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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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土くれの見た夢 秋/冬

くれないに染まる秋



 花がらが落ちれば、秋になる。

 冷たい風が駆け抜ければ、淡雪林はまたも色を変える。

 炎のような紅に、淡雪の葉が染まり。

 そして、流れ者の季節労働者たちが、どこからともなくやってきた。


 黄土色に染められた美しい衣をまとい、月句は、淡雪林を歩く。

 季節労働者たちが怠けぬよう、目を光らせているのだ。


「月句!」


 斜面の頂上まで足を運ぶなり、声をかけられる。

 月句の若き妻、水雉くいなが、月句を待っていた。

 手を振って、斜面を駆けのぼる。


「はいこれ、お昼ご飯にしよ。お父さんから、王都で取れた魚の酢漬けだって。あの人ほんと律儀なんだよねえ」

「踏鞴印の花蜜酒を一本、送らせよう」

「いいよいいよそんなの別に。いただきまーす」


 米粉の薄焼きに、魚の酢漬けを挟み、大きな口をあけ、手づかみで食べる。

 水雉にはそういうところがあった。

 得たのがこのような妻であって幸福だと、月句は思う。


「みんな一生懸命はたらいてるねえ。えらいえらい」


 斜面を見下ろした水雉が、訳知り顔にうなずいた。


「払いが良いからな。最近では、鋤治スキジ庄に季節労働者が寄りつかないそうだ」

「やるじゃん」

「やるのさ、私は」


 二人はわらった。


「あ、そうだ。子どもできた」


 その言葉はあまりにも何気なくて、月句は一瞬、うなずいてから、


「なんだと!?」


 立ち上がり、叫んだ。


「うわ、落とした。だめだよ、食べ物おとしちゃ」

「アオサギにでも拾わせろ! いまなんといった!」

「え? やるじゃん」

「その後だ!」

「やったじゃん」


 水雉が意地悪な笑みをうかべていて、からかわれていたのだと、気づく。

 月句はため息をつき、腰をおろした。


「冗談にしていいことと、悪いことがある」

「ごめんごめん。なんか照れくさくてさ。どういう顔で言ったらいいのか分かんなかった」

「こちらはたまったものではない」


 鼻を鳴らしてから、月句は、盗み見るように、妻の腹に目をやった。


「そ、その、動いたりするのか? つまり、赤子が、腹の中でということだが」

「まだだよ。でもさ、急に蹴られたらすごい怖いよね。だれだおまえ! ってなると思う」

「だれだもなにも、私たちの子だろうが……」

「うわ、呆れないでよ。冗談じゃん。そだよ、わたしたちの子どもだよ」

「お、おお……私たちの!」

「うん、わたしたちの」


 おだやかな水雉の笑みは、火稟に似て、母のもの。


 立ち上がった月句は、ぐるぐるせかせかと、早足でうろうろしはじめた。


「なんということだ。跡継ぎだ。これはなんというか……すごい話だぞ」

「あはは、すごい話だね」

「ああ、その、つまり……すごい話だな!」


 けらけら笑う水雉を、月句が抱き上げた。


「うひゃあいきなり持ち上げないでよ!」

「ああ、ありがとう、ありがとう、水雉! 私たちの手で、給地をより強く、よりすばらしいものとしよう! 父さまに、母さまに、ひとびと誰もが誇れるような、よき地としよう!」

