四季の宮
魔述でかまどの火をかぎりなくとろ火にしてから、僕たちは井戸と差し掛け小屋のある家の裏手に出た。
「こっちです」
うすぐらくなった裏庭から、さしかけ小屋、そして、家と斜面にはさまれたひどく細い道を進んでいく。
手にした木箱の豆乳が、こぼれないように気を付けて。
すると、いきなり洞窟があらわれた。
「おお」
かんぬきっぽいものが朽ち果て、葛にびっしりおおわれている。
なんだかすごくファンタジーっぽくなってきた。
装備は剣じゃなくて豆乳の入った箱だけど。
せまい入口の突き当りには、ちょうつがいのねじを岩盤に直接つきさした、押戸。
榛美さんがかるく扉を押すと、すきまから光がもれてきた。
「あかり点いてるの?」
「はい。おひさまのあかりです」
「うん?」
「はい?」
榛美さんが、きょとんとした表情でふりかえりながら、めいっぱい扉を開くと。
太陽光かと思えるような明るさに満ちた空間が、目の前にあった。
あきらかに、人工のものだ。
なにしろ完璧な五角形。
壁も床も、表面は、樹脂みたいな、透明のなにかでコーティングされている。
天井を見るけど、光源はない。
なんか全体的にぼやーっと自然光。
なんだここ。
確認するまでもなくいまは夕暮れだし、榛美さんの『おひさまのあかり』という言葉も意味がわかんないし。
「“四季の宮”です。この場所は、鷹嘴家と領主様しか知りません」
四季の宮。
なるほど、部屋の四方に、木製の扉がついている。
ちょうつがいの押戸だ。
「こちらが、“冬の宮”です」
扉を開くと、ドライアイスでもとかしたみたいに、大量のもやがあふれだした。
足元から、冷気がはいよってくる。
「先代の領主様が、魔述師を呼んでつくらせたそうです」
冬の宮に一歩踏み入れる。
寒い。
寒いというか、もう、痛い。
冷気が針みたいに肌を刺す。
冬の昼間みたいにうすぐらい部屋の中には、なにもない。
いや、部屋の隅で、にわとりが一羽、かちんこちんに凍っている。
長居すればああなるわけだ。
「“留める”魔述師、“灰色港のキアダン”が、“魔王領”の北端の、もっとも寒い冬の日をここに閉じ込めたのだそうです」
おおまじめな顔で、榛美さんが歴史を語ってくれた。
って、その名前はなんだ、魔述師。
明らかに『指輪物語』じゃないか。
しかもチョイスがすごく渋い。
「ここに置いておけば、すぐに冷えますよ。あううさむい!」
おおまじめな顔がすぐさま崩壊し、榛美さんが部屋を飛び出していく。
凍ったにわとりはちょっと気になるけど、これだけ寒ければ雑菌の類を心配しなくてもいいだろう。
木箱をおいて、部屋の扉を閉じた。
広間はぽかぽかと春のようにあたたかい。
魔述師が、ちょうどいい日の気候をここに留めたのだろう。
『おひさまのあかり』にようやく納得だ。
「はー、さむかった……」
榛美さんはぶるぶるふるえている。
「だいじょうぶ?」
「うううはい大丈夫ですけど、ことのほか寒さによわくて……エルフですから……」
そのエルフあるあるは分からない。
「耳がおおきいから、どうしても……」
榛美さんは自分の耳をぎゅっとにぎって、その場であしぶみしはじめた。
なるほど。体温が耳からにげていくのか。
理にかなってる。
“四季の宮”か。
春、夏、秋もあるんだろう。
これは、秘密にするはずだ。
こんな食糧貯蔵に便利な空間があったら、奪い合いになるに決まっている。
そしてそれをまったく有効活用していないどころか、
「だからきらいなんです……寒いのはきらいです」
と、あからさまに嫌悪している榛美さんも、負けず劣らずすごい。
たぶん生まれてこのかた、凶作の年に出会ったことがないのだろう。
完全に妄想だけど、この惑星はいま温暖期に入っているのかもしれない。
「ありがとう、榛美さん。ほんとうに助かるよ」
深く頭をさげた。
くだらないぼんくらをしでかしたばかりに、先祖代々秘密にしてきた場所を教えるはめになってしまったのだから。
「あ、いえいえいえいえ! いいんです! だって秘密にしてくれるんですよね?」
「もちろん、二人だけの秘密にするよ」
「えへへ! それならいいんです! ふたりだけですからね!」
なにはともあれ、家主がこう言っているのだ、ありがたく使わせてもらおう。
さあ、豆腐づくりのつづきだ。
急冷した豆腐には、にがりを入れる。
にがりの量は、豆乳の一パーセントだ。
このさじ加減が本当に難しい。
分量を一グラム間違えると、固まらなかったり、かたくなりすぎたりする。
どれだけ蒸しても頑固にでろでろのままの豆腐を前にした気持ちがわかるだろうか。
豆をすり、もこもこふくれあがる生呉を相手に格闘し、さらし布でぎゅうぎゅうしぼり。
めんどくさい数々の工程を経て、最後の直線にさしかかったところで失敗するのだ。
この世界には電子ばかりもないし、僕が愛用している、計量カップとはかりが一体になった便利グッズもない。
直感が勝負だ。
木の匙でにがりをすくって、そっと木箱に流し入れ、すばやく撹拌する。
蒸気をあげた二重底の土鍋、つまり蒸し器で、蒸すこと十五分から二十分。
沸騰しないよう、注意だ。
温度が高すぎるとたんぱく質の熱変性が進み、保存食みたいなかたさになる。
