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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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居酒屋店主の出す答え

「賽殿の覚書、読ませてもらった。素晴らしいものじゃ。一代で身を興した者が、あそこまで洞察を深められようとはな」


 そう、ピスフィは切り出した。


「まさしく、そう思います」

「それ故に、給地の現状が惜しく思えてならぬ。この給地は、必ずや莫大な富を生み出してくれよう」


 意味深い、圧迫感のある沈黙。

 ピスフィは瞳をそらさない。


「さて、こうたよ。そうであるならば、踏鞴月句を如何にせんというところに、話が戻ってくることになるの」

「……はい。それは、ずっと考えているんですけど」


 白神として、何を為せるのか。

 その力を、どう揮うべきなのか。

 穀斗さんの話を聞いた今、僕はますます分からなくなっている。


 穀斗さんのやり方は、一面では正しいのかもしれない。

 だけど、小さく完璧な世界を作るために生み出された犠牲者のことを、僕はよく知っている。


 科挙に落第し、村の中で行き場をなくした悠太君。

 恋にやぶれた足高さん。

 身を引こうとした湖葉さん。

 領主館に囚われた松切り番さん。

 なによりも、両親に部品扱いされ、産み捨てられるも同然の扱いを受けた榛美さん。


 システムのしわよせを受けて、もがいていた人々のことを、僕は、よく知っている。


 僕にはそんな資格が、そんな能力が、あるんだろうか。

 思うままに世界を作り変え、都合よく誰をも幸せにするような、資格と能力。

 そんなだいそれたことが、僕にできるんだろうか?


「康太さん。それって、そんなにむずかしいことなんですか?」


 榛美さんが、ものすごくふしぎそうな顔で、僕を見てきた。


「そりゃあ、僕は一介の居酒屋店主だからね」

「はい。だから、そんなに大変なのかなあ? って思うんです」

「えっ?」


 なにを言っているんだい榛美さん。

 居酒屋店主は、そうそう世界を作ったり壊したりできるものじゃないんだよ榛美さん。


「だからね、踏鞴様のことも、ごはんで幸せにしてあげればいいんじゃないですか?」

「ごはん、で?」

「はい! だって康太さんはすごいですからね。康太さんのごはんを食べた人は、みんな幸せになっちゃうんです。みんな、康太さんのことを信じちゃうんです。それはね、ごはんとお酒がおいしいからだけじゃなくて、なんていうかなあ……

 あちこち走り回って、いっしょうけんめい作って、食べる人のことを考えて。そういう康太さんだから、みんな、信じてくれるんですよ」


 しばらく、なにを言われたのか、ぴんと来なかった。

 白神であるということ、ピスフィの言葉、穀斗さんの話、刃の行く末、頭の中をぐるぐる回っていた、いくつものややこしい情報。

 そういうものが、榛美さんの笑顔を見ているうちに、ゆっくりと溶け去っていって。


「そっか」

「そうですよ」


 集まってくれたひとたちの顔を、ひとりひとり、眺める。

 みんなが、僕の作った料理で、よろこんでくれている。

 何ができあがるのかも分からないまま、真夜中から朝まで手伝ってくれて。

 それでも、最後にこうして、笑ってくれている。


「そっか……」


 それでいいんだ。

 白神だから、じゃなくて。

 それ以前に、僕は、料理人で。

 一介の居酒屋経営者にすぎなくて。

 そんな僕の戦い方は、最初から、たった一つだった。


 食べてくれる人のために、思いを込めて、料理をつくる。

 その人の気持ちが、少しでもゆたかになってくれるように、思いを込めて。


 それだけで、よかったんだ。


「ありがとう、榛美さん」

「いーえ!」


 榛美さんはにっこりした。


「それが、主ゃの答えというわけじゃな」


 ピスフィの、抜き身で切りかかるような言葉。

 威圧的な瞳を真正面から受け止めて、僕は頷いた。

 しばらく、見つめあう時間がある。


「こうた。最初に口をきいたとき、みどもは思ったのじゃ。主ゃは、実に美しいヘカトンケイル標準語を使うものじゃとな」


 と、ピスフィが、話題を変える。


「え? 僕ってそんな喋り方をしてるんですか?」

「いや。今みどもらが使っておるのは、カイフェの東北地方の方言じゃ。抑揚が派手じゃろう」

「……じゃあ、ヘカトンケイル標準語って?」

「このように、あまり抑揚をつけぬ。鼻濁音の多用と単純な膠着が特徴じゃ」


 ええー?

