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6 首領はキムの向こうに誰かを見る

 キム、とアルトの声が呼んだので、彼は現実に戻った。既に船は宇宙に出ていた。彼は座席のベルトを外すと首領の副官の方を向く。


「ちょっとこっちへ来てくれ」


 何だろうと思いながらも彼は立ち上がった。座席で大人しく次の行き場所を思って休んでいる仲間の間をすり抜ける。


「何」


 彼はやや視線を下に下げる。トロアは彼の首領同様、さして大きくはない。小柄と言った方が正しい。


「あまり私はお前に頼みたくはないのだが」


 何だろう、とキムは不思議に思い、軽く首を傾ける。長い髪が揺れる…編んだ分をのぞいて。

 トロアにしては実に奥歯にもののはさまった言い方をする。普段彼女はそんな言い方をしないはずだ。


「そもそも、いちいち口で頼まなくてはならないのが私には実に口惜しいのだが」

「だから、何だよ」


 キムは彼女に言葉をうながす。こんなに言いにくそうな彼女は、見たことがない。


「我らの首領がな」

「ハルがどうしたの?」

「沈んでる」

「水なんてないじゃない」

「馬鹿。そのくらいの比喩も知らないか? 落ち込んでいるんだよ」

「ハルが?」


 彼は耳を疑った。そんな馬鹿な。


「信じられない、って顔しているな、キム」


 ああ、と彼はうなづく。確かに、信じられないのだ。

 彼にとって、首領はある種絶対的な存在だったから。そんな、不可解で曖昧な人間のように、悩むとか落ち込むとかということとは無縁なはずだった。

 なのに。


「まあな。私達としても、そういうことは無い存在で居てもらいたいのだが… 仕方がない」

「仕方がない?」

「そうであるからこそ、彼は、我らが首領で在るのだから」

「あんたの言葉は時々難しすぎるよ、トロア」

「そうか?」


 そう言って首を傾げる様は、何処となく首領と似通っているというのに。


「難しいというのならすまない。だが私はこういう言い方しかできない。そして私の役割が役割である以上、私は他の人格であることはできないのだよ、キム」

「だから、何を俺にさせたいの?」


 こ難しい論議は、どうやら止まるところを知らないようだったので、キムはとりあえずしかめっ面になって、次の行動をうながした。 


「なぐさめて、くれないか?」

「なぐさめる?」

「あの捕虜には、結構そうしていただろう?」


 あれでなぐさめていたと言うのだろうか?

 何となく首を傾げたくはなるが、彼には断る理由はなかった。その程度でいいのなら、彼は、構わなかった。


「ハルは何処に居るの?」

「そんなことすら気付かないのだからな。この廊下の突き当たりに扉があるだろう? その向こうだよ」

「わかった」

 苦笑するトロアを背に、彼は突き当たりに向かって廊下を歩き出した。  



「…開けるなって言ったろ?」


 扉を開けたら、そこは暗かった。

 あの低い、乾いた声がその途端、彼の耳に飛び込んできた。

 キムは視界の波長を切り替える。壁に寄りかかり、だらんと腕を力無く下ろしている首領がそこには居た。

 大きな瞳はぼんやりと半開きになり、彼が入ってきたにも関わらず、天井の方へ向けられていた。


「…キム」

「トロアが、あんたが落ち込んでるって言ったから…」

「俺が?」


 そしてようやく、視線が彼の方へと向く。


「俺が落ち込んでいるって? それでお前、何しにきたの」

「だから… 俺にだって判らないんだけど」

「…まあいいや」


 ぶるん、とハルは頭を軽く振る。長い前髪がその拍子にその端正な顔を隠した。


「ちょうど良かったよ。奴から連絡が入ったんだ」

「奴?」

「知らないのはお前だけだからね。俺はお前には言葉で伝えなくちゃならない」


 彼はその言葉に眉をしかめる。俺だけが知らない。決してそれは嬉しい言葉ではない。


「あの捕虜さ、あれから向こうの追っ手と交戦して、『墜ちた』らしいよ」

「…『墜ちた』?」

「連中の、アンジェラスの連中の隠語でさ、奴もそのへんをきっちりとは説明してくれなかったからさ… いまいち俺にも正確なところは判らないんだけど… 何か、宿主の身体を守るために、中に居る何かが時空を越えて逃走をはかるんだってさ」

