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7 首領の話すレプリカの過去と未来

 首領の話は続く。


「奴は俺を取り戻した。身体が無理なら身体なんかそこに置いていけなんて無茶なこと言いやがった。だけど無理なことなんて現実には何にもないんだ、と言いたげな顔して」


 ふっと目を伏せていた。奇妙なくらいにその表情は、楽しそうに映る。


「俺は生身の身体を無くした。けれど、それからしばらく、俺は幸せだった」


 だろうな、とキムは思う。確かに、それを話す首領の表情がそれを物語っている。


「その頃はレプリカにとっては大して受難の時代じゃなかったんだ。大して数も多くなかったし、それでいて技術はある程度進んでいたから、人間に混じって暮らしていても問題はなかった。―――いや問題はあったな。人間と俺は言っていたから、ひとところには長くは居られなかった。だってそうだろ? 十年も居れば人間は変わる。もうあっという間だ。奴だって論外じゃない。俺は変わらないまま、奴はじじいになる。だけど俺はそんなことどうでもよかった。奴もどうでも良かっただろうと思う聞いたことはないけれど、そんなことは、判る。そういうのが判って判る奴だから、俺は」


 まただ、とキムは目を細める。

 まるで特定の言葉に反応するかのように、自分の何かがそれを受け取ることを拒否しているかのようだった。


「だから俺は、どれだけ危ない橋を渡ろうと、その時は幸せだった。すごく幸せだった。そして忘れていた」

「忘れていた?」

「奴は、人間で、俺は生身じゃない」

「そんなの判っていたことじゃないの?」

「いいやキム」


 首領は大きく首を横に振る。


「俺は、全然判っていなかった。奴が老いる。そのくらいはいい。別に生身だって、それは変わらない。だけど、俺は忘れていたんだよ。奴は、死ぬんだ。死んだんだ。別にわざわざ破壊されなくても、自然の摂理という奴でね」


 キムは思わずあ、と声を立てていた。


「最大の報復が、来たと思ったよ」


 ハルは指を大きく広げた両手で顔を覆う。


「それまでやってきた全てのことが、全部画像として俺の頭の中に広がった。楽しかった記憶までが、その相手がいないということだけで、俺を突き刺す。容赦なく突き刺すんだ。楽しかった? 楽しかっただろ? でもこれで終わりなんだよって、俺をめった刺しにするんだ」


 手はゆっくりと顔の上を動き、そのまま両方の二の腕を抱く。強く抱きしめるように、首領は身体をすくめる。


「こんな楽しいことはお前にはもう永遠に来ないんだよ、って。不快な記憶もあったよね。だけどそれはそれで、それすらももうお前には無いんだよ、と俺を突き刺すんだよ」


 今にも血でも吐きそうなハルの言葉を聞きながら、ああまただ、とぼんやりとキムは思っていた。


「…ハル… 寒いの?」


 そして思わず口にしていた。


「寒いよ」

「どうして?」


 Gにも聞いた。

 彼はあいまいにしか答えなかった。どうして寒いのか。こんな空調のちゃんと効いた、―――屋外じゃないのだ。宇宙を飛ぶ、船の中なのだ。


「何で寒いのハル。ここは船の中だよ。全然気温は低くないじゃない」


 そもそも、どうしてレプリカの身体が、寒いなんて感じるのだ。


「でも、寒いんだ」

「俺には判らない」

「寒いんだよ、どうしようもなく。どれだけいい気候のところへ行っても、もうこれは絶対に消えないんだ。全てが終わりになるまで」


 全てが終わり?


「…どういうこと?」

「この反乱の目的は、キム。お前には言いたくなかったよ。お前は生きようとしているレプリカだからね。だけどねキム、レプリカには未来なんてないんだよ」

「ハル!」

「もともとレプリカは、惑星だったんだ」


 キムは目を丸くした。

 その様子を見て、ハルはぐっと身を乗り出した。そして逃げ腰になるキムの肩と長い髪を捕らえると、その強烈な視線に無理矢理合わさせた。


「聞け。聞きたいと言ったのはお前だ。お前には聞く義務がある。俺は珍しく言いたい。言わせたのはお前だ。聞け」


 全身が硬直する。うなづくことすらできない。この迫力は一体何なんだろう。


「SL財団の一人が、たまたま漂着した滅亡間近の惑星とコンタクトをし、そして取引をした。新型の記憶素子として財をなさせる代わりに、自分達には身体をくれ、と惑星は頼んだ。その惑星は、全体が水で覆われている。その水そのものが、生命体なんだ」

