? 答えは浮気したときの俺の妻の瞳だ、刺さるような目つきで相手は火傷する、なんちってな」

「なんでやねん!」

 クルルエリは思い切りアルナイトの頬をはたくうようにハリセンの一撃を食らわせる。

「いい突っ込みだ、いい筋してるぞ」

「なんでやねん!」

 今度は頭部に一撃を加えて、清々しいほどの音が響き渡る。

「まったく、本当にあなたを見直してよかったのでしょうか」

「俺を信じたらそれこそ火傷するぜ」

「いい加減にしなさい!」

 そしてまた一撃。ハリセンがしっかりとした、いい音を立てる。

「くく、はははっ」

 そんなやりとりを見て、アルナイトは大笑いを始めた。

「はは、ははは……」

 クルルエリも笑い出し、腹の皮がよじれ緊張感がほぐれていく。

 そのとき、貯めていた涙の筋がクルルエリの頬を走る。

「あ、あれ……私、なんで泣いて」

 完全に安心しきって凝り固まって顔の筋肉から緊張が抜けてしまったのか。

 何しろ、涙をせき止めるために、目の裏に力を込めていたのだから。

「どこも痛いわけでもないのに……安心したせいか、私ったら……、あはは、なんでこんなに涙が、嫌ですわ、涙が止まりませんわ」

 するとアルナイトが優しく包み込むように抱きしめてきた。

「嫌ですわ、アル」

「そうだな。だけど、女の子が涙を流してるのを見せるのはもっと嫌だぜ」

 そして、クルルエリが震え始める。

「私……本当に怖かったですわ。いまになって私、とても怖がっていたのだということに気づきましたの」

「そうか」

「そして、私、気づきましたわ。アルにとても守られていたんだということを。アルの保護がなければ、こんなに旅が楽しくいられなかったことが、いまになるまで気づかなかったんですの。本当に申し訳ないですわ……」

 すると、冷たいものが空のほうから差してくる。

 情が沸々と湧いてきそうな雨が、降り始める。小雨であるものの、じきにむせび泣くように大雨になってきそうだった。

「ありがとうございますわ、本当に」

「これからもよろしくな、クルル」

「私こそ、よろしくお願いしますわ、アル」

 それでいったん顔を離す。

 そのとき現れた彼女の顔は、よけいな感情を出し切ったせいか、とても素直な顔に見えた。

 そして、また涙の一滴一滴が零れ落ちる。

「まだ涙が流れてるぞ」

「いいですわ、もうどうせ雨で顔が濡れるので、涙を流してることなんて周りにわかるはずありませんわ」

「そうか」

「アルが来てくれて本当嬉しかったですわ」

 顔が濡れ始める。笑顔なのに、涙が溢れてきていることは傍目のアルにも気がついていた。

 今度のは、きっと嬉し涙なのだろう。

「そばで見ていたけどな、クルルもハリセンであのチンピラどもに、二回攻撃を与えていたよな」

「お恥ずかしいですわ」

「でもな、ハリセンと剣は、刃の有無程度の違いしかないんだぜ」

「……」

「クルル、お前はハリセンで二回相手に傷を負わせたと同じことをしたんだ。本当に剣だったら、相手は二度死んでるんだぜ」

「そうですわね……」

「お前は強いよ、クルル」

 雨は次第に強くなり、二人は宿へと戻っていった。

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