第二章 2(前) 「勇者を探して」
いわゆるギルド、特に冒険者ギルドと呼ばれるものは、聞こえはいいものの、やることの大半は雑務である。つまるところ、冒険者というものは何でも屋だ。
人食い虎や、作物を荒らす熊などを退治する仕事はなかなか入ってこない。しかし、彼らの剣の腕は生兵法ではない。その中には腕の立つ勇者がいるかもしれない。
希望的観測が大きいが、もしかしたらという希望に賭けてみたいのはいつだって冒険者ギルドにある。だからこそ、ギルドにピンからキリまでの依頼が舞い込むのは茶飯事。
「帽子は深くかぶってください」
「抜かりはない」
ギルドの構成員に自警団がいるかもしれない。二人は帽子を目深にかぶり、アルナイトとクルルエリはギルドの中へと入った。
ギルドの依頼を記載する受付の人が、事務的な作り笑顔と「いらっしゃいませ」という言葉で、羽ペンを走らせながら小挨拶をする。
「この中に勇者様はいらっしゃいませんか?」
テーブルで軽食を取ったり、ダイスを転がしたりして賭事に興じている人、張り紙を見て回っている人、いっせいにクルルエリの発した大声に際して彼女に注目する。
「勇者だぁ?」
「さぁどうだかなぁ」
冷笑する冒険者たち。
クルルエリが手頃な大きめのテーブルに目をつける。
バックギャモンに集中している二人が座るそのテーブルの上から、バックギャモンを無理に片づけるクルルエリ。
「何しやがんだ」
「あ、ああ、僕が勝ってたのに」
激昂する二人をよそ目にして無視し、クルルエリはお腹の中に両手を入れ、ゆっくりと鍔の両端を持って、大テーブルの上にカリブルヌスを出す。
「これは伝説の剣カリブルヌス、石に刺さっていたもので勇者が抜いたとされる剣ですわ。もし勇者様がいらしたらこれをお渡ししますわ。だからもう一度お聞きしますわ、この中に勇者様はいらっしゃいますか?」
カリブルヌスと聞いて、あるいはカリブルヌスが誇張だと思ってはいるがその立派な剣を手にしたいという欲望が走ったか、冒険者たちはいっせいに手をあげて、「俺のだ」「それは俺のだ」「俺が勇者だ」と騒ぎ立てる。現金なやつばかりだ。
「はいはい、みなさん勇者だとわかりましたわ。じゃあ早速カリブルヌスを手に取ってくださいませ」
「へへへ、ありがとよ、やっと俺の手にこの剣が手に入って……、いや手の中に戻ってきて……」
握りしめた途端にアルナイトと同じ体験をして、その場に膝をつけた。
「なんだこれは! こんな重い剣持てるか!」
「はい、次のお方」
次に来る冒険者も筋肉隆々とした腕で剣を持ち上げようとするが、無念にも髪の毛一本、床と剣の間に隙間を作ることさえできず諦めた。
「次のお方」「次のお方」と冒険者を捌くようにクルルエリは自称勇者たちを試していく。
けっきょく、全員がカリブルヌスを手にしたが、一人としてこれを扱えるどころか、持つことすら叶わなかった。
「残念ですわね、この中には勇者様は一人もいらっしゃらなかったようですわ」
「そんな重い剣、誰も持てねえよ!」
「そんなことありませんわ、勇者様だけが使えるのですのよ」
冒険者たちは黙り込んでしまう。
仕方なくアルナイトは、受付の人間に駆け寄る。
「いまの見ただろ? あの通りカリブルヌスを扱える勇者を探している、依頼の文面は適当に認めてもらっていい、とりあえず二日ほど張り紙をさせてくれ」
呆然とした顔で「かしこまりました」と言う受付の人。
この都の街並みを見ながら、二人は石畳の上をゆっくりと歩く。
「そういえばですわ」
「なんだ、クルル」
「私に無礼を働いたあのご貴族様を打ち負かした後、まったく狼藉に遭ってませんわね」
「いいじゃないか、平和が一番だぜ」
むろんいまは魔族が跋扈し始める時勢もある。そしてアルナイト自身もジンを倒さなくてはならない。平和が一番とはいえど、いまが平和でないことはアルナイトが重々理解している。
そのうちクルルエリの視線が泳ぐ。何かを探すように、目と首を動かした。
「何をしてる? 何か探しているのか?」
「こう、小振りでいいので、人に投げつけやすい、石のようなものを探しているんですわ」
「それを通りすがりの人に投げつけてお前は、狼藉を自ら作り出して、俺がそれを片づけるっていう運びか?」
切れ目になって、アルナイトはクルルエリをジト見する。
「その通りですわ」
きっぱり言うクルルエリ。
「俺の仕事を増やすな!」
「あら、それ以外にあなたがやるお仕事があるんですの?」
「かあっ、お前ってかわいくねえな」
一緒に歩いていて、「あっ」と声を発しクルルエリがしゃがみ込んで、投げつけられたら無事では済みそうにない小振りの固そうな石を握りしめた。
「クルル。本気かよ、お前。お願いだから大人しくしててくれよ」
最近この大陸で各国は「茶」「コーヒー」というものを大量に輸入し始めていると聞く。
その茶を国民好みにあわせて焙煎を施したものが、この「紅茶」というものらしい。
二人はいま、軽食と飲み物と甘い物を提供する店に来ている。店は開放的な場所になっていて、三十人ほど収容できる広い櫓のように作られた木造の店舗だった。