 ぜんぜん違いがわかんないんですけど。


「なんかおもしろいですね」

「榛美さん、違いがわかるの?」

「ちがうもなにも、なにを言っていたのかぜんぜん分かりませんでした」

「あれ? うそ、普通に聞こえたんだけど」

「なるほど。嬢、これは……」


 ミリシアさんとピスフィが、顔をみあわせ、うなずきあう。


「うむ。こうたよ、それは魔述じゃ」

「うそお!?」


 びっくりしてちょっと腰を浮かせちゃったよ。

 え、なに、魔述ってなに?

 うそでしょ?


「私の魔述よりも強い力でありますね。私のものは、言葉を聞き取るだけでありますから」

「聴系ではないな。識の系、と言ったところか……たやすく習得できる述ではない」


 ちょいちょい単語を漢字で認識できると思ったけど、あれ、魔述が発揮されてたんだ。

 多言語を自動的に翻訳できるのって、白神なら当然だと思ってた。

 だって、そうじゃなきゃものすごく苦労するし。

 あるなしで異世界のスタートダッシュがまったく変わってくるぞ。


「魔述とは、言うなれば強い想いによって身に着くもの。こうたよ、主ゃはこれまで、多くの言葉を聞き、多くの言葉を与えてきたのじゃな。その想いに、魔述が応えたのじゃ」

「そう、なんですね……」


 実感がわかない。

 呆然としてしまう。


「康太さんなら当たり前ですよ。なにしろ康太さんは」

「最後にはおいしい、のじゃろ?」

「あー! なんで先に言うんですかー!」


 ピスフィは、くすくすわらいを浮かべた。


「そのこうたが、その答えに辿り着いたのじゃ。みどもに何が言えよう? それこそが、こうたにとっては、白神としてのあるべき姿なのじゃろうから」

「嬢……それでは」

「実を言うとの、みどもも、穀斗とやらのやり方には苛立ちしか感じておらんかったのじゃ」

「ええ、ええ、そうでしょうとも! それでこそ、嬢であります!」


 チーズケーキを一口食べたピスフィが、小さくうなずく。


「甘く、すっぱく、やわらかく。口にした者の心を癒し、元気づけるような味じゃ。ひどく傷ついた者の明日を、ゆたかにするような味じゃ。

 そうじゃろう、はしばみ」


 榛美さんは、目のはしに少しだけなみだを浮かべて、うなずいた。


「康太さんは、いつだって、わたしにぴったりのものを作ってくれるんです」

「決まりじゃな」


 ピスフィが、立ち上がった。

 大きく息を吸いこんで、山をも震わすような朗々たる声音で、語り始めた。


「こうたよ。踏鞴月句に、最上の饗宴を用意してみせよ。降りかかる障害は、なべてみどもが斬り払う」


 言葉を切って、給地のみんなを振り仰ぐ。


「そして、給地のみなよ。この土地がとある白神によって形作られたものであることは、すでに聞き及んでおるな? じゃが主ゃらは、百年にも及ぶ微睡みから目覚めねばならぬ。全てを凍らせる夜が来る前に、立ち上がらねばならぬのじゃ。

 こうたが、領主の凍った心を溶かしてみせる。主ゃらはこの土地を、我と我が手に取り戻せ。みなであれば、それがたやすいことであると、みどもは分かっておる」


 だれもが拳をにぎりしめていた。

 だれもが、怒りと嘆きを胸に、ふるえていた。

 だれもが、この地を変えようと、心に決めていた。


 戦いを始めよう。

 僕と、ピスフィと、村のみんなで、戦おう。

 音も無く忍び寄ってくる冷たい夜でさえ押し返してしまえそうな熱気が、この時、客間に満ちていた。


「お、おれはやるぞおめえ! やってやるからなおめえ!」


 足高さんががばりと立ち上がり。


「しっ! 静かに!」


 なぜかいきなりミリシアさんにしかられた。


「は、はあ? お、おめえ、なんだっておめえ、そんなおめえ、出鼻をおめえくじくようなおめえ」

「嬢が眠られた」

「ふにゅ……ふにゅ……」

「なっ、ばっ、おめえ、だからって、おめえ」

「嬢が眠られたのだ。静かにしろ」


 ミリシアさんがおもしろいことを言ったので笑おうとしたけれど、真顔だったのでやめた。

2015年の更新は以上となります。


では皆様、よいお年を。

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