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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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土くれの見た夢 春/夏

 この世界のドワーフには、自前の創世神話があるのだという。

 もちろん、これがおかしな話であることは言うまでもない。

 この世界では、ヒトからドワーフが生まれたり、ドワーフからエルフが生まれたり、エルフから竜人が生まれたりするのが、当たり前。

 したがって、


『ドワーフにつたわる創世神話』


 というのは、


『佐藤姓の人たちにつたわる創世神話』


 ぐらい意味不明だからね。

 とはいえ、ドワーフにかぎらず、それを信じている人たちがいるのはまちがいのない事実だ。


 その創世神話によれば、ドワーフというのは、山の土くれが見た夢から産み落とされたらしい。

 ゆえに、ドワーフたちは、夜ごとに見る夢を共有しているのだという。

 なんだかロマンチックなお話だ。


 とあるドワーフが見た夢の話をしよう。

 四つの季節とスモークツリーに彩られた夢の話を。



 ぶどう酒色の春



 踏鞴家給地のエルフたちは、中つ国の南西に存在する、神秘的な高原からやってきたという。

 彼らの宝たる淡雪あわゆきも、高原から大陸を突っ切り、遠路はるばる半島まで持ちこまれたということだ。


「してみるとよォ、火稟かりん。エルフにとッちゃァ、こいつはよッぽどの宝なんだなァ」


 踏鞴家給地の若き領主、踏鞴たたらさいは、斜面に寝転がって、春の空を見上げながら言った。


「エルフは老いを知らないのよ、賽。だから、移り変わるものを愛するの」


 ぶあつい剣鉈で枝を落としながら、振り返らず答えるのは、ひとりのエルフ。

 黒い髪は陽の光をあびて輝き、ぶどう酒色の葉と並べば、息を呑むような美しさ。

 踏鞴火稟。

 賽と契り、とわの愛を誓ったエルフの女性だった。


 斜面を見下ろせば、そこは一面の淡雪林。

 春にはぶどう酒色の葉、白い枝が目に快い。


「ドワーフだッてたいがい歳をくわねェもンだがな」

「それは、あなたが鉄を愛しているから。変わらなければ変わらないほど、鉄はすぐれているのでしょう?」

「ちげェねェやな」

「おとうさん! かっこいい虫みつけた!」


 寝そべった賽の腹に飛びのって、甲高い声をあげるのは、幼子のドワーフ。

 そのてのひらの上で、ちいさな昆虫が、よたよたと這っている。


「おォ、そォか。よく見つけたじゃねェか、月句げっく


 賽は目をほそめ、わが子の頭を、大きな手でくしゃくしゃとなでた。

 興奮した月句が、戦利品をぎゅっとにぎりしめ、振りまわす。


「月句。はなしてあげなさい」


 やさしい声で、火稟が、月句をたしなめる。


「どうして? ぼくが見つけたのに。これはぼくのものだよ」

「だれであれ、なにかの命を、自分のものにはできないのよ」


 月句は、ひどく不服そうにほほをふくらませ、母を見上げた。


「でもお母さんは、枝を切ったりしてるもん。それとちがわないよ」


 息子の思わぬ反撃に、火稟は目をまるくした。


「はッはッはッ! まッたくだなァ!」

「ちょっと、賽。笑わないの」


 おだやかに賽をたしなめた火稟は、しゃがんで、月句に目線をあわせる。


「そうね。お母さんは、こうして、淡雪の枝を切っている。でも、それがどうしてだか分かる?」


 剪定した枝を、月句の髪にそっと通す。

 むくれたままの月句は、頭を乱暴に振って、枝をふりおとした。


「お母さんは、淡雪が生きるための手助けをしているのよ」

「てだすけ?」

「細い枝や弱い枝があると、日当たりも風通しも悪くなって、淡雪は弱ってしまうの。だから、こうして枝を落とすのよ。

 わたしたちは、淡雪とのあいだに言葉を持たないわ。でも、そうであるからこそ、耳をすますの。音のない声を、聞くために」


 月句は、幼いなりの真剣さで母の話に耳をかたむけた。

 それから淡雪を見上げて、しばらく息もせずに無言でいたあと、


「まだ聞こえない」


 そう言った。

 火稟と賽は声をあげて笑い、それから、二人して月句の頭をなでた。

 かたくにぎりしめていた小さなこぶしをほどくと、一匹の虫は、再びよたよたと月句のてのひらの上を這いまわりはじめた。


「こまってる」


 月句は泣きべその顔で、賽に助けをもとめた。


「お父さん、虫がこまってる」

「指を一本、立ててやるンだよ」

「……こう?」


 人差し指をぴんと立てた賽を、月句が真似る。

 這いまわっていた虫は、月句の人差し指のてっぺんまでのぼっていき、大きく羽根をひろげて飛びたった。


「わあ……!」


 三人が見上げる空に向かって力強く羽ばたいた虫が、あっという間に、見えなくなる。

 長いこと空を見つめていた月句だが、ふっと目を落とし、地面に転がる枝に目をやった。


「でも、切られた枝はかわいそうだね」


 火稟は枝を持ち上げて、白くたよりない樹皮に、指をすべらせた。

 ぶどう酒色の魔法陣が、瞳の奥に浮かび上がる。


「蜜よ、蜜――

 あなたは愛の運び手にして、狡猾な罠。

 あなたは甘く、そして苦い。

 蜜よ、蜜。

 わたしの声は、溶かす。

 魔述に応え、したたりなさい」


 薄茶色の液体が樹皮からにじみ出て、ぽたりと垂れる。

 賽はその液体を、小瓶で受けた。


「それ、なに?」

「この汁で、カピバラの皮をなめすンだよ。捨て値で買い付けた皮が、いい金になる」

「踏鞴家給地は、いつもお金がないものね」

「言うンじゃねェよ。いつかてめェらを楽させよォって、俺ァ必死なンだ」


 月句は、耳元にもってきた小瓶を振って、ちゃぷちゃぷと音が鳴るのをたしかめた。


「切られた枝が、それでよろこんだり、わたしたちのことを許してくれるかどうかは、分からないけれど」


 火稟はそう前置いて、斜面をみおろした。

 一面の淡雪は、春のやわらかい風に、ぶどう酒色の葉をあそばせている。


「だけどね、わたしたちはいつも、ありがとうって思っているのよ。こうやって、今日も美しくいろづいてくれて、ありがとうって。

 なるべくたくさん触れて、なるべくたくさん使って、そうすることで、分かってもらおうとするの」

「木なのに?」

「木だからよ」


 月句はふたたび、空を見上げた。


「それじゃあ、かっこいい虫は、ゆるしてくれたかなあ? ごめんねって思って、たすけたいって思ったんだ」

「許してくれたかどうかは、だれにも分からないわ」


 ときにエルフの言葉は謎めいていて、幼い月句にはむずかしすぎた。


「それでも、分かってもらおうとし続けるの。許してもらおうとし続けるの。月句、なにかの傍にいるというのは、それをずっと、ずうっと、死ぬまで繰り返すことなのよ」


 月句にとって、母や父が自分を分かっているのは、自明のことだった。

 母のつくる料理はいつもおいしくて、花蜜と豆乳ヨーグルトで作ったソースに漬けこんだ鳥を焼き上げたものなんて、食卓にそれが並んでいるだけで、夜ねむれなくなるぐらい興奮した。