「?」

「…ああ言わなかったっけキム。奴らは、位相の違う生命体との複合生物。そういう意味で、奴らは、人間じゃない、って俺、お前に言わなかったっけ?」


 キムは黙って首を横に振る。

 それに近いことは言われた。だがそういうふうに首領が言うのを聞いたことはない。

 そんなふうに、吐き捨てるように言うのは。


「言ったような気がするんだけどな」


 キムはひざをついた。ハルはいつもより雄弁で、何やら実に喋りたがっているように見えたから、彼はその視線と少しでも近い位置に行きたかったのだ。

 だが長い前髪が顔を隠して、首領の表情は見えない。


「Gは、じゃ」

「うん。何かさっぱり何処の時間とも空間とも知れないところへ飛ばされたみたいだね。死んではいないようだけど。連中の身体はそうやわじゃないし」

「…」


 彼の中で、何となく苦いものが広がる。


「お前は結構あれを気に入ってたじゃないの」

「気に入ってたって… だってハルじゃないか。まず俺に奴の面倒を見てやれって言ったのは」

「ああそうだったね」


 キムは軽く胸が痛むのを感じる。ハルはどうでもいいことのように口にしている。考えてみれば、別に捕虜に情を持つ必要はないのだ。


「でも気に入っただろ?」

「…気に入ったって…」

「意味が判らない? じゃあも少し判りやすく言おうか? お前あれを俺達と一緒に連れていきたかっただろ?」


 キムは素直にうなづく。だろ、とハルは口元を軽く上げた。


「お前は奴を気に入ってたんだよ。でもそんなこと俺にはどうでもいい。俺は奴には興味も何もない。奴は情報源だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ハル!」

「何キム。お前俺に、何か言えるの?」

「…」


 髪の間から、ぼんやりと開いた大きな目がかいま見える。


「…だいたい、お前は、誰なんだ?」


 え、とキムはその途切れそうな程の言葉に一瞬身を退いた。それは、Gも言ったことだ。一体自分は誰なんだ、と。


「誰って」


 自分は自分だ。自分以外の誰だと言うのだろう。


「俺は俺だよハル。俺以外の一体誰だっていうの」

「俺は、あのとき、奴の気配を感じたんだ」


 あの時?


「あのリーカの街で、何気なく、それが、感じられたんだ。…いきなりだ。それまで何の気配も無かったのに、俺はその時、奴の気配を感じたんだ」

「それは、あのGに命じた『奴』?」

「違うさ」


 吐き捨てるようにハルは言う。

 髪の間に間に見える瞳が、いつものそれとは違い、ぎらぎらした光をはらんでいた。


「違うのか?」


 そして一つ前と似た言葉を吐く。


「お前は、違うのか?」

「違うって」


 何を言われているのか、キムにはさっぱり判らなかった。


「お前じゃないのか? お前が、これに、憑いているんじゃないのか?」


 キムは容赦ない言葉を真正面から受けながら、その時、それが自分に向けられたものではないことにようやく気付いた。

 そして同時に、もう一つの事実に気付く。


 ハルは、俺のことなど、最初から見ていない。


 肩から力が抜けるのが判る。ひざからも。

 キムはその場にべったりと腰を落とした。力なく首を振る。長い髪はゆらゆらと揺れる。


「…あんたの言うことは、さっぱり判らないよ、ハル…」


 目の前の首領は、顔を隠すように再び長い前髪をかき上げた。


「一体俺は何だって言うの。俺が何かだったからあんたは助けたっていうの?俺が俺だったら、あんたはあの時俺を助けなかったっていうの?」


 答えてよ、とキムは詰め寄る。そんな風に聞いたのは、初めてだった。

 聞きそうになることはあった。だがそのたびにハルは身を翻した。

 けれど今は。


「言ってよ……」


 ああまただ、とキムは声を詰まらせながら思う。

 あの時の、胸に何か熱いものが詰まった時と同じだ。目頭まで熱くなる。どうやら液体が、目から流れているらしい。何なんだろう、と思っていても、その答えは彼の中にはなかった。

