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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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魔大陸におけるフードコーディネーターのマキベリーを巡る冒険

 帰路のカピバラ車にて。


「嬢よ、褒めてください。私は踏鞴月句を切り捨てませんでしたよ」

「はががが」

「ありがたいお言葉であります」


 ピスフィが口を大きくひらいて、ミリシアさんがそれをのぞき込んでいる。


「もっとお口を大きくひらいてください」

「はががが」

「ごもっともであります。しかし、この私が傷のありさまを確かめなければ……うん、問題ありませんね。では、これをお召し上がりください」


 ミリシアさんが、ピスフィのてのひらに、なんだかつぶつぶしたものを置いた。

 ブルーベリーかなんかの、ドライフルーツっぽい見た目だ。


「こちらは魔大陸の南部に産する果実を、乾燥にしたものだ。フードコーディネーターの白神が、擾嵐じょうらん半島で見つけだしたものだという」


 え、いきなり情報量が多い。

 新しい地名はともかく、フードコーディネーターの白神ってなに。

 そういう民間資格があるのは知っているけど。


「康太よ、一つ食べてみるか?」

「はい、いただきます」


 一粒いただいて、口に放り込んでみる。

 甘酸っぱくて、果肉はやわらかく、かみしめると、がりっと音がした。

 うっかり種を噛みつぶしてしまい、口の中に、タンニンっぽい渋みが広がる。


「これ……マキベリーだよなあ」


 食に興味のある方だったら、ご存じかもしれない。

 マキベリーは、ホルトノキ科の木に実る果物だ。

 なんでぴんと来たかと言えば、『フードコーディネーターの白神』というヒントがあったから。

 マキベリーは、昨今はやりの『スーパーフード』の仲間なのだ。

 スーパーフードとは、ざっくり言えば、身体にいい成分がたくさん含まれた食べ物のこと。

 身近なところではソバやカカオ、アーモンドが仲間入りしている。

 フードコーディネーターであれば、放っておけない存在だろう。


 種をがりがりと噛んで飲み込み、考えることしばし。

 この酸味と甘み、タンニンの渋み……なにかに似ているなあ。


「ピスフィ、これを少し分けてもらえませんか?」

「好きなだけ使うがよい」

「嬢! この一粒は、同量の銀と等価でありますよ!」


 え、昔の香辛料みたいな扱いなのこれ。

 ホルトノキ科だから、照葉樹林帯をうろつけば、似たような木が見つかると思うけど。


「とすれば、こうたがこれを用いて作る料理は、さぞ価値のあるものになろうの」

「むう……ぐうの音も出ない切り返し、さすが嬢であります。して、康太よ。なにをするつもりだ?」

「ちょっと、ワインを作ろうかと」

「ワイン? ワインを松切り番は知っている! ワインというのは、あの、まずい飲みもののことかよ?」

「ええ、あのまずい飲み物です」


 忘れもしない、領主館で出された、あの地獄味のワイン。

 濃縮された松脂の風味は、思い出しただけで気分が悪くなる。


「ワインとは、ぶどうで作るものであろう。白神の世界では違うのか?」

「醸造酒のことは、だいたいワインと呼ぶならわしですよ。どぶろくはライスワインですね」


 世の中には、ウォーターメロンワインといって、すいかから作ったお酒もあるらしい。

 ぐっと来る響きだ。


「このようなものでも、酒になるというのか」


 手の中のマキベリーに視線を落として、眉をひそめるミリシアさん。

 極端な話、糖分と酵母さえあれば、なんでもお酒になる。

 砂糖水にパン用のイーストを振り入れれば、一週間後にはお酒のできあがり。

 日本だと法律違反だから、絶対にやってはいけないよ。


 そんな、絶対にやってはいけないお酒造りの方法を、ここで速習していこう。


 マキベリーを、すりこぎでつぶす。

 種をつぶすと渋みが強烈になるので注意だ。

 ここに水と、小麦水あめを加える。

 小麦水あめを入れるのは、糖度を増やして、アルコール度数をあげるためだ。

 ずいぶん前にも語った気がするけど、ワインづくりの際にも、お砂糖が加えられている。

 さて、ここに登場しますのが。


「これは松切り番の作ったものじゃねえか!」


 はい、松葉サイダーでございます。

 このすてきな飲み物の中には、松葉についていた酵母がうようよしている。

 酵母は、液体中の糖分をむさぼって、二酸化炭素とアルコールをどんどん作りだし。

 やがて、マキベリーワインのできあがり。


「松切り番のつくったものが、役に立つのかよ?」

「あるとないとじゃ、大違いです」


 こうしてできあがったワインの素は、瓶に入れて、『秋の宮』に安置する。

 一日に一回、かきまぜてやろう。

 一週間ぐらいすれば、糖分を食べ終えた酵母が、どんどん底に溜まっていくので、澱引きをする。

