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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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よきごはんと、よき環境

 ところは鉄じいさんの家。

 元領主館と呼んだ方が、文脈には沿っているだろうか。

 今は村人総出で、居室の片づけをしているところだ。


「なンだッて、こンなところで宴会なンぞやりやがるんだ」


 さっそく悪態をつくのは、鉄じいさん。


「それはもちろん、鉄じいさんにも、饗宴に参加してもらうからですよ」

「はァ? どういう冗談だ、そりゃァ?」

「康太さん! この絵、ここにかければいいですか?」

「うん、榛美さん、お願いします」

「おいおい、そンなもン、どッから見つけだしてきやがッた……」


 ひと一人分ぐらいある、巨大な油絵。

 金泥のほどこされた額に収められているのは、親子三人の肖像画。


「領主様の倉庫の中に放り込まれてましたよ。しっかしまあ、若ぇ頃の領主様ってのは、ずいぶんと男前ですな」


 讃歌さんが笑い、鉄じいさんはむくれた。


 若いドワーフと、黒髪の美しいエルフに挟まれて、あどけない表情の息子。

 鉄じいさんと、その妻である火稟さん、そして月句を描いたものだろう。


「淡雪のおかげで暮らし向きがよくなッた頃、描かせたもンだ。季節労働者の中に、絵心のある奴がいてな。てッきり、捨てちまッたもンかと思ってたぜ」


 苦々しげな口ぶりで、絵を見上げる鉄じいさんの瞳は、なつかしげで、いとおしげだ。


「踏鞴様、壁に布を張ります。邪魔です」

「お、おォ? すまねェ」


 ピスフィが持ち込んだ、赤い絹。

 これを、葛乃かずらのさんが、天井から壁に垂らしていく。


「幅木の旦那はおめえ、どうしたんだよおめえ」


 床の汚れをのみで削り落としているのは、足高さん。


「田んぼに出ています」


 またも幅木さんとは出会えず、だ。


「こンなジジィを饗宴の場に引きずり出すッてェのは、どういうつもりだよ、えェ?」

「どうもこうも、あなたはご領主の血族じゃろう。おかしなことではない」


 ピスフィにぴしゃりと言われて、鉄じいさんはたじろいだ。


「だ、だがよォ」

「あなたは、こうたの作るおいしい料理を食べておればよい。そうじゃろう、こうた」

「その通りですよ。今日はおいしいものをたくさん作りますから」

「なにしろ康太さんのつくる料理ですからね!」


 もちろん、意図はある。

 だけど、鉄じいさんにそれを伝え、そのとおりに振る舞ってもらうのでは、ある意味、月句を罠にかけるようなものだ。

 それで、いいのかもしれない。

 だけど、フェアではない。


「貫きてェ意地があるか、手前てめェにも」


 鉄じいさんが言って、僕はうなずいた。


「まァ、手前ェのわがままは、今にはじまッたことじゃァねェ。付き合ッてはやるが、結果は知ッたこッちゃねェからな。

 一刻あッて、ここに月句の死体が転がッていよォと、文句言うんじゃねェぞ」


 鉄じいさんは、妻の死と、息子の狂態を、乗り切ったとは言わないまでも、割り切ってはいる。

 だから、協力してくれるとは思っていた。

 だけど、心の傷も後悔も、きっと消え失せてはいない。

 月句と鉄じいさんが、和解とまではいかないけれど、殺意を向けあうような関係ではなくなってくれれば、いいと思う。

 僕の料理が、そんなことを可能にするだけの力を持っているかどうか。

 そんなことは、わからないけれど。


「白神! 松切り番はテーブルを持ってきた!」

「椅子もな」

「ああ! 悠太は四つも椅子を持ってきた! それはえらいことなのよ!」

「うるせえな。テーブルの方がどう見ても大変だろ」


 松切り番さんと悠太君が、椅子とテーブルを持ってきてくれた。

 なんだかんだ、この二人がいっしょにいるところを結構見るなあ。


「ありがとう、助かるよ。床に敷物をしくから、ちょっと待ってて」


 テーブルが据えられて、できあがった空間を、入り口から眺めている。

 肖像画と、赤い絹。

 床には平織りの葛布を敷いて、その上にテーブル。

 テーブルを、台にのせたオイルランプで囲む。

 テーブルの上には、蜜ろうのろうそくが三つ、等間隔に。


「……懐かしィ姿じゃねェか」

「再現できてますか? 昔のカイフェ貴族の居室について、ピスフィに聞いたんです」

「とすりゃァ、ノーブルの嬢ちゃんよ。手前ェはよくもまァ、役に立たねェ知識をため込みやがッたもンだな」

「ほめ言葉じゃの」

「へッ。そう聞こえたなら好きにしやがれ」


 領主館としての見栄えは、ととのった。

 インテリアの部分は、これで完了だ。


「ずいぶんと趣向を凝らしたものじゃの」

「ええ。よきごはんには、よき環境が必要ですからね。場末の薄汚い料理屋には、豆と内臓モツのスープがよく似合うものですけれど」

「夜会には装飾菓子ピエスモンテの一つも並べるべき、というわけじゃな」


 ピスフィが、僕の言葉を引き継いだ。


「なんでしたっけ、下つ国山脈の山嶺に住まう、鱗なき銀竜だかなんだかを、飴細工にして」

「最後は、もっとも歳かさの独身女性に、棍棒で叩き割ってもらうのじゃな」

「え、こわ。なんですかその風習」

「冗談じゃ」

「わかりづらいなあ」


 ピスフィも、真顔で冗談を言うタイプなんだよなあ。

 そういうの大好きです。


 さてさて、以前にも少しお話したフランスの外交官、タレイラン。

 彼は食卓外交のため、ばかげて巨大なお城と、ばかげて優秀な料理人を用意したという。

 よきごはんとよき環境の極北だ。

 ミリシアさんのため、椅子とテーブルを探し回ったことと、本質的には変わらない。

 もっと言えば、居酒屋『ほのか』を経営していた頃ともね。


 たとえば、いい感じの和紙、いい感じの水性ペン、いい感じのラミネートフィルム、いい感じのラミネーター。

 四つが揃えば、見るだけで注文したくなる『本日のおすすめメニュー』ができあがり。

  

「踏鞴様は、陽が沈む頃にいらっしゃる。仕込みはどうじゃ」

「万全ですよ」


 パーティションでさえぎられた、台所に移る。

 榛美さん家から運び込まれた冷蔵庫。

 炭があかあかと燃えるかまど。

 この日のためにつくった、調理器具。

 深呼吸ひとつ、包丁を手に取った。

 密に詰まった鋼の重さが、たのもしい。


 僕に、料理に、なにができるだろうか。

 月句の心に、とどくだろうか。

 幸福な夢と眠りを醒ますだけの力が、あるだろうか?


 月句が夜ごと見る夢のことを、思う。

 つけいる隙なくゆたかで、文句ひとつなく完璧だった時代のことを、思う。

 孤独なドワーフは、どんな夢を見たんだろう?


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