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悪者はだれ

作者: 二本狐

 お開きいただきありがとうございます。ちょっとした思い付きから。

 バンバリアント公開!

 大きく書かれた垂れ幕に、一之瀬(いちのせ)拓海(たくみ)はため息を吐いた。

「バンバリアントとかちょうだせー」

 小さな子供が拓海の前を通りながらゲラゲラ笑う。

 バンバリアントとは一匹狼のヒーローだ。悪を倒すも、バンバリアントも悪だとみなされているためいつも孤独に戦っている。

 そんな孤高のヒーロー、バンバリアント。

 そんなバンバリアントはヘタレである。もちろん、中の人が。

 ヒーローショーの中の人――拓海はため息をついてジャスコの屋上に出る。

「俺も、ただヘタレているわけじゃないんだ」

 それが最近の口癖だった。

 ただ、アクションになると、相手が敵に見えない。それだけでバンバリアントになり切れず、いつも悪に倒されてしまう。

 誰からも馬鹿にされ、シナリオもステージものは全部バンバリアントが倒されてしまうものに書き換えられた。

 拓海にとって、そしてショーを見に来る子供たちにとって。

 バンバリアントは嘲笑の対象あった。


 『さあ、みんなー!』

 バイトの女の子の元気な声がこの場を賑やかす。その裏で拓海はため息をついた。

 今日もまた、悪者がいないと悟り倒される。

 本物の悪がいないことに震えながら、拓海は舞台の小さな箱に隠れていた。この中だけが、拓海を助けてくれる。

 一度解き放たれたら、安息など終わるまでない。

 でも、でなくては。

「ジョンジョリオーン!」

 野太いおじさんの声が聞こえる。

 行こう。

 胸に圧迫感を感じながら舞台に上がる。すると、そこには圧巻の光景が広がっていた。

 黒く、鈍い光を放っている金属。

 銃だ。

「バンバリアント。お前が最後の人質だ」

「ひと、じち」

 人質。見渡せば六人ほどの黒いマスクをかぶった人が拓海と観客に銃口を向けていた。

「死ね。もしくはふせろ」

「しぬ。ふせる」

 拓海が顔を伏せる。バンバリアントの仮面が拓海の顔を隠している。だからこそ、観客と銃を持ったやつらからは彼の残忍な笑みを見ることができなかった。

 ずしゃり。

 ばかみたいな効果音がこの場にいる全員が耳にする。そしてその音源を探し、目を疑った。

 黒マスクの腹から手が出ていた。赤黒く染まった手がでていた。

「はは、ハハハはハハハハハはははハはハハハハ!!」

 悪だ。

 悪者がいるぞ。敵がいるぞ。

 拓海の脳みそのすべてはすでに別人格に支配されていた。

 ――多重人格者。

 彼は悪を追い求めすぎた結果人格が分かれたのだ。

「悪がいる」

 彼はつぶやいた。

「悪は、倒す」

 悪は死ね。

 それが彼の心に刻まれているバンバリアントの姿である。

 彼はまず、目前にいる敵の銃を奪った。そしてすぐに安全を保障するかのごとくバイトの女の子を颯爽と救う。

「あり、がとうござい――――」

 彼はその言葉を最後まで聞かず、銃を次の標的に投げた。相手にスキを与えないつもりだ。

 うげぇ!

 変な声を聞きながら、彼は素早く顎に向けてこぶしを振りぬく。銃を素早く回収すると、今度は近くにいた先輩の兄ちゃんに向けて駆け出し、立ち上がらせる。

「……やれよ、ヒーロー」

 立ち上がらせた兄ちゃん――高梨綱季は国利とうなずくと、仮面をかぶり他の銃を持っている男に立ち向かった。

 パンッ。

 渇いた銃声を聞いたとたん、拓海はその音の方を振り向く。

 はっきりと銃口を確認すると、彼はするりと右手を前に出し、ぎゅっと手を握った。

「甘いな。どクズ」

 手を返す動きをしたかと思うと、弾を放った男の銃はへんにゃりと変形する。それを横から綱季が殴りつけて気絶した。

 そうこうしているうちに、あとはリーダー格の男だけになった。

「てめえ、なにもんだ」

 あまりの恐怖に動けずにいた彼は、なんとか声を絞り出してそう語りかけると同時に近くにいた者を捕まえる。

 バイトの女の子だ。

 彼女は今日がモテ期なのかもしれない。

 銃口を頭に突き付けられ、バイトの女の子は「ヒッ」と声を上ずらせる。

 流石の拓海も目の前の男の愚行(,,)に動きを止めざるを得ない。

「オレは……オレだ」

 このときのオレとはいったい誰の事だろうか。

 彼は仮面を外しながら笑う。

 その笑みは獰猛でありながら、優しさが垣間見えた。

「まあ、十数えるまで目を閉じてなよ」

 ――――そうすればすべてが終わる。

 彼の言葉にバイトの女の子は目を閉じる。

 一。

 彼は動く。

 二。

 彼は一瞬で後ろに回り込み武装解除を試みる。

 三。

 彼は男をバイトの女の子から離させる。

 四。

 穴を掘る。

 五。

 男を顔だけ出して埋める。

 六。

 綱季を連れてくる。

 彼はそれから姿を消した。

 残りの三秒。

 彼は逃亡に使った。


 本物のヒーロー。

 地方紙の見出しにそう張り出されてたのは次の日の事だった。

「はは、ハハハ」

 彼は笑う。そして新聞をくしゃりと握りつぶすと放り捨てた。

「僕は、何物でもない」

 そう、少し、特殊な能力を手に入れた、孤独な少年。 

 ほら。

 街中にある大型ディスプレイ。そこには「すわっ、犯罪者か!? バンバリアントの仮面をつけた男の正体とは!?」とある。

 彼は孤独なヒーローだ。

 悪が分からず、敵がイコール悪であるとしかみることができない。

 そしてすべては本物のヒーローが持っていく。さっきの彼の一面の下には、綱季とバイトの女の子のツーショット写真とともに「女性を救ったヒーロー」というのもあった。

 バイトの女の子の顔が困惑顔だったのだが、そこまで拓海はみていない。

「世の中、結局こういうわけだよ」

 新しいバイトを探そうと、彼は街中をふらつく。

 拓海は新しい職業につくたび、いろんな災難にあう。そういう星の下に流れ着いてしまったのかもしれない。

 だからげんなりと。

 誰からも嫌われるようにと。

 彼は放浪する。

 その隣を一緒に歩いてもらえる足跡が、彼を追いながら。

 お読みいただきありがとうございます。


 おさらい:バイトの女の子がお気に入り。

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