第二章 1(中) 「聖剣カリブルヌス」
うとうとと、ベッドの中で眠りそうになるようものなら、耳を引っ張られ、無理にでも自分の話を聞かせようとクルルエリは必死だった。なかなか寝かせてくれはしない。
「聖地は成人になるために多くの人々が一度は訪れる場所でしたわ、いまはそんな儀式くさいことをすることはないですが、昔は大人として認められるためにここを訪れたそうですわね」
アルナイトはすでにそのことは知っていた。だから、聖地に行きたいのだ。大人として認められる十八歳を超えても、その気持ちに変わりはなかった。
「聖地というのは伝説によると打倒魔王と勇者が、石に突き刺さった聖剣カリブルヌスを手に入れた場所でもありますの」
「ふぁ……、それで勇者はかつて魔王や魔族と対等に戦う手段を手に入れたというわけか」
「そうですの」
悪魔や魔族のたぐいに対して最も有効な武器であるカリブルヌス、そんな剣には、アルナイトも興味があった。
「いくらクルルでも聖剣カリブルヌスは作れないよな」
「それならありますわ」
走る静寂、淀む沈黙、聞いた言葉をよく反芻してアルナイトは一瞬で覚醒。
「なんだって!」
アルナイトはその場でシーツに潜っていた身体を起こした。
それを見て、そばのベッドに座っていたクルルエリが辟易して、彼女の掌がばっと胸のあたりまで上げる。
「いま言ったこと、本当なのか? お前に作れるのか?」
「ほ、本当ですわ……いえ、というよりこの剣に限って言えば、私は元から腹部の中にあると言ったほうがよろしいですわね」
まぁ、複雑な事情はともかくとして、クルルエリはカリブルヌスを持っている。かつて石に刺さった剣と言われている、あのカリブルヌスを。
しかし、どうやって手に入れた?
「そうですわね、もしかすればアルなら使えるかもしれませんわね」
「俺にかかれば」
クルルエリはお腹の中からカリブルヌスを取り出す。金属の光の加減だろうか、心なしか淡い青に輝いている長剣だった。そのとき気になったのが、彼女は持ち手を握らず、鍔の両端を持って慎重に取り出していることだった。
「どうかお気をつけて」
「ああ」
小テーブルに置かれたカリブルヌスを握りしめ持ち上げた。
意外と軽いと思ったその刹那だった。
カリブルヌスがとてつもない重量感を伴い、アルナイトはカリブルヌスを持つ手が下に落ち、両手を床につける。
床に落ちるカリブルヌス。もう一度持とうとすると、また凄く重くなる。
どうやら、持ち手を持つと信じられないほどに重くなるようだ。
もしかして、勇者以外の者が持ち運ぼうとするとこうなるのか。と逡巡しながらアルナイトは推測する。
ふいに「さっきからうるさいぞ、静かにしろ!」と隣の部屋から壁を叩かれる。
鍔の両端に触れながら、彼女はこと静かにカリブルヌスをお腹にしまいこむ。
「無理だ」
「残念ですわね」
どうすればいいだろうか、クルルエリがシーツに身をくるませたのを見計らい、そろそろとアルナイトは床に就いた。
朝の軽食として適した黄色い卵焼き、添え物の香草が色合いよく緑が映える。バターの香ばしさは強すぎない程度に食欲をそそる。
あっさりとした白いスープのトウモロコシ粥が美味だ。
ここは一階が食堂、地下が酒場、二階三階そして四階が客室になっている、タヴァーンの宿屋だ。
細い光が小窓から差し入る朝は空気がとても涼しい。夏の季節が近いが、この頃が一番過ごしやすい。
「ここの卵焼きうまいな」
「そうですわね、とてもおいしゅうございますわ」
貴族なりに味の酷評責めにするかと思っていたが、食道楽に頓着せず、庶民の味に親しむクルルエリはとても好感が持てる。もしかしたら、貴族の朝食というのもがっつりしたものでなく、こういう淡白とした食事から一日が始まるのだろう、とアルナイトは見た。
周りに見える客もナイフとフォークを鳴らしながら、食事に一心を傾けているようそれなりに楽しんでいる。
食事を一通り楽しみ終えた後、早速今日やることを確認する。
「しかし、私、カリブルヌスでアルが戦う雄姿を見てみたいですわ」
「一生筋肉を鍛え続けたって、あんな重量の条件をクリアするのは無理だ」
「まるでいまの私のようですわね」
「どういうことだ」
「前にも申し上げましたけれど、私は武器が重くて持つことが叶いません、肩で息しながらやってもすぐに手がしびれてしまいます。本当に力を持つ人が羨ましすぎますわ」
「力っていうものは持っていればいいってもんじゃないんだぞ、それだけ責任が伴う」
「私に説教をするおつもりですの?」
「いや、そういう気はさらさらない、だが」
「私はカリブルヌスで誰かが戦う雄志をこの目で見てみたいんですの」
「わかった、でも俺じゃ無理だ。カリブルヌスっていうのはかつて勇者が使ってたってことは昨晩聞いたから。今日はギルドで勇者探しようぜ」
「それがいいですわね、でもいきなりここで勇者様が見つかるのは都合が良すぎるかもしれませんわ」
「何言ってんだよ、ここは都だぜ。いないわけがないじゃないか」
「運がよければいるかもしれないですわね」
立ち上がりざまに一人の女性が歩み寄ってくる。アルナイトに年端が近そうな気品のある女性。皿を片づけに来た店員かと思えたものの、服装のなりからしてどうも様子が違う。
雪のように冷たそうな白い肌をしている。
「こんにちは、腕の立つ剣士さん」
清冽とたとえられるその声。切り込むように突然割って入ったその言葉に、アルナイトはきょとんとする。
新調したばかりのいかにも勇者風情な服装を見てそう聞いてきたのだろうか。
「いかにも剣士だが、何か用か?」
「わたしを止めて欲しいの」
それを耳にして、きょとんとしてしまうアルナイト。
「言い方を変えるわ、わたしを殺して欲しいの」
言い方を変えないほうがよかったと後悔するほど、物騒な物言いにアルナイトは辟易して、一歩引き下がり、テーブルの角張った脚にかかとをぶつけて、皿がカチャンと鳴る。