踏鞴家給地の調理実習
いいだけ泣いたら、甘いものを食べるべきだ。
哀しいことがあっても、甘いものを食べれば、心がやすらぐからね。
「というわけで、チーズケーキを作るよ」
「わああ、やったあ!」
「ちょっと解説させてもらえるとうれしいんだけど」
「ええー? でもどの道おいしいんだから、いまよろこんでも、後でよろこんでも同じじゃないですか?」
「うーん……理にかなっているように聞こえるなあ」
例によって、お豆腐づくりからはじめていく。
なんにでも慣れというのはあるもので、だいぶ作業が早くなってきた。
「わたし、お豆をつぶすの半分やりますね」
榛美さんも参戦だ。
いつも、
『あの鍋しか作れませんからね!』
と、なぜか胸をはっていた榛美さんだけど。
きっと、思うところがあるんだろう。
「ありがとう、助かるよ」
そんなわけで、ふたりして客間で豆をすりつぶしていると。
「白神様、榛美ちゃん、いるかって、おおっ?」
「なンだァ? めし作ッてやがるじゃねェか」
「なんだおめえ、美味いもん作ってんのかよおめえ」
鉄じいさん、讃歌さん、足高さん、ご入場。
「あらあら、心配することなかったみたいだねっ」
「驚きました」
湖葉さん、葛乃さん、ご来店。
「ねむい」
「嬢、もう少しの辛抱でありますよ」
「なんだよ、楽しくやってんじゃねえかよ」
ピスフィ、ミリシアさん、悠太君、いらっしゃいませ。
みんながやって来た。
「その、まあ、ほらよ。榛美ちゃんのことが心配でな。灯りがついてるから、どうしたもんかと家の周りをうろうろしていたんだが……」
「ぶらぶら歩いてたら、讃歌のバカがうろうろしてやがッてよ。足の折れたニワトリかと思ッたぜ」
「そういう領主様だって、みんなが来るまでは俺と一緒におろおろしてたじゃないですか」
「……フン」
讃歌さんも、だいぶ言うようになってきたなあ。
「うちもやっぱり、榛美ちゃんのこと、気になっててさっ。そりゃ、あんなこと聞いちゃったら、ねえ」
「おめえ、そりゃおめえ、あんなのおめえ、許せねえだろおめえ! あんな、穀斗の旦那が、そんなおめえ……おめえよぉ!」
「ああほらほら、泣かないの。それで、捧芽を寝かしつけてから、葛乃を呼びに行ってね」
「旦那は、もう寝ていました」
「幅木はおめえ、野良仕事に精を出すからなあ」
ここでも幅木さんと会えないのか。
「ねむい」
「嬢がこの通りでな」
「だからって、なんでオレまで引っ張り出されるんだよ」
「来たかったのじゃろ。難しい問いではない」
「うっぐっ……別に、そんな、オレはもう寝ようと思ってたし……」
あー、悠太君がピスフィにあしらわれている。
まったく、悠太君はあしらわれるのがすごく似合うなあ。
僕と榛美さんは、顔をみあわせて、苦笑をうかべた。
「あのね、今から康太さんが、おいしいものを作ってくれるんですよ」
「うん。チーズケーキをつくろうと思ってね」
「チーズ……ケーキ……!」
ミリシアさんに抱きかかえられていたピスフィが、やにわにもがきはじめた。
「じょ、嬢? いかがいたしました?」
「チーズケーキと言ったな、こうた!」
「はい。お好きなんですか?」
「一度きり、そう、あれはどこぞの夜会じゃったかの。白神の料理番を抱えたという、そのお披露目の席じゃった……あの酸味と、あの甘さ……忘れようにも、忘れられぬ……」
うっとりした表情になるピスフィ。
「おいおい、ヘカトンケイルの嬢ちゃんが、たった一度きり食ったもんだとよ」
「そりゃおめえ、そりゃあ……湖葉、そりゃおめえ!」
「そ、そうだねっ! たいしたものだよっ!」