 アルコール発酵が終わったら、きれいな布で濾過して、飲む日まで寝かせる。

 以上、フルーツワイン作り講座でした。

 何度も言うけど、日本でやってはいけないよ。

 上等なはちみつを水でうすめ、炭酸飲料のペットボトルに注いで蓋をしておけば、おいしい発泡ミードになってくれるけど。

 お正月、大量に余ったおもちを煮溶かして麹と酵母を入れ、しばらく放っておけば、おいしいもち米どぶろくになってくれるけど。

 決してやってはいけないよ。


「しかし、よかったのか? この地の豊かさを知らしめる為に、包丁を使うと言っただろう」


 と、ミリシアさん。


「もちろん、そのつもりですよ。だけど、なにしろ美味しくないワインを飲まされましたからね。やりかえさなければ、僕の気持ちが収まりません」

「考えあってのこと、というわけか。私が口を出すべきことではないな」


 照れかくしまじりの冗談が、ミリシアさんにまで見抜かれるようになってきた。

 僕は頭をかいた。


「好きにやるといい。私と嬢は、お前のことを信じているからな」

「ありがとうございます」


 まずは一杯、メニューが決まった。

 居酒屋店主としての経験、この村で生きてきた経験、すべてを動員して、完璧な饗宴を作り上げよう。



 それから、マキベリーワインができあがるまでの、二週間。

 僕は、あっちからこっちへと、走りまわりつづけた。

 

 人脈を総動員して、材料をかきあつめ。


「うじゃらぁああああ!」

「う、うやあああ!」


 足高さんと、捧芽ほうが君が、そろって投網を打つ。


「ずいぶんと様になってきましたね」

「あたりめえだろおめえ! そりゃおめえ、おれが教えてるんだからなおめえ! ほれ、好きなだけ持っていきやがれおめえ!」」

「ありがとうございます」



 調理用の道具を新たにこしらえ。


「めんどくせえ。なんでオレがこんなことしなくちゃなんねえんだよ」

「悠太、もっときれいに作るのよ。松切り番も、きれいに作るから」

「ああ、ったく。そういう言い方、ずるいよな」


 笹をあぶって曲げ、笹ひごで束ね、作っているのは、バルーン型の泡立器ホイッパー

 もういい加減、笹の棒でかき混ぜるのにも、限界が来ていたからね。



 試食を繰りかえし。


「いかがですか、ピスフィ」

「ふうむ……む!」

「嬢」

「もふぉーふぉーご、ふぉふぁーふぁふ」


 度外れたぺこぺこを見せる、ミリシアさんのマント。


「この料理を食べるのは、もう五度目でありましょう」

「もごふぉぐふぉぐふぐふぐ」

「わああ嬢! マントを噛むのはおやめください!」

「おいしかったのじゃ。仕方なかろう」

「そんなことでは、饗宴の席に座ることなど、不可能でありましょう。康太よ、もう一度この料理を持て」



 時には、骨休め。


「康太さん、康太さん! 見てくださいこれ!」


 客間で、榛美さんが、くるくる回っている。

 着ているのは、いつもの服ではない。

 スウェット素材の、地味なねずみ色のワンピースだ。

 足首まであるマキシ丈のおかげで、やたら寝巻きっぽい。


「ピスフィちゃんがミリシアさんのために買ったんですけど、ミリシアさんは、足首まである服を着るとふんづけて転んじゃうから着ないんですよ!」

「それで、榛美さんがもらったんだね」

「はい! これ、内側もすべすべしてて、すごくあったかくて、なにしろ足首までありますからね! 足首まであったかくぶぇ!」


 いつになるかな、と思いながら見守っていたけど、想像よりはやく、榛美さんが転んだ。

 絶対にこうなるとわかっていたので、前のめりになった榛美さんをキャッチするのは容易だった。


「あわわわわごめんなさい! 足首まであるから!」

「そうだね、足首まである服って、危ないよね」

「でも足首まであるから足首まであったかいんですよ!」


 ああ、エルフの娘さんと会話していると、なんていうか、こう、すべてがどうでもよくなってくるなあ。

 思いつめたり、考えすぎたりする僕にとって、榛美さんの存在が、どれだけありがたいか。


「康太さん、にこにこしすぎです! わたしが転んだら、そんなににこにこするんですか!」

「いやいや、違うって。そうじゃなくてさ」

「そうじゃなくて?」


 むくれる榛美さん。


「なんでもないよ」

「ああー! もってまわった! ピスフィちゃんがよく言っているやつですねそれは! もってまわるやつですね!」


 僕は声をあげて笑い、榛美さんの頭をなでた。


「むうう……! もってまわられたけど、頭もなでられて、どういう気持ちになっていいのかわかりません!」



 たちまちのうちに、時間は過ぎて。


「うん。マキベリーワイン、できあがりです」


 瓶の中のワインを一口、僕はうなずいた。


「では、行くかの」

「はい」


 ついに、その日が、やってきた。


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