こんなとき、機械式時計を使っていてよかったと思える。
電池がなくなっても、腕を振れば勝手にぜんまいが巻かれるからだ。
この惑星が二十四時間周期で自転しているかどうかすら定かではないけど、とりあえず十五分経ったかどうかは分かる。
さて、できあがりは……
「わあ……!」
声をあげたのは、蒸し器からひきあげた器をのぞきこんだ榛美さんだ。
「すごい……ぷるぷるです! お豆腐って、もっと、なんていうか……ごわっとした感じになるのに!」
興奮した榛美さんが、両手をぶんぶん振った。
エルフ耳もひょこひょこ動いている。
口もはんびらき。
なんか、榛美さんの満艦飾って感じのリアクションだ。
「榛美さんのおかげだよ」
「ふたりだけのひみつですからね!」
こだわるなあ。
「うん。二人だけの秘密のおかげで、きれいな豆腐ができたんだ」
「えへへ!」
できあがった豆腐は、ふちに沿って包丁をいれ、箱ごと水にしずめて静かにゆする。
切れ目から水がながれこんで、豆腐が箱からはなれたら、水中に放つ。
これを三十分ほど放っておくことで、にがり成分が水に溶けて、いやな苦味が消える。
豆腐作りにひと段落ついたところで、ドアチャイムがしゃらしゃらと鳴った。
乱暴な足音とざわめきと汗のにおいが、台所まで流れ込んでくる。
「おおーい、来たぞぉ! 酒! めし!」
「酒とめし!」
「それと榛美ちゃん!」
「にしてもよお、今年のタニシはちいせぇよなあ!」
「食いでがねえよ食いでが!」
「飯! 飯だ飯!」
「黙ってまちな! 榛美ちゃん、ゆっくりでいいからね!」
榛美さんは苦笑してみせた。
「いつもこうなんです」
「にぎやかなのはいいことだよ」
「たまになら、いいんですけどね。ごめんなさい、ちょっとみんなの相手をしてきますね」
「うん。僕の方はもう少し時間がかかるから」
蒸し器と時計を交互にみるだけの仕事とはいえ、目をはなせるものではないからね。
「誰か鍋もっていってくれますか?」
パーティションから顔を出して、榛美さんが言った。
おう、とばかりに声があがり、男たちがぞろぞろ台所に入ってきて。
僕に気付いてぎょっとして立ち止まった。
「……だ、誰だてめえ!」
背は低いが頑強そうな男が、木の匙をかまえて威嚇してきた。
「あ、こんばんわ。紺屋康太といいます」
「なんちゅう怪しい風体じゃ! 榛美、なんじゃこの男は! 村に災いを運んでくる感じの怪しさじゃあ!」
「なんてことをいうんですか! 康太さんはりっぱな方です! はやくお鍋を運んでください!」
榛美さんが木杓子をびゅんびゅん振り回した。
男衆は僕に奇異の目を向けたまま、三人がかりで大鍋を運んで行った。
「お酒も持っていってください! 康太さんはりっぱな方です!」
「あ、ああ、分かったからそんなに怒るなよ……」
「康太さんはすごいんですよ! これから、ヘカトンケイルのお客さまをおもてなしするんですからね!」
「はあ? ヘカトンケイルのぉ? 何しにヘカトンケイルの連中が」
「いいから! 康太さんはすごい! あなたたちはお酒をはこぶ! なにかおかしいですか!」
「お、おかしかねぇけどよお」
「それならはやく! さっさと食べてのんで帰って寝てください!」
「なんちゅう扱いじゃあ……」
榛美さん、ものすごい剣幕で怒鳴り散らしている。
おもしろかったので眺めていると、僕の目線に気付いた榛美さんは、耳までまっかになった。
「あ、あの、ち、ちがうんです! これはちがいますから!」
振り回していた木杓子を後ろ手にかくして、榛美さんが弁解をはじめる。
「こうでもしないと、言うことをきかないんです! だからしぶしぶ……」
「榛美ちゃあん、今日の鍋、トリ入ってねえのお?」
「誰かがとらなきゃ、トリなんて入ってるわけないでしょう! わからないひとですね!」
村人の軽口に、ほとんど反射神経みたいな勢いで怒鳴り返す。
「あ、あわわ……ち、ちがいますからね!」
もうがまんできなくなって、おもわず声をあげてわらった。
「そっか。榛美さんも、そんな顔をするんだね」
「だからぁ……ちがうんですってばぁ……」
半泣きになっている。
「でも、そういうところも好きだよ」
「ほぁ!?」
榛美さん、すごい真っ赤になった。
たっぷり日を浴びて育ったおいしい人参みたい。
ああ、わるいくせが出た。
あまりにもカジュアルに『好き』ということばを使ってしまうのだ。
生まれついての物腰の弱さもてつだって、異性にも同性にも、わりと気味悪がられる。
「わ、わ、わたっ……すき、え? で、でも……え?」
ごらんの通りだ。
すごく気味悪がっている。
「で、でも、え……あの、でも……」
「あー、ごめん、忘れて。なんでもないよ」
「えええっ!? わすれ、忘れ、え? なんで、忘れ……え?」
どうしよう。
こんなに気味悪がられるとは思わなかった。
たいていのことにはへらへらできるけど、これはちょっと傷つくなあ。
そのとき、ものすごくちょうどいいタイミングで、ドアチャイムがしゃらしゃらと鳴った。
「あっ……」
榛美さんが、身をかたくする。
ざわめきがぴたりと収まり、外のわずかな風の音すら聞き取れるような静寂がおとずれる。
決戦の時がやってきたのを、僕は知る。