 その答えは、当の原因の口から漏れた。


「…泣くなよ」


 乾いた声が、そうつぶやく。


「泣く…? 泣いてなんかないよ」

「嘘つき」


 乾いた指が、彼の頬に触れる。闇の中であったしても彼の視界は鮮明だ。

 首領の指についていたのは、確かに液体だった。涙だった。


「…嘘なんかつけないこと、ハルが一番よく知っているじゃないか…」


 レプリカントなんだから。


「お前なら、できると思っていたよ」

「どうして」

「お前には、俺の『命令』がきかないだろ?」

「…うん」

「正確には、ある種の命令というべきなんだろうけどさ。トロアやフィアすら効くくせに、お前だけは効かないんだよ。違うな。お前は、お前だけは、俺の『命令』なしに、人間を殺せるんだ」


 キムは息を呑んだ。何、だって?


「他の連中は違うのか?」

「それはレプリカントの絶対命令だからね。どんな戦闘用だったとしても、人間の命令なしに、人間を殺めることはできない。だから俺の命令が有効なんだけど」

「ちょっと待って」


 何、とハルは間髪入れずに問う。キムは身体を乗り出した。


「『だから』あんたの命令が有効?」

「そうだよ」


 事も無げにハルはうなづく。


「だってあんたはレプリカントだろう? 俺達と同じく」

「レプリカだよ。この身体も、頭のHLMも、レプリカのそれだよ」

「じゃあどうして」

「俺は昔、人間だったの」


 は? とキムは十秒程硬直した。

 頭の中で、受け入れにくい情報は、それを道理の合うものとつなげるべくフル回転する。だが彼の頭の中には、それに似合う情報は無かった。

 キムは頭を軽く振る。そして泣きそうな表情で彼の首領を見据える。


「…冗談はよそうよ、ハル…」


 違うと言ってほしかった。そこまでして俺をからかわないでくれ、と言いたかった。

 だが彼の首領の口から出るのは、その乾いた声で、同じ意味合いのことだった。


「冗談じゃないよ」

「冗談としか思えないよ! そんな情報、俺は知らない!」

「そうだね。俺だって俺以外、そんなこと知らない」

「そんなこと、ありえないよ」

「でも俺はそうだよ。本当にあり得たんだ。だから、お前もそうだと思ってた」

「…俺が?」

「そうでなきゃ、お前だけ俺の命令が効かない意味が判らない。だってお前にはきっかり第一回路に… 基本回路にレプリカの基本命令は在るんだ。そんなのは、俺じゃなくたって判る。レプリカの誰だって、テレパシイは持ってるんだ。いや違う。そもそもお前はレプリカのテレパシイがどういう性質のものなのか、知らない。何故だ?」


 何故だ、と言われても。


「―――俺は知らない」

「そう。お前は知らない。だから俺は、お前に聞いている訳じゃない」

「誰だって言うんだよ!」


 いい加減にしてくれ、とキムは叫ぶ。顔を歪めて、必死の声を立てる。


「ハルは、一体誰を俺に見てるの? 俺は何も知らない。だけどハルは教えてくれない。だったら俺が知る訳がないじゃないか?」


 両手のこぶしを強く握りしめ、キムはそれだけの言葉を一気に投げつけた。

 変わらない姿勢でそれを見ながら、ハルは軽く瞬きをした。


 ああ、まただ。


 一度は生気が入ったと思った瞳が、またひどく重いものに変わっていた。何処を見ているだろう。少なくとも自分でないことは確かなのだ。

 胸が痛む。


「昔のことだよ」

「知りたい」

「物好きだな。誰もが知ってることだよ。レプリカの、俺が目を覚まさせた連中にはね。お前以外の誰もがね。誰もがその情報を受け取ると、とても辛そうな顔をする。俺はそれを見るのが嫌だ。だけどそれは、俺が俺である以上、仕方のないことだとトロアは言う。仕方ないことだよ。だけど」