「うん……うん!」


 妻を抱き上げ、その場でくるくると回りはじめた領主を、季節労働者たちが見上げ。

 すぐさま事態を察し、歓声をあげた。


「ご領主さまァ、お世継ぎですかい!」


 調子のいい男が、声を張り上げる。


「ああ、そうだ! 私たちの子が生まれるぞ!」

「こいつはめでてえ! お前らやい、今日からはいっそう気合い入れろ! 領主様はこれからますます金が要り用だぞぉ!」


 おう、と応じる労働者たちは、みな、笑顔を浮かべている。

 給地の行く末は、ただただ、かがやかしいばかり。

 誰もが未来をうたがわず、ありとあらゆるものが、すばらしく、正しいものに見えていた。

 燃えるような紅に染まる秋の淡雪は、この後に訪れる冬のことなど、まるで知らぬように、美しさを誇っていた。



 冬は白く、あたたかく



 冬は速やかに給地を包み込み、風には、わずかばかりの水気も失せる。

 給地に満ちていた季節労働者たちは、次の働き場を求め、南に下っていった。

 人気の失せた淡雪林は、深い紫色に包まれている。


「さむっ。さむっ」


 斜面の頂上で、水雉が、不満げにつぶやく。


「そう言うな。踏鞴家では、子どもが生まれたら、そろって初雪を見るものなのだ」

「それ次の子どもからやめない?」

「やめない」


 水雉はため息をついた。


「寒いよねえ、綸路も」


 腕の中でねむる、幼い我が子に呼びかける。

 魔王領から取り寄せた、毛織の産着にくるまれて、綸路は心地よいねむりの中にあり、答えを返さない。


 やがて斜面をのぼり、賽と火稟がやってくる。


「待たせてわりィな。寒川家給地に卸す鍋だの釜だの打ッてた」

「これでも急かしたのよ。賽は、これと決めたら動かないんだから」

「鉄に言え。俺に打たれてェってわめきやがる」

「こうだもの」

「父さまには、何を言っても無駄でしょう」


 むくれる賽と、ほほえむ月句。

 賽と火稟は、沼のほとりの元領主館に居を移し、鉄打ちと細工ものに精を出していた。

 踏鞴印の日用品は、どれだけ乱暴に使って決してこわれないと、ほうぼうで評判だ。


「賽さま、火稟さま、お久しぶりです」


 水雉が、子を抱いたまま、頭を下げる。


「ええ。水雉さんは、どう? はじめてのお子さんは大変でしょう」

「ほんとですよー。月句ったら、乳母をやとってくれないんですもん」

「子は母に育てられるものだ」

「おォ、全くだぜ」

「苦労を知りもしないで。男ってのは、みんなこうなんですね」

「そういうものよ」


 火稟と水雉は、あきらめたようにわらった。


「なにかあったら、おばあちゃんに言いなさい。いつでも助けに行くわ」

「おばあちゃんって、火稟さま、わたしより若く見えるんですけど」

「あら、ありがとう」


 家族は、言葉もすくなく、空を見上げた。

 分厚く、かがやくように白い雪雲が、空の一面をおおっている。


「お前が生まれたのも、こンな天気の日だッたなァ」

「私がですか。それは、苦労をおかけしました。寒い時期に生まれるとは、嫌がらせですね」


 賽に声をかけられ、照れかくしまじりに、月句が冗談を飛ばす。


「そうね。とにかく寒かったわ」

「おまけに産婆がイカれてやがッた」

「ちがうわ。あれはエルフの風習よ」

「今にもガキが生まれそォな女の口に、束ねた笹をねじ込むのが風習ッてかよ、えェ? 俺ァ思わず、あのババァをぶったぎるところだッたぜ」


 月句と水雉は顔をみあわせ、同時に胸をなで下ろした。

 王都から呼び寄せた産婆は、的確な動きで赤子を取り出した。

 なにより、水雉の口に、束ねた笹をねじこもうとはしてこなかった。


「んひゃっ」


 不意に、水雉が小さい悲鳴をあげた。


「いまなんか、鼻につめたいのが……あれ、綸路?」


 腕の中の綸路が、目をあけていた。