自然、村のみんなもヒートアップだ。
「この村で採れるものを使った、ビーガンチーズケーキですけどね。皆さんも召し上がっていかれますか?」
「いいんですか」
「もちろんですよ。そのかわり」
「はい、どうぞ!」
榛美さんが、水でもどしたお豆を、みんなに配りはじめる。
「みなさんにも、『ひとりかふたりの人間がくたびれるまで』式の苦労を味わってもらいましょうか」
さあ、踏鞴家給地の調理実習、はじまりはじまり。
「うへえ、たまんねえな……白神様、毎度こんなことをやっていたのかよ」
「なれたものですよ」
すりつぶしたり粉にしたりに、だいぶ時間を割いているからなあ。
「榛美さん、ちょっとお酒を煮詰めるから、手をかしてくれない?」
「はーい」
土間に移動し、どぶろくを火にかける。
アルコールが飛ぶぐらいまであたためたら、葛布でこす。
「うん……ま、代用にはなるかなあ」
こした液体をなめてみると、レモン汁のような風味がある。
チーズケーキに酸味は欠かせないからね。
クエン酸たっぷりのどぶろくが、ついにお菓子づくりの役に立ってくれた。
さてさて、客間の様子はどうだろう?
「足高さん、いいですね! そんな感じですよ!」
「お、おめえこりゃ、おめえ……しんどいじゃねえかよおめえ」
「でも足高さん、ほら、鉄じいさんよりずっといいですよ!」
「なッ……冗談じゃねェ。俺の方がよほど良い仕事だろォが」
「足高さんは真剣さがちがいますからね!」
先にもどった榛美さんが、うまくやってくれていた。
それにしても、分業ってすばらしい。
大量の豆が、あっという間に呉になってくれた。
「これを火にかけるんですよね。すごい量ですけど、だれかに手伝ってもらいますか?」
「それじゃあ、お鍋の面倒を見るのは、湖葉さん、葛乃さん、榛美さん。男衆は、あたためた呉をしぼる作業をやってもらいましょうか」
「任せてください。夫にも作ります」
「葛乃さんだったら、あっという間に覚えちゃうでしょうね」
「当然です」
またも口をむずむずさせている葛乃さん。
もう、そういう信念があるのだと思っておこう。
「チーズケーキ……ねむ……チーズケーキ……ねむ」
「嬢」
部屋の片隅で、むにゃむにゃするピスフィにマントをかけるミリシアさん。
「できあがったら、起こしてあげてください」
「そうさせてもらうよ。ありがとう、康太」
榛美さんの指示のもと、みんながてきぱきと動いていく。
なんだか、居酒屋時代を思い出すなあ。
だしまき主任のツノダ君、元気にしているだろうか。
彼ほど上手くだしまき卵を巻ける大学二年生はいなかったなあ。
生呉が豆乳になり。
豆乳が豆腐になり。
小分けにした豆腐は、冷蔵庫で急冷。
「暑いわ、疲れるわ……こりゃあ、好きでもなきゃあできねえことだな」
讃歌さんは、もうへとへとだ。
「僕は田んぼに出ているわけじゃありませんからね」
「そうは言っても、これを毎日ってのは、たまったもんじゃねえよ。たいした仕事だ」
「ありがとうございます」
「毎度付き合わされるオレは、たまったもんじゃねえけどな」
「ユウだって、田んぼには出てないじゃないですか」
「うっぐっ……」
榛美さんにだまらされる悠太君がいとおしい。
「さあ、もうひと踏ん張りです。次はこの豆腐をつぶしますよ」
「また潰すのかよォ……」
鉄じいさんがうめいた。
ごもっともですが、お手伝いお願いいたします。
またも村人総出で、豆腐をなめらかにすりつぶす。
みんなの力で、ハンディブレンダーぐらいあっという間に、豆腐がムース状になっていく。
「みんなの様子を見てあげて」
「はい!」
