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第二章 1(前) 「城郭都市にて二人は」

 クルルエリと出会った街を出て、しばらくのあいだ人の住まない高原を歩き、二人は城郭都市に入った。

 そこには城郭を守る門番が立っていた。この中に入った記録を取られるのは気が引けるので、もうひとつ先の街に行こうと提案したのだが。彼女は「あなたにプレゼントがありますの」と言って、彼女の好意を無碍に断るわけにもいかず、仕方なくここに入ってしばらく滞在したところで、クルルエリはそのプレゼントをくれた。

 服を新調してもらったのだ。

「私の武器を使っていただくのに際して、華麗に舞っていただいて欲しいのですわ。そんな野暮な格好でやっていただきたくないんですの。どうせなら、綺麗華麗な格好で雅に闘ってもらいたいですの」

 アルナイトに服をプレゼントしてくれた理由はそれだけだった。

 前述の通り、このご時世、服を二着以上持つのは贅沢だ。服は仕立て屋がすべて一から作る。それゆえに一着一着の値段は極めて高額なものとなる。

「お似合いですよ」

 仕立て屋が顔を綻ばせる。

「このお嬢様を喜ばせるのに格好の先行投資だ。別に悪い気はしないぜ」

 ためしに装飾のひとつであるマントを翻して格好をつけた後、アルナイトがそう言うと、仕立て屋の顔がかすかに揺れ、「そのようでございますね」と発言する。彼が適当に茶を濁していることは、明白だったが、敢えて問いつめないこととする。

 仕立て屋の作業場で、高級そうな鏡。その中にいる自分自身をアルナイトは見る。

 それはまるで物語に出てくる勇者様のような格好であり、それゆえに浮いて見えるように感じられる。でもいつも以上に身体が軽く、身のこなしがことのほか自由になった。小動物のように舞いを踊れるかもしれない。

 こんな格好で衆目を集めるのは必至だ。しかし、当分は自警団に追われる心配をしなくていい。

 何しろ、いま自警団は、娘のクルルエリを救出するのに難儀している。彼女の父から「クルルエリに傷ひとつつけてくれるな」と厳命されているのだ。

 彼らもクルルエリの父と交渉はしているようであり、救出作戦の計画を持ち込んでは、父から「これではいかん」「これでは危ない」と言っては、はねつけられる毎日らしい。

 しばらく傍観視を決め込んでいる自警団を、クルルエリは「なんて弱腰なんでしょう、情けないわ」と言っては嘆いていた。

 鏡とアルナイト自身にという具合に視線を一巡二巡と移動させながら、彼はクルルのほうを向き直る。

「ありがとうな、クルル」

「いいえ、楽しむのは私ですし、このくらい安い買い物ですわ」

「だけど、ここに来るまで食い物とか宿とかのいろいろな支払いをお前に任せてもらってるが、そろそろ路銀が尽きるころじゃないのか?」

「ご心配には及びません、そんなもの、手形を使えばいいんですのよ」

「手形?」

 アルナイトはいささか勉強不足だった。はっきり言っていましがた彼が「手形」なる言葉について知るところはない。

「まぁ、特に困るようなことがなければいいか」

「お金のことはすべて私にお任せになって」

 仕立て屋を出て、彼女は「さて、お勉強会を開きましょう」と言いながら、先ほど買い揃えたぱりっと仕上がった厚紙を持ち、ちょうど昼食もかねるために露店で食べるものを買い、丘の上に行くことにした。

 到着するなり、クルルエリは厚紙を草上に広げる。

 思い描く夢の地図を広げるかのように、彼女はわくわくした心持ちの顔で、紙を広げていた。

 アルナイトたちはいまからこの国の周囲を知るために、地図を厚紙に書こうとしているのだ。

 このままクルルエリを人質の処遇を続けてこの国から脱出をはかるにも、ジンを探し古剣コピスを取り戻しに行くとしても、この周囲の地理を知らなくては話にならない。

 ちなみにアルナイトは武器以外に関しては、はるかに無知である。武器の出所となる国ぐらいは武器の常識として頭に叩き込まれているが、その国の具体的な方角や位置に関して問われると、うぅと唸るばかりでぐぅの音も出ない。