 空を見上げて、なにかに手を伸ばし、うれしそうに笑っていた。


 鉄じいさんが、手でひさしを作り、顔をあげた。


「初雪にゃァ間に合ッたな」


 はらはらと、小さな雪の粒が、ふってくる。

 美しく紅葉した淡雪の葉に、雪の結晶が落ちかかる。


 誰もがわけもなく心を打たれ、そのさまを、無言で見つめた。

 寒さに肩を寄せ合い、四人と一人で、並んでいた。

 父と母と子らは、息をひそめ、立っていた。


 初雪はあっけなくやんで、空には白く光る雲が残されたまま。


「なんか……思ったより、あったかいね」


 最初に口をひらいたのは、水雉。

 綸路はすぐに目をとじて、またねむっている。


「わたしにとって、冬は白く、あたたかいものだったわ。だって、月句が生まれたんですもの」

「俺ァ、柴木を集めるのに必死だッたなァ。おかげで寒さを感じてるヒマもなかッたぜ」

「綸路はえらいね、ちょうどいい季節に生まれてくれたね」


 ねむる我が子の、やわらかい前髪を、水雉がなでる。

 瞳を閉じたまま、綸路は、くすぐったそうに身をよじった。


「葉が落ちりゃァ、すぐに若芽だな」

「ぶどう酒色の春がきて、花がらが夏にたなびいて」


 歌うようなひびきで、火稟が、賽の言葉を引き取る。


「紅に染まる秋には、人々があふれ」


 月句も、母の言葉に調子を合わせた。


「冬は白くて、あったかい」


 最後に、水雉が。


 給地の歳月としつきは、淡雪とともに移ろう。

 生まれ、子を為し、わざを継ぎ、老い。

 人々の営みのすべてを、淡雪林は、静かに見守る。


 淡雪林を抜けたところで、火稟が立ち止まり。

 見上げる斜面に、深く頭をさげた。

 それを、言葉もなく、誰もが真似た。

 かがやくように白い、くもった冬の昼下がり。


 大陸から運ばれ、枝を落とされ、幹を削られ、それでも無言で、淡雪は、ただ、そこに在る。


「父さま、母さま。淡雪は、私を許してくれるだろうか?」


 ふと、月句は、そうたずねた。

 火稟はなにも言わずに、ほほえんで。

 賽は、思わず、口を開いていた。


「許すさ。お前は昔から、火稟に似て優しい子だ」


 それから二つの家族は、手をつなぎ、それぞれの領主館へと戻っていった。

 ふたたびの春を、愛する者のかたわらで待つために。




「……さま」


 声ははるか遠くから聞こえた。


「踏鞴様」


 頭にかすみがかかっているようだった。

 手足を動かそうとして、やけに重たい。


「水雉……」


 妻の名を呼び、目を開ける。

 闇がぼんやりとわだかまる、くすんだ梁材が目にはいる。

 踏鞴月句は、ふたたび、現実のただなかに投げ込まれていた。


 側にあり、自分の名を呼ぶのは、水雉でも綸路でもない。


「河笊、か」


 口をひらき、自分の声がこうもしわがれていることに、おどろく。

 目覚めてしばらくは、いつもこうだ。

 夢の中の自分と、現実の自分の、釣り合いが取れないでいる。


「本日は例の商人による饗宴がございます。いかがいたしましょう」


 どちらでもよかった。

 というより、全てが、月句にとってはどうでもよかった。

妻は不貞をはたらき、子は逃げ出し、母は、自らの手で殺した。

 希望の一切が絶たれた今、月句にとっての安らぎとは、ただ夢を見ている時間のみ。


 身を起こして、重たい頭が落ちてきそうになるのを、手で支える。

 これだけの所作だが、心臓が、はじけるようなすさまじい速度で鼓動した。

 んだ心が、身体からだを動かしつづけるのを、あきらめてしまったかのようだ。


「どこで、なにを」


 考えがまとまらず、言葉が断片的になる。


「はい。本日これよりの饗宴は、鉄じいさんなるものの住む、沼のほとりのちっぽけな一軒家にて行われると聞いております。商人より、二頭立てのカピバラ車を借り受けました」