 父が鍛冶仕事の時に見せてくれた、熱せられた薪がわずかのあいだ虹色に光る、あのかけがえのない瞬間は、月句のいちばんの宝物だ。

 世界は広くて、いろいろなものがあるというのに、父と母はいつだって、月句にぴったりのものばかり見つけだしてくれるのだ。


「そっか。お父さんもお母さんも、ずっとつづけてるんだ」

「そォなンだよ。えれェもンだろ?」

「賽は月句にまで照れかくしをするのね」


 火稟に言われて、賽は、ばつのわるい表情をうかべる。


「見抜くンじゃねェよ」

「あなたのこと、分かろうとし続けているもの。あなたがわたしに、そうしてくれているのと同じぐらい」


 月句が、ちいさな手をのばした。

 賽と火稟の、あたまをなでた。

 賽がそうするように、くしゃくしゃと。

 火稟がそうするように、やさしく。


「お父さんもお母さんも、えらいね」


 顔をみあわせて小さく吹き出した賽と火稟は、なでられるがままに肩をよせあい、ぶどう酒色の春に目と耳をかたむけた。



 夏にたなびく



 エルフの宝たる淡雪――またの名を、スモークツリー――にはいくつかの変わった点があり、そのどれもが珍重された。

 ひとつには、葉と樹皮からタンニンがとれ、動物の皮革をそれでなめせた。

 ひとつには、タンニンと鉄をあわせて、黒く消えぬ没食子もっしょくしインクが作れた。

 ひとつには、幹から染料が取れた。

 けれど、エルフたちがなによりも大切にしていたのは、その花の咲き誇りようだった。


「毎年のことながら、壮観ですね、父さま」

「あァ。エルフの宝ッてのも、見りゃァ納得だぜ」


 斜面に肩をならべるのは、賽と月句。

 成人した月句の上背は、賽よりも少し大きい。


 二人が見下ろすのは、斜面いっぱいにひろがる淡雪林。

 夏の風に吹かれて花がゆれる様は、霞がたなびくよう。


 初夏に咲いた可憐な黄色の花は、枯れるにつれ、羽毛のようにふんわりとふくらむ。

 夏ごろになれば、白くふわふわとした花がらが、斜面を覆った。

 スモークツリーの名にふさわしい、それは見事な光景だった。

 まだ夏は浅く、霞の間に、ぽつりぽつりと、小さな黄色い花が残っている。


「花が消えりゃァ、今度は染料だ。月句よ、今年は大丈夫だろォなァ、えェ?」


 月句は、賽の言葉に苦笑を浮かべた。


「去年のことは、私のせいではありませんよ。鋤治スキジ庄で豊作があって、季節労働者がそっちに行ってしまったんです」

「だからッて、土地のもンをかき集めるわけにもいかねェさ」


 染料とインクは、踏鞴家給地の財政を支える二本柱だ。

 中つ海のはるか遠く、アロイカの貴族たちは、踏鞴家給地からやって来る染料なしには、王宮にも足を運べないほどだという。


「父さま? なにかおかしいですか?」


 問われて賽は、自分がわらっていたことに気付く。


「あァ、な。大したもンじゃねェかと思ッてよ」

「たしかに、たいしたもんです。あんなに大きな家に住めるようになるとは、小さい頃は思ってもいませんでしたよ」


 月句は満足げなうなずきを返す。

 ちかごろ落成した領主館は、カイフェ王都の意匠をふんだんに取り入れた、実に豪奢なものだった。


「沼のほとりの、こぎたねェ掘立小屋に住んでいたのがな」

「いまではもっとも貧しい者まで、ヒノキの家に住んでいるわけですからね」


 ひとりのドワーフが押し付けられた土地に、今では全てがあった。


「此度の縁談、受けようと思います」


 おもむろに、月句が切り出す。

 カイフェ王都に邸宅を持つ黄光きびかり家との縁談が、このころ、持ち上がっていた。


黄光きびかり家かァ。俺が鉄を打ッていた頃は、良い噂を聞かなかッたがなァ」