「だから」

「お前のそういう顔は、あまり見たくないね」


 あ、今のは。キムは片方の眉をぴくりと上げる。

 これは、「俺に」言ったものだ。


「聞きたい。ハル」

「本当に聞きたい訳?」


 うん、とキムはうなづいた。


「じゃあ約束しろ。聞きたいなら、お前は俺に哀しそうな顔をするな。俺は見たくない。約束できるか」

「うん」


 大きくうなづく。そんなに辛いことなんだろうか。自分がそうできる保証はなかった。芽生えたばかりの感情は、時々堰を切ってあふれ出してしまう。

 それでも。



 まだ人間が宇宙に本格的に飛び出す前の時代だ、とハルは話し出した。


「レプリカの外見がようやく人間と見分けがつかなくなってきた程度の時代だよ。大半の人間は、地球上の、生まれた『国』から一生離れることのないような時代」


 そんな時代は、キムには予想ができなかった。どれ程昔のことだというのだろう。レプリカの時間感覚は確かに人間よりは長かったが、それでも。

 一体この少年のように見える首領は、どれだけの時間を生きてきたというのだろう。


「俺はその頃、ただの人間だった。歌い手だったんだ。この身体と同じ外見をしていたけれど、生身の人間。ただの人間だったよ。そのまま行けば、ただの人間として、もう何世紀も前に俺なんて存在はこの世から消えていたはずなんだ」

「でもあんたはここに居る」

「そう俺は居るんだ」


 言いながら、ハルは右の手で、左の二の腕を抱え込む。その様子を見ながら、キムはふとあの捕虜のことを思い出していた。


「お前『夜長の君の暴走』を記憶している?」

「記憶している。書き込まれているよ。都市コンビュータの暴走だろ?」


 キムは記憶を引っぱり出す。別に彼自身が体験した訳ではないが、彼の中にあらかじめ記憶させてある知識の中から。

 ある地方の都市において、都市管理コンビュータがある日突然暴走した。全ての市民を強制的に都市の外に追放し、その扉を閉ざしてしまった。

 当時はドーム都市の全盛期である。

 汚染された人類最初の惑星は、そんなものが無くては生きていくことができなかったらしい。

 追放作業自体で死人が出たということはなかったが、追放された時に受けた汚染大気や物質は、ある程度の被害をもたらしたらしい。


「うん、暴走」

「原因不明のまま、その都市は閉鎖されたって聞くけれど。手がつけられなくて」


 そういうコンピュータに女性名とは、よくつけたものだ、とキムは思う。


「そうだね。お前の記憶は正確。だけど正確な事実としては、暴走したのは都市コンピュータじゃないんだ」

「と言うと?」

「夜長の君、と当時のその都市コンピュータは呼ばれていたけれどさ、もっとそれ以前から、その都市には意識があったの。暴走したのはコンピュータの夜長の君じゃあなくて、都市の意識のほうだったんだよ」

「…都市が意識を持つ訳がないじゃない」

「あったの。それはお前偏見。お前だってレプリカなのに意識を持っただろう?都市は都市になった時点から意識を持つんだ。そして『彼女』と俺は当初実に相性が悪かったんだ」

「…」


 キムは眉を寄せ目を軽く伏せ、こめかみを指で押さえる。情報には整理が必要だった。

 その様子を見ながら、その間はハルは口を開こうとはしなかった。キムが理解しようとつとめているのをいちいち確かめるかのように。


「まあ細かい事情をここで言っても仕方ないよね。とにかく『彼女』と俺は、相性が悪かった。そしてそのせいで、俺は一度『彼女』とその立場を入れ替わってしまったことがあるの」