「水が――― 生命体?」

「全体が一つであり、分割すれば、それは一つ一つの個となる。だがそれはもともと一つのものであったから、引き合う性質がある。つまりレプリカントのテレパシイというのは、一人の人間が頭の中であれこれ考えるのと同じなんだよ」


 それが、空間を恐ろしく飛び越しているだけの話なのだ、と首領は続けた。


「全ての同胞が互いにデータベースになっている。一人の記憶は全体の記憶であり、全体の記憶は一人の記憶になりえる。だから、俺が一人にその話をすれば、全体にその話は通じる。別にいちいち言わなくてもいい。そういう類のものだ。人間のサイキックとは種類が違う」

「じゃ、俺は…」


 知らなかった。テレパシイなど、通信にしか、彼は使ったことがなかった。


「だからお前は奇妙だと言ったんだ。キムお前には、それができないんだよ」


 ちょっと待て、とキムは言おうとした。だがそれは言葉にはならなかった。


「当初はその取引は成功したはずだった。だが、やがて、人間の方でそれでは済まなくなった」

「何――― で」


 ようやくそれだけの言葉が絞り出せた。


「人間は、怖くなったんだよ。レプリカが広がっていくのが。俺は昔、その都市を開く計画のために、レプリカの一人に人間を恋させた。それはその時必要だった。だけどその計画が成功した時、人間は、レプリカがそうやって自我を持つことのできるものということに気付いてしまった。そして奴らは怖れたんだ。とりあえず自分たちより『出来のよい』我々に、それまで自分たちのついていた地位を取られるんじゃないかとね」

「…そんな」

「連中は、そう考えたんだよ。俺達がどう思っても。そして、その元凶は、俺なんだ」

「ハル」

「少なくとも、もう少し、その時期を遅らせることはできたかもしれない。あんなことさえなければ。俺が、そうしなかったら」

「あんたがしなくても」

「それは歴史の法則だと言いたい? キム」


 首領は凶悪な笑みを浮かべる。


「でも、元凶は俺なんだよキム。そして俺は、その蒔いた種は刈り取らなくてはならないんだ。蒔かなかったら生えない種かもしれない。だけど俺が蒔いてしまったものだから、俺が刈り取らなくてはならない。少なくともトロアはそう言った。俺のレプリカだった彼女が」

「は」


 今何って言った?


「トロアが? あんたのレプリカって」

「フィアもそうだよ。俺はその計画の時、自分の入り込めるレプリカを数体作って、それに取り付いては計画の進行を実体として見ていた。都市の中で自由に動くために。都市の外でアンテナにするために。でもそれよりも」


 ハルは口をつぐんだ。そしてしばらくして、聞こえるか聞こえないくらいの声で、つぶやく。


「―――全部で十体居たんだ。当初。だけどその計画が終わりに近づいた時、俺は自分がとりあえず動ける身体―――これだよね」


 首領は自分自身の胸にそっとさわる。


「これだけを残して、後の九体は、俺の外観を変えて、記憶をリセットして、解放したんだ。本当は、この身体もそうする予定だったけれど、気の効いた奴が居たから、俺は、戻ってこれた。入り込む身体があったんだ。解放する時に、俺の仲間はその九体に名前をつけたよ。だけどそいつもあまり芸がなかったね。皆数字だったんだ。ナンバーなんだよ」

「ナンバー?」

「トロアは№3。フィアは№4。その頃その惑星で使われていた色々な言語の中から、名前にしてもおかしくないようなものを集めたんだ。他にもリュウだのテンだの居たらしいけれどさ」


