第一章 4(中) 「クルルエリ、自警団に計らい」
万事休すか。しかし次の瞬間、クルルエリは背中をアルナイトの胸に軽くぶつけ、「ここは私にお任せになって」と小声で言った後、ダガーを持っている右腕をそっと彼女の首元に持ってきて、こう叫んだ。
「何をしていらっしゃるんです、自警団の皆さん。早くしないと私の首が飛びますわよ!」
攻め寄ろうとしていた自警団員が足の歩みを止めた。
「私たちの寄付で成り立っているあなたがたが活躍するチャンスですわよ、このアルナイトが私を殺すとおっしゃってるんですわ」
「アルナイト、お前……」
「本当に申し訳ございませんわ、早くお助けになってくださいませ! なるべく賢くなるべく早く、でないと私、この男に酷いことをされてしまいそうですの! お願いしますわ!」
「アルナイト、貴様、血も涙もない奴め」
自警団員がそう言った後に、クルルエリがそっとアルナイトにだけ聞こえるように呟く。
「さぁ、私を連れて街から出て行きましょう。私を人質にするのです」
彼女を連れて旅をするメリットというのはこういうことか。確かに、罪人にとって人質を手に入れることは大きなメリット。
クルルエリの手を取り、自警団に威圧と脅しをかけながら、アルナイトは駆け足で通りを抜けていく。
「ちょっと待ってくださいませ」
「どうした」
息を整えるために、クルルエリは膝に手をつけて、息を吸ったり吐いたりする。
「大丈夫か?」
「平気ですわ、では行きましょう」
「クルル、お前」
アルナイトはクルルエリの瞳を覗き、こう語りかけた。
「本当に俺の人質になっていいのか? こういう生活をずっと続けることになるんだぞ、俺だって極悪人じゃない、ここでお前を置いてけぼりにすることだってできる」
「あら、置き去りだなんてそれこそ極悪人ですわ」
なんだか本当にもう、彼女についていけない部分が幾分ある。だがそんなことは置いといて。
「武器を使っているところを見たいと言ったな」
「はい、ですわ。その通りです」
「俺以外の人間には頼めないことなのか?」
「私にはあなた以上の武器の手ほどきを持った方に逢ったことが、いまのいままでにありませんの」
そんなことないだろうに、剣技を身につけた道化師とかいっぱいいそうなものだろうにと、アルナイトは訝る。
「それにです」
「それに、なんだっていうんだ?」
「本来なら私が武器を使って戦ってみたいんですの」
「そうすればいいじゃないか」
「できません、私は身体がいいほうではありませんから、重い剣ひとつ取っても構えはおろか持つこともままなりませんわ」
「それで?」
「私の代わりにあなたに戦って欲しいんですの」
なるほど、彼女の願望を叶える代理をやって欲しいということかと、アルナイトは深く理解した。
「でも、いまのように走らされることが何回もあるんだぞ」
「それだけあなたが活躍できそうな場面に出会えそうなので、私としてはわくわくしますわ」
「随分と迷惑な人質だな」
「存分に人質として利用価値はなくって? 私は」
「まぁ、しばらくはお前を利用させてもらうぞ。覚悟しろよ」
「それだけの覚悟くらいできていますわ、むしろそれだけの覚悟で私の武器を使っていただけるところを見せてくれるのであれば、やっすい覚悟ですわ」
「ほうほう、さよか」
道の石畳を靴底で叩く音が聞こえてくる、自警団が近くを走っているかもしれない。
「ちょっと、裏通りに身を潜めようか」
「はいですわ」
裏通りは、日当たりの悪い治安の悪そうな小さな通りだった。
油断すると、チンピラとかに襲われて命と金を持って行かれそう。
「とりあえず、お前を散々なまでに利用しつくしてやるからな」
「ありがとうございますわ」
「感謝されるのか、そこがひっかかるけどまぁこの際いい。利用しつくした後は道に放置するつもりだ」
「それだけはやめてくださいませ、私は最後まであなたについていくつもりですわ」
話に区切りがつかず、歯に物が挟まった思いをするアルナイト。
「そして、私からもうひとつお願いがあるんですの」
次はなんだよ。とアルナイトは口を零す。