「?」

「都市としての意識に、俺がなってしまったの。そしてもともとの都市の意識である『彼女』を俺の生身の身体の中に閉じこめて――― まあお前にそのあたりの理屈を今言ったところでどうにもならないよ。とにかくそういうことがあって、俺はその時不安定になった空間を切り離して閉ざすことでとりあえず守った。守った気でいたよ」

「守ったんじゃない?」

「でもねキム、俺はその都市を元に戻す方法は、閉ざした時点から知っていたんだよ。なのに俺は日和っていた。十年間。その都市に住んでいた人達の、何の関わりもない人達の自由な時間を奪ってしまった。中には本当に十年分の時間そのものを奪ってしまった人も居る」

「…大した時間じゃないじゃない」

「お前にはね」


 つ、とハルは顔を上げる。


「そして今の俺にはね。だけど当時の、人間にとっての十年は、俺たちの百年に等しいくらい長いんだよ。俺はその時間を、ただ自分の居心地のいいからというだけで日和っていたんだ。元に戻す方法を黙っていた。レプリカの身体に入り込んで、仲間達と話したり時間を過ごしたりしていた。…それが心地よかったから。だらだらと、ただ………と過ごす時間って奴が」


 え?


 彼は一瞬耳に言葉が入らなかったことに気付いた。

 口は動いていたはずだ。キムは自分の感度が悪くなったのではなかろうか、とそちらへ注意を向ける。いやそういう訳ではない。


「だけど十年もした時には、さすがに俺ももうそうしなくてはならない、と思ったよ。確かにそこで仲間達や、………とそうしているのは、隠し事があったとしても、楽しかったんだ。だけど」

「だけど?」

「このままではいけない、と思った。だってそうだ。その時俺には仲間が三人居て、『彼女』を中に閉じこめて眠りについた俺の身体を、存在を守るためにそいつらはそのままその都市に残って、その都市を掌握した。そんなこと、似合いもしないのに――― だってそうだろキム、俺は歌い手だった。奴らは楽器の演奏者だった。それが、冗談じゃない量のはったりをかまして、そんなことをしてしまった。無理を環境のとんでもなさの中で通してしまったんだ。それがどれだけとんでもないことか俺も知ってる。そしてそれが十年も続いてしまった時、このままではいけないと思った」

「どうして」

「都市に来たばかりの頃の俺達は、生身の俺はまだ若かったよ。本当にね。だけどそれから十年も経てば、人間には、確実に時間がその上に積もっていくんだ。………は………の演奏者だった。それだけが自分の全てのように言っていた。そんな奴を、十年も、俺のせいで、そこに足止めしていたんだ。音を出すこともできず。ただ俺の居るその都市を守るためだけに。逃げればいいのに、と言ったことがある。そしたらあの馬鹿は、こう言ったよ。『だってお前はここから動けないんだろう?』馬鹿じゃないか全く」


 時々、ハルの指は組んだ手の上で不規則に動く。キムはそれに何となし目を取られていた。


「だけどそんな馬鹿だから」


 そして不意に気付く。

 耳を澄ます。聞こえない。

 聞こえない?


「だから俺は」


 口は、動いているというのに。


「俺の知っている、都市を元に戻す方法を実行したよ」

「それは成功したの?」

「したよ」


 短くハルは答え、うなづく。


「そして俺は、生身の身体を永遠に無くした」


 キムは息を呑んだ。


「俺のことはいい。俺は戻ってこないつもりだった。その『彼女』の居る空間に身体と一緒に閉じこめられて、永遠に眠る、それでもいいと思っていた。仕方ないと思っていた。それは俺のしたことに対するものだから。だけど、連れ戻しに来た馬鹿が居たから」

「連れ戻し…… そんなことができたの」

「できたの」


 説明はない。首領の話すことは、どれだけ理不尽に不可解に聞こえても、どうやら現実に「在った」ことらしい。キムは情報の受け取り方を切り替えた。


「そしてそいつは、あんたを取り戻した」

「そう」


 ハルは大きくうなづく。

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