 過去形か、とキムは思う。


「俺を起こしに来たのは、あの二人だけだった」

「え?」


 話が飛んでいる、とキムは思った。思ったので、反射的に問い返していた。


「あんた何処かで眠っていたの?起こしに来たなんて…」

「眠っていたよ」


 首領はそう言いながら、ぐるりとけだるげに首を回した。


「起きるつもりは、無かったんだ」

「…ハル」

「俺は、そこで、もう目覚める気がなかったんだ。奴が死んだ時、もうその時俺がどうしたなんて、さっぱり覚えていない。俺も思い出したくもない。ただ判っているのは、俺の足は、そのままあの因縁のある都市へと向かったということなんだ」


 あ、と思わずキムは声を立てていた。


「まさか、それが」

「そうだよ」


 首領の口の端が片方だけ、きゅっと上がる。


「夜長の君は、かつて仲違いしたはずの俺を、その時暖かく包んでくれた。俺が眠りたいと言うと、彼女は彼女の中に居た全ての人間を追い出したんだよ。俺一人を閉じこめてゆっくりと眠らせるために」

「じゃ『夜長の君の暴走』は」

「俺のせいだよ。それも」

「だけどその時、夜長の君は、都市を閉じたんだろ? じゃあどうしてトロアとフィアはそのあんたを目覚めさせたんだよ?」

「時間はかかったね」


 どのくらいの時間だというのだろう。キムにはだんだん判らなくなってきた。


「連中が俺を起こしに来たのは、レプリカに対する弾圧が次第に形になってきた頃だ。レプリカが絡んだ恋愛のいざこざが多くなってきた頃だ。あの№名前がついた俺のレプリカ達は、もともと俺が入り込むためだったものだから、命令も最低限にしかかけられていない。人間に紛れて、人間として二人とも何とか生き延びてきたようだよ。何をしてきたかなんて、いちいち聞かないけれど、決して綺麗ごとで生きてはこなかったさ。人間同様」


 そうだろうな、とキムは思う。


「そうやって何とか生きてきた。だけど彼等の見る世界は、日に日にレプリカにとって住み難いものになってくる。そうこうしているうちに、戦争が始まってしまった。その中でレプリカは時には兵士としても使われる。殺すためだけの、だけど人間からの命令が無くては動かない、でも優秀な兵士として。二人はその様子を見ているうちに、まず怒り、泣き、そして絶望した」

「絶望」

「そう。絶望。レプリカには、未来が無いんだ」

「何で」

「なあキム。レプリカには、HTMには、もう帰るべき惑星はないんだよ」

「そうだけど」


 それだから、動ける身体を望んだのではないか。

 そんなキムの問いを見抜いたように首領はうなづく。


「そうだよね。当初はそうだった。その時のスターライトの当主と我々のおおもとは、その時持っていた夢が一致したんだよ。だけどそれは永遠ではない。その時の当主はもう遠い過去の人間だし、レプリカは世にあふれ、本当にただの道具としてしか使われていない。…こんな独立運動したところで、勝ち目はないんだよキム」

「あんたがそれを言うのか?」

「現実だ。それに、勝って独立することが、目的じゃあないんだよキム」


 キムは顔を上げ、首領の顔を見据えた。


「この一連の行動の目的はねキム、俺達が、それまで居たという痕跡も残さず滅亡することなんだよ」


 キムは思わず息を呑んだ。

 

 …何だそれは?


「だからお前には言いたくなかったんだよ」

「それは、―――俺以外の全てが納得していることだと、あんたは言うのか?」


 ハルは迷わずにうなづいた。


「俺はそれをあの二人に示されたから、この集団の首領の役を引き受けたんだよ」

「あの二人が、仕組んだのか?」

「レプリカの総意だよ」


 ハルは言い切った。


「あの二人は全く、無茶をしたよね。夜長の君があまりにも堅く扉を閉ざしていたから、何処でそんな技術覚えたのか、彼女の扉を破ってきたんだ」


 それはとても怖い光景だ、とキムは思う。


「あの二人は俺を無理やり起こして、責めたてたよ。俺には責任があるんだ、とね」

「責任」

「そう責任。俺が全ての元凶だ、とあの二人は責め立てた。実際それはそうなんだ。どうあがいたって、歴史の中で他の誰かがしたかもしれない、と言ったところで、その元凶が俺であることは、どうしようもない事実なんだ。そして俺自身、それを俺につきつけて欲しかった。曖昧で半端な同情なんて要らなかった。俺は強い力で断罪されたかった。―――なあキム、曖昧な記憶の間、お前はどう使われていた? 思い出してみろよキム? 『命令』のせいで、お前自身そう扱われることに何の疑問もその時は思わなかったかもしれないが…」