 だから地図に関しては彼女クルルエリの知識に頼るしかなかった。

 国王主導で測量した国土地理ほど精密でなくていい、と言うよりそんなものを見られるのは、兵を統括する参謀くらいなもの。戦争を起こす気はさらさらない。だから地図は粗雑で構わない。

 まっさらな白い紙の上に羽ペンを走らせる準備はすでにできているクルルエリ。

 クルルエリはこれでも読書をしている。勉強は算術といった実学には頓着せず、むしろ文学に傾倒している。

「×××の『□□□の冒険』は、この国を舞台にした物語ですの。あの本には嘘や脚色がありますが、それでも結構地理に造詣が深い記述がちらほらとありましたわ」

 武器が好きなこともあり、騎士道物、冒険物語を読みあさるのが好きだ。

「世界は西と東に分けられていて、東は私たちにとって異質で理解しがたいものと聖典に書かれておりましたわね」

 その他、国教の聖典や、童話、神話、この大陸にあまねく伝わる伝説なぞも読み込んでいる。

 そして何よりも役立ちそうなのが……、

「○○○の旅行記によりますと……」

 彼女が読んだ数多くの旅行記や見聞録の記憶だ。

 そうして羽ペンを走らせて地図は完成した。

 クルルエリの描いた地図はとてもうまかった。さすがあらゆる武器の形状を記憶しているだけあって、空間認識能力が強くデッサンに長けているということもあるのだろう。賞賛できるほどに絵がうまい。しかし、それはさておいて。

「私たちはいまこの国を成している半島、ブロッキ半島にいるんですの。いま私たちは半島の中央にいて、ここから北上すれば、国境を越えられますが、あいにくこれは自然国境ですの。つまり、屹立する山々が国境線になっていて、どの道、山を越えなければなりませんわ」

「凄いなクルル。歩く字引、歩く冒険記、歩く見聞録だな」

「最初のはともかく、二つ三つ目は聞こえが悪いですわよ。世界というものは本ではなく、この目で見るべきものですわ」

「それはすまなかった、ごもっともだ」

 ここ数日クルルエリの話を聞いてみると、この二年のあいだで多くのことが目まぐるしく変わったことがわかる。

 この二年で大陸の情勢は変わった。伝説上の存在と思われた魔王アレキサンダーが、「魔界」と呼ばれし異次元と、人間たちが棲む「アンティクトン」をつなぐ扉をぶち破った。これにより魔王は「此世界アンティクトン」に対する魔王都「アレクサンドリア」建設に身を乗り出す。

 いま多くの国にとって、方々で建設されるアレクサンドリアが、これ以上広がらないようにするのが何よりの願いである。

 とはいえ、いまアルナイトにとって魔王などといったことは関係のないこと。とにかく国外へ脱出すること、そしてジンから古剣コピスを取り返すこと、これらが当面の目的だ。

「魔王と戦うことは避けたいところだ」

「そうですわね、ですが、私はアルに申し上げました。ジン・ディストフィルドから古剣コピスを取り返して欲しいと」

「魔王と何の関係もないだろ」

「ジンが魔王と結託しているという噂も聞いておりますの」

「まさか、とてもまともではない衆愚の憶測だろ」

「それはそうですが、アレクサンドリアを越えた場所には聖地と呼ばれるところがあって」

「聖地だと?」

 アルナイトの耳が動いた。

 どこかに置いてきた大人になるための精神が再びくすぶり始めるのを彼が感じたように見える。

「興味あるんですのね、かくいう私も興味があったのでつい口にしてしまいました。私が読んだ旅行記や冒険物語の中にも、この聖地というものが出てくるんですの」

「よし、今夜は語り明かそうか。いや、実のところ俺は聖地についてほとんど知らないんだ。というわけで、今宵は聖地の話をクルルに俺の枕元でずっと語りかけて欲しいぜ」

「まるでお子さまですわね……」




 とは言ったものの、その夜のこと。

 二人は宿屋に相部屋を取っていたのだが。

 ランプの明るく輝く部屋の中。予想外にもクルルエリは、聖地についてその思い入れと熱意をもって、夜の時間の半分を費やしてもまだ語りっぱなしであった。かえって悪いことになってしまったぞと、アルナイトは自身の言葉を重々に反省しているところだった。

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