「それでも、給地には必要なことです。水雉くいな嬢は社交のよろずに通じておいでのお方。私たちに足りないものを、補ってくれることでしょう」

「それでお前は、幸せになれンだな?」


 月句はおだやかにほほえんだ。


「さて、どうでしょう。これでも女性の扱いは心得ているつもりですが」

「貧乏領主のぼんくら息子が、エルフの娘さンがたを、ずいぶんと泣かせたらしィじゃねェかよ、えェ? 間違いねェ、そいつァ俺の血だぜ」

「好きあって、一緒にいて、最後には嫌いあっただけのことですよ。遊んだつもりはありません。しかし、母さまには、くれぐれもご内密にお願いします」


 賽は、村中に響くような大声でわらった。


「この地を強く、鋼のように鍛え上げ、いずれは一つの庄として、独立を。私は、見える限り全てを、私たちのものとしたいのです」

「そりゃァ、先は長ェな」

「ええ。私の代ではたどり着けないことでしょう。それでも、ここには全てがありますから」

「あァ。そォさ。ここには全てがある」


 淡雪林を見下ろして、父と子は、しばし、無言でいた。

 来し方と行く末に、思いをはせて。


「男が二人で、なんのお話かしら?」


 花の霞の合間から、火稟が姿をあらわした。

 賽は肩をすくめ、そっぽを向いた。


「なンでもねェさ。花がきれいだねだの、その程度の話だよ」

「どれだけ長く生きても、嘘の付き方だけはうまくならないのね」


 火稟はわらって、月句と賽の手を取った。


「さあ、夕餐ゆうさんの準備よ。カラシナ摘みを手伝ってちょうだい」

「そンなもン、誰かにやらせりゃァいィじゃねェかよ」

「あら、だめよ。いいカラシナを見つけるのは、わたしたちがいっとう得意なんだから」


 月句は一拍無言でいてから、


「給地の、この先についてのお話ですよ、母さま」


 淡雪の枝をひとつやりすごし、口を開いた。


「この先?」

「ええ。外貨を得て、森を拓き、兵を置き、冊封の立場となる。踏鞴庄として、この地に、私たちの郷を。全てを、我が手に。それが、給地のこの先です」


 立ち止まった火稟が、髪をなびかせ、振り返る。

 白い花がらの向こうにあって、賽と月句に、その表情は読みとれない。


「それはすてきなことね。たとえ、エルフの考え方とは、相容れないとしても」

「母さまは反対ですか?」

「いいえ。得られるものは、大きければ大きいほど、すてきなことだと思うわ。エルフには、大きなお屋敷も立派な国も、必要ないというだけのことよ。うつろう四季と、その恵み。それだけで十分なの。夏にたなびく、淡雪だけで。

 でも、月句。あなたは、あなたが幸せになれると思う道を、進みなさい。わたしは、そばにいるわ」


 月句は、深く頭をさげた。


「ありがとうございます、母さま」


 淡雪の向こうから、ほほえみを浮かべた母がやってきて、ふたたび、賽と月句の手を取る。


「さあ、カラシナをあつめにいきましょう。つぶすのはあなたの役目よ、賽」

「うへェ、勘弁しろや。目に染みてたまらねェ」

「しかし、母さまの鳥に酢漬けのカラシナがなければ、きわめて味気ないことになりますからね。父さま、ドワーフの豪腕を私たちにお見せください」

「けッ。そのよく回る口で、エルフの娘さんどもを泣かせてきたンだろォなァ手前ェはよ、えェ?」

「父さま! それは言わない約束でしょう!」

「泣かせてきた? 月句、どういうことかしら?」


 笑みながらも、怒りをまとった母の声が、月句を震え上がらせる。


「なんでもありませんよ、母さま! さあ、カラシナです! まったく領主の仕事というのは大変ですね!」


 あわてて駆けだした月句の後ろ姿に、賽と火稟は、声をあげてわらった。

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