「…俺?」

 

 どうだったろう、とキムは自分自身の記憶をたどる。


「ひどいと思わないか? 今になって思えば」

「…うん」


 言われてみれば、そうかもしれない。


「それが一番最初のおおもとの責任は、俺にあるとしたら、俺を憎みたくはならない?」

「…俺は」

「なる筈だよ。ここのレプリカは全て、俺を首領としながら、俺を誰よりも憎んでいるんだ。そして俺に命令をさせるんだ。自分達を動かすために。人間を殺させるために、俺に『殺せ』と命令させるんだ。もと人間だった俺に」

「…やめてくれ」


 キムは両手で耳を塞ぐ。これ以上聞きたくない、とその時彼は切実に思った。首領の声は、変わらずに乾いたままだったが、どうしても、彼には泣き声にしか聞こえないのだ。


「頼むから! ハル!」

「…あの二人は言ったよ。俺が蒔いた種なら、俺が刈り取れって。俺が動かすことによって、このレプリカの終わらない日々にピリオドを打ってくれ、と。全てのレプリカの四散を、奴らは俺に示した。レプリカは水だ。何処だっていいさ。この惑星だっていい。全てのレプリカが四散すれば、その水はまたこの大気に溶け、やがて大地に降り注ぎ、この惑星自体を第二の故郷にするだろうさ。ただしひどく長い長い時間がかかるだろうがね。中途半端な妥協をしたところで、レプリカは、もうどうにもならないんだ」


 聞きたくない、とキムは大きく首を横に振った。

 その様子を見ながらハルは目を伏せた。


「だけど聞きたいと言ったのはお前だよ、キム」

「…」

「お前は言ったことを守れなかったね。またそんな哀しそうな顔をして」

「だってハル」

「だから言ったんだよ俺は。だからお前には言いたくなかったよ俺は。お前に言わずに全てが終わったならどんなにいいかと思っていた」 


 確かにそうなのだ。キムは口に手を当てる。

 言わせたのは、自分なのだ。

 知りたかったのだ。だが確かに、これ以上首領が自分を責める言葉を聞きたくないと思うのも、本当なのだ。


「だからさ、あの捕虜を利用したのも多少はすまないと思っているよ… あれは天使種だからね。人間だったら、たぶん今の俺の良心は、何にも痛まないよ。だけどあれはね」


 あれもまた、人間以外の存在であるから。

 そして、自分がどうあろうとそう生まれてきた存在であるから。


「十分か? キム。もうこれから先、俺はこの件で話す気はない。聞きたいことがあったら今のうちに聞いておけ。俺が喋ろうって気があるうちに」


 キムは黙ってうなづいた。聞きたいことは、あったのだ。ただ一つ。


「…あんたは? ハル」


 それは彼にしてはそれまでになく重い口調だった。ひどく言いにくそうに、ややたどたどしいくらいのテンポで、彼はえ?と首を傾げる首領に向かって、訊ねた。


「あんたはどうするの?」

「俺? 俺も一緒だろ? レプリカ全てなんだから」

「そうじゃなくて」


 キムはやや声のヴォリュームを上げた。


「レプリカの『水』はいいけど… あんた自身は? 人間だったっていう、あんたの魂は?」

「キム」

「あんたの、その魂は、どうすんの? あんたの魂はレプリカじゃない。いくらいつか惑星が水に包まれたとしても、あんたはその中には入れない」

「…そうだね」


 重力の無い言葉は、宙に浮く。


「それでいいのかよあんたは」

「いいんだよ」

「…それじゃ」


 キムは軽く眉を寄せた。ああ、まただ。

 ハルの視線が自分を素通りしていることに、彼は気付いてしまった。


「その時には、黒い魔物が連れに来てくれるさ」

「黒い魔物?」

「そう、黒い魔物だよ。…結局何処に居るのか、俺はまた見失ってしまったけれど」


 ハルはひどく楽しそうに、くっくっくと声を立てて笑った。

 その笑顔を見て、キムはひどく不安になった。

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