香りが立つ紅茶がまず運ばれてくる。ザクロのような色合いと、香ばしさ、たなびく白い湯気、漂う高級感。見た目にも香りにもとても美味しそうな紅茶。
だがアルナイトはそれが運ばれてくるなり、がぶ飲みをする。
「こんなもののどこがいいのかね、まったく味気がない。俺はこの紅茶に甘味をつけたほうが好きだな」
「そうはおっしゃいますけれど、飲み慣れればアルも好きになれますわ」
そう言いながら、まだ値の張る紅茶を、アルナイトは飲み干す。クルルエリは音を立てずに行儀良く紅茶を飲む。
これだけ見ればクルルエリがお淑やかそうに見える。
テーブルの上に、固そうな石のつぶてがなければ。
「まだその石を捨てきれないのか」
「ですわ」
「頼むから、自ら揉め事を作らないでくれよ」
やれやれと思いながら、クルルエリが飲み終わるのをアルナイトが待っていると、突如目つきが悪い男二人組が現れる。傍目から見ても彼らがチンピラだということはすぐにわかる。
そこで、冗談めいていた雰囲気が殺伐とした空気に変わる。
目つきの悪い男たちは離れのテーブル席にどしっと座った。
女性店員がぎこちない動作で注文を取りに男たちのところへと行く。
「あのご注文は」
「君を買いたい、一昼夜、僕たちと遊んでくれない?」
「あの、そういうことは……」
チンピラの一方の口の利き方に、困った顔ぶりを見せる女性店員。
「頼むよ、最近女の子に見向きもされなくってさ、俺たちちょっと飢え気味なのさ、ねぇ頼むよ」
もう一方のチンピラが不躾に不貞不貞しく汚い言葉で彼女に語りかける。
「あの、困ります……」
「あぁ? 聞こえないな、そこは素直に『はい』と返事をするんだ。さもないと、店をめちゃくちゃにしてまうぜ」
どうやら本格的に洒落にならない状況になってきた。
「おい、お前ら……」とアルナイトが言おうとする直前で、クルルエリが「あなたたち!」と叫んで立ち上がる。
「あぁ?」と二人のチンピラがこちらを振り向いてくる。
「さっきから見ていれば、無礼を通り越して破廉恥なことをしてらっしゃいますわね、昼間からご冗談はおよしになって……いえいえ、夜でも許しませんわ!」
チンピラがにやっと笑ったかと思うと、チンピラの一人が嫌らしい指使いを女性店員の臀部から腰つき、そして胸へとゆっくりと走らせていく。
「僕、とっても怒っちゃうよ。冗談に説教するような奴は、こちとら許せないたちなんでね」
「そうそう、これ以上何か物言いするなら、俺たち黙っていないよ」
「や、やめてくださいお客様。これ以上やったら」
泣きそうな顔でチンピラ二人の顔をにらみつける女性店員。
「んへぇ? これ以上やるとどうなっちゃうんだい? 僕たちそれが知りたいなぁ」
「そうだな、どうなっちゃうのかここで明らかにしてみようか?」
我慢ならず、そしてなおかつクルルエリはこのときを待っていたのだろう。
「あなたたちいい加減にしなさい、もしここでその汚い手を退かさないというのであれば、私にも考えがございますわ」
言いながら、クルルエリは腹部に腕を差し入れ、剣を出そうとする。
「アル、この武器であの方たちを成敗……」
しかし、言うが遅く、アルナイトが立ち上がり、テーブルにある先ほどクルルエリが拾った石つぶてを握る。
力を込めて投げつけ、女性店員の身体に指を走らせるチンピラの頬に一打。
それが跳ね返って、もう一人のチンピラの鳩尾に石が一打。
チンピラの手が離されたのを見計らって、女性店員がチンピラ男たちから急いで離れる。
「な、何をしやがるんだ。おい、ちょっとこいつをぶん殴って……」
鳩尾に石が当たったチンピラはその場にうずくまって動けないでいる。
「この野郎、僕の拳をくら……」
だが、そのきれいでない顔に石を思い切り投げつけられたダメージは相当で、拳を振り上げた瞬間、その拳が力なく空を切り、平衡感覚を失って豪快に転ぶ。しかもアルナイトがどこにいるのか位置感覚がつかめていないようで、このチンピラに攻撃は無理だ。
「ちきしょ、お前ら二人の顔は覚えた。だからお前らも覚えてろよ」
「ああ、記憶に留めておくからお前らさっさと去れ」
アルナイトがそう言うと、言われなくてもと、相方のうずくまる身体を起こし、チンピラ二人はそのままぎこちない動作で去っていった。
「ふぅ、何事もなく終わってよかったな」
「よくないですわ!」
クルルエリが悲鳴に近い声でアルナイトに訴えかける。
「せっかくあのチンピラどもにこの武器が活躍するチャンスがおできになりましたのに、あんまりですわ!」
「あのな、俺もなるべくなら刃傷沙汰にしたくないんだ。スマートにできる方法があるなら、スマートにできる方法を選択するべきだぜ」
「そうは言いましても……」
クルルエリは大きくため息を吐く。
「私が武器を使えましたら、アルがいらっしゃらなくとも、すぐさまこの武器で戦いましたのに」
「クルル……」
クルルエリは武器を使うにはあまりに非力すぎる。それが痛いほど伝わってくる。だから、アルナイトはそれがとても切なく見えた。だから、それを解決するために何かできないか、何か力になれないか、彼は知恵を絞ろうとしていた。
「お見事ね」
こつこつと靴音を鳴らし、近づいてくる。
朝方に宿屋の食堂で出会ったキュリエだった。