「沼の、ほとり、だと」


 心当たりは、一軒のみ。

 商人は、元領主館にて、宴を饗する心づもりなのだ。


「いかがいたしましょう、踏鞴様」

「…………行こう」


 ささいな気まぐれだろうか。

 それとも、今になって、領主たるものの責任とやらに、思い至ったのだろうか。

 自身にも分からないままで、月句は言った。


 カピバラ車に揺られながら、月句は、ふと思いいたった。

 夢の残響に、郷愁を呼び起こされたのだと。



 カピバラ車はさしたる揺れもなく、今や失われた、元領主館への道をのぼっていった。

 草に埋もれていたこの道は、饗宴が行われると決められた日より、村人の手が入った。

 草を抜き、石くれを掘り、総出で踏みかためたのだという。

 河笊が語るのを、聞くともなしに聞いている内、窓の外に、ひどく懐かしい、元領主館があらわれた。

 あのころのまま、草がぼうぼうに生いしげった、日も射さない、みじめな場所だった。


 河笊に手を取られ、よろよろと、カピバラ車を降りる。

 ぼろぼろの引き戸の向こうがわ、そこには、あまりにも目になじんだ空間が、広がっている。


 赤く染められた絹。

 床に敷かれた葛布。

 安っぽい筆致の肖像画。

 天板の薄い、貧乏くさい机。

 古くさくて座りづらそうな椅子。


「これ、は……」


 夢の中にいて、自らがまだ幼子なのだと、月句はわずか錯覚した。


「いらっしゃいませ。お待ちいたしておりました」


 声をかけられ、目の前に、白神の料理人。

 つば付きの帽子を手に取って、ふかぶかと、おじぎしている。


「本日この饗宴を承りました、紺屋こうや康太こうたと申します」

「我が『ピーダーとネイデル、クエリアの合同会社』の饗宴にお越しいただき、まことにありがとうございます」


 白神の横には、商人の童女。

 

「では、こうたよ」

「はい。お席についてお待ちください。食前酒をお持ちいたします」


 夢と現実が、奇妙にいりまじったような感覚だった。

 ぼんやり、机の上のしみを見つめていた。


「久しぶりじゃねェかよ、えェ?」


 顔をあげる。

 気づけば父親が、はす向かいに座っていた。

 これが現実なのだと、それではっきり、理解する。


「……なぜ、貴様が、ここにいる」

「さァな、俺も知らねェよ。一つはッきりしてるのは、手前ェがまた暴れ出した時、踏鞴印のまさかりには、ことかかねェってことだけだ」


 父は憤然と子をにらみつけた。

 子はたちまちの内に興味をうしない、うつろな瞳で、壁にかかった肖像画を見つめた。


「お待たせいたしました。スパークリングどぶろくでございます。ピスフィ様にはこちら、松葉サイダーを」


 ガラスのカップに注がれているのは、真っ白く、ぱちぱちと発泡する酒だ。


「おゥ。いただくぜ」


 賽が、カップの中身を一息にあける。


「んン……うめェなァ、こりゃァ。酸味が鋭くて、発泡がうれしィじゃねェか」

「ええ、そうでありますね。この酸と泡が舌をひらかせ、その後の味を楽しませるのです」


 兎人うじんの女が、ふかぶかとうなずいた。

 その隣、商人の童女は、琥珀色の飲み物をのんでいる。


「うむ、佳き味じゃ。では、こうたよ。料理を持ってまいれ」

「はい」


 白神の料理人が、ついたての向こうに消える。

 月句は、肖像画を、にらむように見つめている。

 そうしていれば、いずれ夢の世界に戻れるのだとでも言いたげな、真摯さで。



 そして僕は、うすぐらい台所で、ゆっくりと深呼吸をする。

 元領主館は人払いしたから、この台所にいるのは、僕ひとり。

 榛美さん、悠太君、松切り番さん、賛歌さん……

 この戦場いくさばには、だれもいない。

 だけど。


「みんなで、いっしょにつくろう。僕たちの料理をつくろう」


 だけどここには、みんながいる。

 そのことを、僕は知っている。


 饗宴が、はじまる。

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