食卓外交
前回までのあらすじ:政務を放棄して日がな一日ぼんやりしている領主のせいで村が全滅の危機! たすけて康太さん! 人当たりのよさと、そこそこおいしい料理でなんとかして! 無理では?
わずかばかりの眠りの後、村のみんなはそれぞれの仕事にでかけ。
僕、悠太君、榛美さん、鉄じいさん。
ミリシアさんと、ピスフィ。
この六人が、榛美さん家に残った。
「饗宴に関しては、全てこうたに任せる。こちらでも食材を用意させよう。
寒川家給地に、みどもらの船を停めておる。そちらには、主無き諸国や魔大陸より取り寄せた、数々の珍品があるからの」
「えっ魔大陸」
「魔大陸じゃ。東海のはるか先にあり、未だ平定されぬ土地をさしてそう呼ぶ」
ええと、地理的に言えば、太平洋を越えたアメリカ大陸ってところかなあ。
この世界の全体像が、だんだん見えてきた。
地中海まるごと、ユーラシア大陸の東にくっつけたみたいなつくりなんだろう。
「嬢ちゃんらは、あのごくつぶしをどうやッて引ッ張り出すつもりなンだ? なまなかなことじゃねェぞ」
「河笊なる性悪なゴカイを、ひねりつぶすところからはじめるつもりじゃ」
河笊という単語を聞いた瞬間、体が冷えた。
踏鞴家の家令、河笊。
趣味は人を蹴ったり殴ったり、皮をはいだりすること。
「河笊ねェ……家令ッつッても、ありゃァ俺もよく分からねェ。いつの間にか領主館に住み着いてやがッた」
「徴税請負人の生き残りであろうな」
踏鞴月句はひところ、ちんぴらまがいの徴税請負人を雇っていた。
スモークツリーが滅びた途端、ちんぴらたちはちりぢりに消えていったと聞いているけれど。
うまく月句に取り行って甘い汁を吸い続けた者が、代を重ねたというわけか。
「でもよ、なんで河笊つぶしなんだ?」
「ユウ、あの人は康太さんを痛くしたんですよ。いくら叩いてもおさまりがつきません」
「榛美の気が済むまで叩いてくれりゃいいよ。で?」
「月句がひきこもり、外部との交流がないこの給地。であれば、税は誰が納めに行っておるのか。難しい問いではない」
「ううん? ええと……河笊が、納税のために王都まで出向いているってことですか?」
「うむ」
考えてみたけれど、ぴんと来ないな。
どんな風が吹けば桶屋がもうかるんだ?
「康太には、もう少しカイフェについての説明が必要であるな。カイフェには冊封領主が多いのだよ」
「そ、そうなんですか? 初耳です」
「なンだ、知らなかッたのか?」
「よその給地の話は、ぜんぜん仕入れていませんでしたからね」
冊封領主とは、その国の家臣に名目上なっている人のことを言う。
定期的に、特産品だとかなんだとかを、国に納める朝貢という義務があり。
かわりに、土地の自治権、暦の使用権、爵位、そして朝貢に対するキックバックを得られる。
このキックバックというのがくせもので、たいていの場合、納めた特産品よりもはるかに価値を持つ物を持たされる。
向こうからやって来させることで、国側の面子を保ちつつ。
かつ、富を与えることで、叛乱など起こさず大人しくしてもらう、ということだ。
「となると、朝貢があって、踏鞴家給地みたいに納税義務を課せられている、内地があって……」
「力の強い地方の豪族は、名目上の臣下とする。弱小、ないし新参の者には領地を与え、納税の義務を負わせるのじゃな」
ややこしくなってまいりました。
あんまり詳しいわけではないけれど、唐の時代の中国が似たような制度だった気がする。
シンプルな封建制度というわけじゃなかったのか。
でも、それだと。
「中央集権化も難しいでしょうね」
ピスフィがうなずいた。
「その通り。そしてそこが要諦なのじゃ。朝貢による支出など、ばかげている上、中つ国諸国にあっては時代遅れ。しかし、無理にでも中央集権化に舵を切れば、地方豪族がここぞとばかりに反乱を起こすじゃろう。ことはなるべく、穏便に進めたい。
で、じゃ。この土地に、太守と国教と警察組織を、だれの神経も逆なでせず送り込むためには、さて、何が必要かの」
「口実、でしょうね」
「管理能力なしじゃの、反乱の意図ありじゃの、な。そろそろ分かってきたじゃろう? その口実を拾いあつめて、王都まで持っていくのは誰じゃ?」
「それが、河笊ってことなのか……」
悠太君がうなった。
「うむ。難しい問いではない」
ようやく話がつながってきたのはいいんだけど。
「河笊は、王都とつながっているんですね。そして自分自身も、月句によからぬことを吹き込んでいる」
「王都の誰ぞとつながっておるのかは、分からぬ話じゃがの」
「なんていうか、気の長いことですね」
河笊が徴税請負人のお子さんだとすれば、二世代にわたってスパイ活動をしていることになる。
こう、なんのために生まれてきたんだろう……みたいな気分になってくる話だ。
「白神の世界の尺度で、ものを考えるべきではないの。みどもらは、この地から染料が失せたことさえ知らなかったのじゃ」
「無駄足を踏まされたのだと、途方にくれたものであります」
一理あるといえば、あるか。
この世界には、会社四季報も公式サイトも、株主向けIR情報も存在しない。
情報の伝わる速度が遅い分、ものごともゆっくり進むのだ。
「鯛牙前国王が消極的だったことも、理由の一つじゃろ。あるいは河笊自身、なんのためにやっているのか、理解しておらぬやもしれぬ」
「そういうものですか」
「そういうものじゃ」
