水面に揺れて、愛らしく笑う純白の月
私が、彼女に拘束を解いてもらってから。
どれ位の月日が、経っただろうか。
始めの頃は緊張したり、恥ずかしさでどぎまぎしていた時もあったけれど、
長く、長く。
二人で旅をして、二人で毎日を一緒に生活するようになって少しずつ少しずつ互いにほぐれていった。
その甲斐あってだろうと思いたいが大分、
いや、とても打ち解けることが出来たように思う。
家族としても、恋の相手としても。
その積み重ねのお陰だろう今では、
こうして広大な海に降り立って、
浅瀬から、遠くに見える彼女の楽しそうに、はしゃぐ様子を穏やかに眺めることも出来ている。
空も綺麗で、青々とした海にはしゃぐ彼女もまた、綺麗だ。
嗚呼、なんて落ち着く日常なんだろ――【ばしゃああああ】
いきなり降りかかってきた海水が私の銀色の髪を勢いよく濡らした。
そして、鼻呼吸していた状態から水を吸い上げたようで、
ごほっと細かに強くむせた。
どうやら、大きな波にやられてしまったようだ。
顔を拭いながら眼を開けると、純白といえるだろう髪色をした彼女が、普段旅している場所とは違い、熱い気候であるこの場所に合わせて、
白いワンピースに身を包んでいる彼女が、
あはは、とも、うふふとも、陽だまりのような表情を浮かべて、
私に向かって眼もとをくしゃりとさせながらケラケラと笑っているのが見えて。
この場所に来てよかったなとも、この瞬間が幸せというのだろうなとも感じてしまう。
愛らしい彼女に向かって安堵と安らぎの籠もった笑みを返すと、
手をふりかえしながら、少しばかり考えるような表情をした彼女は、
にこにことした後こちらに向かってやってくる。
ゆるゆるとした波を踏みながらだんだんと得意げな顔をして歩いてくるようなその姿に、
ちょっとだけある種の獣や他の神を連想させた。
私に向かって歩いてきた彼女が、得意気な表情のまま立ち止まったのは、私のすぐ眼の前で。
中腰で屈むような姿勢をとった彼女は、
変わらずむんっとした得意げな表情のまま、
「ねえ!クラウン、お城を作りましょうよ! 」と勢い良く言ってきた。
その言葉の後にいくつかまた言葉を投げ掛けたり、呟いたりしていたかもしれないが。
中腰で屈みながらの彼女は、
私から見ると中々に絶景であった。
眼線の先には、海水や陽の光に照らされて少し赤くなっている腕や脚とは違い真っ白な程よい二つの胸が綺麗に見えていて、眼線をさらに下に下げると薄い布で作られた白いワンピースが海水によって濡れ脚に貼り付いている。
生物的オスとして考えると、現在眼に映っている風景はとてつもなく素晴らしい。
――が、黙って楽しむのも忍びないし。
刻々と過ぎ往くモノが惜しくなってしまうので、早々に眺めるのをやめた後、
私は、彼女に対して「砂のお城を作る前に、ひどく濡れているその身体とその服を変えた方がいいね。」と言って大きな白い布を身体にかけて、そのまま少しだけ力を入れて彼女を抱き寄せた。
何も人肌恋しかった訳ではない。海水に濡れている彼女の髪を、
私の持っている小さな布で拭くという目的もあるが、
私が彼女を素直に抱き寄せたかったからだ。
眼で背徳感を持ちながら楽しむことも良いのかもしれないが――。
やはり、この身体で直に温かさを感じるということも大事だと、そう思い立ったからだ。
抱き寄せた後、私はしっかりと髪を拭いている。
黙々と、丁寧に。
幾分真面目で丁寧に彼女の髪を拭いていると、「ねえ――お城はどれくらいの大きさにする? 」
耳元にそう心地のいい彼女の声が聴こえてきた。
とてもくすぐったい。
心地いい事には心地いいけれど。
少しだけ笑みを浮かべたまま、お返しをするように。
私も同じく彼女の耳元で「ルナはどんな感じにしたい? 」なんて言ってみる。
やっぱりくすぐったいのか少しだけみじろぎをした後「ん~そうね~」と考え始めたようだった。
考えながらも、彼女の手はもう小さな山を作ろうと動いていて。
私が彼女の純白の髪を拭き終わったくらいの頃、彼女は立ち上がって私に、
あのね、いきなり浮かんだ考えなのだけれど、と前置きをしながら一つの提案を口にした。
「住めるくらい大きなお城が――――いいえ、もう思いきって、
この大きな海と砂浜の空間を私たちの故郷にしたらどうかしら? 」と。
私がぽかんとした顔をしながら、少しばかり飛躍しすぎじゃないかなと彼女に問うと、
彼女は興奮したような感じで私の手を握って言葉を紡ぐ。
「今まで旅をしてきた場所の中にも、確かに素晴らしいお宿や施設があったけれど、
心から気を落ち着かせる場所は今のところ私たちには一つもないでしょう?
だからこそやっぱり、故郷というか帰って来られる場所が私たちには必要だと思うの。 」
興奮もしていて眼もキラキラとしていたけれど、
彼女の言葉はもっともだった。
今までを振り返らなくとも、
人を助け敵に追われ、敵を追う。
その最中、本当に心休まる場所が無かったのも確かに事実だ。
私一人だけならばいざ知らず、彼女を不用意に危険な状態にさらすのは最悪だ。
険しい顔をしていたのだろうか、
とんとんと肩を叩かれた私は、
彼女が私に声をかける前に結論を出した。
「よし、なら今日からこの世界が私たちの故郷で有り、帰るべき場所としよう。
ということで、このまま閉じるのも惜しいので、このまま固定するとしよう。
この空間世界の所有者は、私たち二人ということでいいかな? 」
そう言った私の顔を見て、とても嬉しそうに微笑んだ彼女はまるで、
空にも水面にも揺れて浮かぶ、純白の月のようだと、そう思った。
「綺麗だよ」という私に対して、
彼女は、色白な肌を少しだけ赤くさせて、
なおも綺麗な笑顔を見せてくれた。
彼女を眺めながら言葉が紡がれるのを待っていると、
唐突に、「い、家はいつかの世界でみた、洋館のような感じがいいっ」なんて言うもんだから、
はいはい、わかりましたお姫様なんて言ったりしながら、私は彼女――ルナの手を取った。
ゆっくりと歩き出した私と彼女の眼前には、
青々とした大海がゆるい波音をたてながら穏やかに広がっている。
まるで私たちを、優しく包むように。