よきごはんと、よき環境
ところは鉄じいさんの家。
元領主館と呼んだ方が、文脈には沿っているだろうか。
今は村人総出で、居室の片づけをしているところだ。
「なンだッて、こンなところで宴会なンぞやりやがるんだ」
さっそく悪態をつくのは、鉄じいさん。
「それはもちろん、鉄じいさんにも、饗宴に参加してもらうからですよ」
「はァ? どういう冗談だ、そりゃァ?」
「康太さん! この絵、ここにかければいいですか?」
「うん、榛美さん、お願いします」
「おいおい、そンなもン、どッから見つけだしてきやがッた……」
ひと一人分ぐらいある、巨大な油絵。
金泥のほどこされた額に収められているのは、親子三人の肖像画。
「領主様の倉庫の中に放り込まれてましたよ。しっかしまあ、若ぇ頃の領主様ってのは、ずいぶんと男前ですな」
讃歌さんが笑い、鉄じいさんはむくれた。
若いドワーフと、黒髪の美しいエルフに挟まれて、あどけない表情の息子。
鉄じいさんと、その妻である火稟さん、そして月句を描いたものだろう。
「淡雪のおかげで暮らし向きがよくなッた頃、描かせたもンだ。季節労働者の中に、絵心のある奴がいてな。てッきり、捨てちまッたもンかと思ってたぜ」
苦々しげな口ぶりで、絵を見上げる鉄じいさんの瞳は、なつかしげで、いとおしげだ。
「踏鞴様、壁に布を張ります。邪魔です」
「お、おォ? すまねェ」
ピスフィが持ち込んだ、赤い絹。
これを、葛乃さんが、天井から壁に垂らしていく。
「幅木の旦那はおめえ、どうしたんだよおめえ」
床の汚れをのみで削り落としているのは、足高さん。
「田んぼに出ています」
またも幅木さんとは出会えず、だ。
「こンなジジィを饗宴の場に引きずり出すッてェのは、どういうつもりだよ、えェ?」
「どうもこうも、あなたはご領主の血族じゃろう。おかしなことではない」
ピスフィにぴしゃりと言われて、鉄じいさんはたじろいだ。
「だ、だがよォ」
「あなたは、こうたの作るおいしい料理を食べておればよい。そうじゃろう、こうた」
「その通りですよ。今日はおいしいものをたくさん作りますから」
「なにしろ康太さんのつくる料理ですからね!」
もちろん、意図はある。
だけど、鉄じいさんにそれを伝え、そのとおりに振る舞ってもらうのでは、ある意味、月句を罠にかけるようなものだ。
それで、いいのかもしれない。
だけど、フェアではない。
「貫きてェ意地があるか、手前ェにも」
鉄じいさんが言って、僕はうなずいた。
「まァ、手前ェのわがままは、今にはじまッたことじゃァねェ。付き合ッてはやるが、結果は知ッたこッちゃねェからな。
一刻あッて、ここに月句の死体が転がッていよォと、文句言うんじゃねェぞ」
鉄じいさんは、妻の死と、息子の狂態を、乗り切ったとは言わないまでも、割り切ってはいる。
だから、協力してくれるとは思っていた。
だけど、心の傷も後悔も、きっと消え失せてはいない。
月句と鉄じいさんが、和解とまではいかないけれど、殺意を向けあうような関係ではなくなってくれれば、いいと思う。
僕の料理が、そんなことを可能にするだけの力を持っているかどうか。
そんなことは、わからないけれど。
「白神! 松切り番はテーブルを持ってきた!」
「椅子もな」
「ああ! 悠太は四つも椅子を持ってきた! それはえらいことなのよ!」
「うるせえな。テーブルの方がどう見ても大変だろ」
松切り番さんと悠太君が、椅子とテーブルを持ってきてくれた。
なんだかんだ、この二人がいっしょにいるところを結構見るなあ。
「ありがとう、助かるよ。床に敷物をしくから、ちょっと待ってて」
テーブルが据えられて、できあがった空間を、入り口から眺めている。
肖像画と、赤い絹。
床には平織りの葛布を敷いて、その上にテーブル。
テーブルを、台にのせたオイルランプで囲む。
テーブルの上には、蜜ろうのろうそくが三つ、等間隔に。
「……懐かしィ姿じゃねェか」
「再現できてますか? 昔のカイフェ貴族の居室について、ピスフィに聞いたんです」
「とすりゃァ、ノーブルの嬢ちゃんよ。手前ェはよくもまァ、役に立たねェ知識をため込みやがッたもンだな」
「ほめ言葉じゃの」
「へッ。そう聞こえたなら好きにしやがれ」
領主館としての見栄えは、ととのった。
インテリアの部分は、これで完了だ。
「ずいぶんと趣向を凝らしたものじゃの」
「ええ。よきごはんには、よき環境が必要ですからね。場末の薄汚い料理屋には、豆と内臓のスープがよく似合うものですけれど」
「夜会には装飾菓子の一つも並べるべき、というわけじゃな」
ピスフィが、僕の言葉を引き継いだ。
「なんでしたっけ、下つ国山脈の山嶺に住まう、鱗なき銀竜だかなんだかを、飴細工にして」
「最後は、もっとも歳かさの独身女性に、棍棒で叩き割ってもらうのじゃな」
「え、こわ。なんですかその風習」
「冗談じゃ」
「わかりづらいなあ」
ピスフィも、真顔で冗談を言うタイプなんだよなあ。
そういうの大好きです。
さてさて、以前にも少しお話したフランスの外交官、タレイラン。
彼は食卓外交のため、ばかげて巨大なお城と、ばかげて優秀な料理人を用意したという。
よきごはんとよき環境の極北だ。
ミリシアさんのため、椅子とテーブルを探し回ったことと、本質的には変わらない。
もっと言えば、居酒屋『ほのか』を経営していた頃ともね。
たとえば、いい感じの和紙、いい感じの水性ペン、いい感じのラミネートフィルム、いい感じのラミネーター。
四つが揃えば、見るだけで注文したくなる『本日のおすすめメニュー』ができあがり。
「踏鞴様は、陽が沈む頃にいらっしゃる。仕込みはどうじゃ」
「万全ですよ」
パーティションでさえぎられた、台所に移る。
榛美さん家から運び込まれた冷蔵庫。
炭があかあかと燃えるかまど。
この日のためにつくった、調理器具。
深呼吸ひとつ、包丁を手に取った。
密に詰まった鋼の重さが、たのもしい。
僕に、料理に、なにができるだろうか。
月句の心に、とどくだろうか。
幸福な夢と眠りを醒ますだけの力が、あるだろうか?
月句が夜ごと見る夢のことを、思う。
つけいる隙なくゆたかで、文句ひとつなく完璧だった時代のことを、思う。
孤独なドワーフは、どんな夢を見たんだろう?