「してみれば、嬢。嬢が穀斗とやらの力を評価したことにも、理があったのでありますね」
「やりようは憎むべきじゃが、それによって給地が救われたのは、たしかな事実じゃろうな」
領主、踏鞴月句は、色々あった末に領地の経営を放棄した。
すさんでいく一方だった給地に、村人主導の運営システムを導入したのが、鷹嘴穀斗さん。
榛美さんのお父さんだ。
穀斗さんの行為に関しては、いまだにどうしても腑に落ちないけれど。
なにが給地にとって、よい未来を掴み取るための術だったのか。
それを決める絶対的な尺度は、存在しないだろう。
「して、じゃ。河笊なる者をだまらせることで、王都とのつながりを断ち切る。そこまでは、みどもらがやってみせよう」
と、ピスフィはあっさり言ってのけた。
「あまりむずかしい話にならず、助かりました」
その横で、胸をなでおろすミリシアさん。
十分にむずかしい話だと思うんだけど、まあ、簡単っていうなら簡単なんだろう。
僕は僕の仕事をするだけだ。
「よし。領主館に赴こう」
「今からですか?」
立ち上がったピスフィに、めんくらってしまう。
即断即決すぎやしませんかそれ。
「私たちは、はやく康太の料理が食べたいのだ。ぐずぐずしているひまはない」
「はあ……」
ミリシアさん、冗談と本気の境界線が分かんないんだよなあ。
「はあ、ではない。康太、お前も来い」
「え、僕もですか」
「お前もだ」
正直いって、こわすぎる。
また、ものすごくこっぴどい目にあうんじゃないかと考えたら、歯の根があわなくなってきた。
だけど、深呼吸して、ほほをはたく。
「行きましょう」
領主館には、置き忘れてきてしまったものがある。
あのとき、救えなかった人がいる。
戦い方を見つけた今、戻るべきときが来たんだ。
「オレも行く」
「わたしもです!」
「お前たちは来るな」
「えっ?」
「えっ?」
ミリシアさんが、いきなりにべもない。
悠太君と榛美さんは、口をはんびらきにした。
「ヘカトンケイル式に饗宴をしようというのだ。村人を連れて乗り込むわけにはいかんだろう」
「なんだよそれ。意味わかんねえ」
「饗宴とは、まつりごとじゃ。まつりごととは、意を通すために力を示すことじゃ。そして、意を通すための力の示し方というのは、槍や剣にたのむばかりではない」
ピスフィがむずかしいことを言ったので、榛美さんは口を閉じ、聞きながす姿勢になった。
が、悠太君はもう話の筋が読めたのか、神妙な表情をしている。
「こうたの力は、剣じゃ。剣は持ち手を選ぶ。みどもとミリシアであれば、こうたを使って力を示すことができる。そういうことじゃ」
いわゆる食卓外交のことを、ピスフィは言っているんだろう。
ごはんとお酒と外交は、昔から密接なつながりをもっている。
たとえば、フランス史上もっとも有名な外交官、タレイラン。
彼は、天才料理人カレームを連れてウィーン会議に出席し、ヨーロッパの地図と料理史を書き換えることに成功した。
カレームと『美味礼賛』のサヴァランあって、フランスに美味学が生まれた、というのは、有名なお話。
ここ数年でもっとも気の利いた食卓外交といえば、まず間違いなく、バッキンガム宮殿のあれだろう。
中国主席との晩餐会で、出されたワインの年号を調べてみると……のあれ。
一皿と一杯が、
『私たちはあなたたちのことを、こう思っています』
の表現になっている好例だ。
それにしても、あれは皮肉が効きすぎていると思うけど。
ピスフィは、月句に食卓外交をしかけると決めたんだろう。
それこそが、僕のエゴをもっとも上手く利用できるのだと、判断して。
「あくまで、商売ってことだな」
悠太君の言葉に、ピスフィがうなずく。
どうやら悠太君は、納得してくれたようだ。
「……よく分かんないですけど、ここでじっとしているのが、いちばん康太さんの役に立つんですね」
「当面は、じゃがな。ことが進めば、はしばみも口をはんびらきにしてばかりはいられぬじゃろう」
「わたし、口をはんびらきになんてしたことないですよ」
榛美さんがむっとしたけど、この場の誰も、なにもいわないという点で素早く合意を得るぐらいには、榛美さん慣れしていた。
「あの、ピスフィちゃん、ミリシアさん。康太さんのことを、まもってくれますか?」
ミリシアさんは、榛美さんの頭をぽんぽんした。
「剣を雑に扱うようでは、立派な持ち手とは言えんさ。康太のことは、必ずや守ってみせよう。私と違って、この男は替えがきかんからな」
その言葉を聞いたピスフィは、小さく、けれど満足げに、うなずいた。
「ミリシア、身命を賭せ。水に投げ込まれたならば水に分け入り」
「火に投げ込まれたならば火に分け入る。あなたの命であれば、嬢、全ては勿論のこと」
忠義と矜持に満ちた笑みを浮かべ、ミリシアさんは愛刀の柄に手を触れた。
「ありがとうございます。なんとか、自分の身は自分で守りますよ」
「ほんとかなあ? 康太さんは目をはなすとすぐ、皮をはがされそうになるからなあ」
「あのときは本当にごめんね」
「康太さん、もう皮をはがされそうになっちゃだめですよ」
あまりにも真剣な表情でそんなことを言う榛美さんが、面白いやらいとおしいやらで、ほほがゆるんでしまう。
気分はすっかり、軽くなっていた。
「なるべく努力して、皮をはがされそうな目にはあわないようにするよ」
軽口一つ、戸口に向かう。
さあ、まずは最初の対決だ。