榛美さんを客間に残したら、別の作業を進めていこう。
素焼きの器に、葛粉を入れて、棒でがしがしと搗きくだく。
いい具合に細かくなったら、ここに水を少しずつ注ぎ、練る。
白くどろっとした液状になったら、さっきの、こしたどぶろくと混ぜる。
いい具合の液体になったら、さあ、たっぷり入れちゃいましょう、小麦水あめ。
こいつをよく混ぜたあたりで、
「康太さーん! そろそろいいぐあいですよ! そっちに持っていきますね!」
榛美さんからお声がかかった。
「榛美さん、鉄の蒸し器三つ、蒸気をあげておいて」
「はい!」
一つの蒸し器では収まりそうにないので、かまどをフル稼働させよう。
どぶろく、葛粉、小麦みずあめの混ざった液体を、なめらかになった豆腐とあわせる。
全部の材料がなじんだら、平たい鉢に注ぎ、弱めの蒸気をあてて三十分ほど蒸す。
オーブンがあればよかったんだけど、ないものはない、あるものはある。
幸い蒸し器は鋳鉄製だ。
熱された鉄の遠赤外線で、湯煎焼きのようになってくれることを期待しよう。
「あっためたら、できあがりかいっ?」
「あっためたのを冷やしたらできあがりですね」
「なっ、あ、そ、そうなんだね……」
湖葉さんが絶句した。
「だいじょうぶですよ、最後にはおいしいんですから!」
「あはは、そう言われちゃあ、待つしかないねえ」
榛美さんの笑顔を見たら、もう、何も言えないよね。
さあ、そんなこんなで、真夜中だしぬけにはじまった踏鞴家給地の調理実習、夜明けを前に終了。
気の早い鳥が鳴き交わす中、できあがったチーズケーキを、みんなに配っていく。
「こりゃおめえ……見たことも聞いたこともねえぞ」
ほろほろと崩れるように焼き上がった表面。
ほんのり黄色く、しっかり白く、ぷりっとした断面。
あまずっぱい香り。
見た目は、間違いなくチーズケーキだ。
「いただきます!」
だれよりも早く、榛美さんがいった。
木さじですくいとり、すごい速度で口に放り込んだ。
「んん……!」
一噛みして、目をみひらく。
「んんん……!」
二噛みして、なぜか、立ち上がる。
「んんんん……!」
なんかその場でぴょんぴょん飛び跳ねはじめた。
「んー! んー!」
身体をまるめてあごを抑え、きつく目を閉じ、うんうんうなる。
なんだ、どうした。
「んはっ……こ、これ、これっ! これっふひゃっ」
何か言いかけて、いきなりしりもち。
しばし呆然と、天井を見上げ。
「これ!」
決断的な声をあげると、すぐさま、次の一口に取りかかった。
「な、なんだか分からないけど……美味しいんだろうねえ」
湖葉さんが、困ったようにフォローをいれてくれる。
そうか、湖葉さんは榛美さんのリアクションに不慣れなんだっけ。
「そんなにおいしいなら、あたしも飛び上がっちゃうかねえ」
なんて、苦笑しながら木さじで一すくいし、
「うわっこれっ!」
がばーっと立ち上がる湖葉さん。
有言実行だ。
「うわっうまっ……なんだ、これ、やばすぎだろ……」「こ、このおめえ、甘えのと、すっぺえのが、おめえ……次々におめえ……」「あァ、たまンねェ……この甘さ、頭が痺れちまいやがる……」「白神様、あんたまた、こんなとんでもないものを……」「あまっすっぱっあま……なんでもありません」
みんな、ほとんど困惑半分みたいな反応。
そうか、甘酸っぱいっていう感覚も、給地では早々、手に入らないのか。
「うむ。これはまさしく、チーズケーキじゃの」
いつの間にか起きていたのか、ピスフィが、ケーキをもちゃもちゃと咀嚼している。
「ええ、間違いありません。懐かしい味……少し素朴ではありますが、いや、だからこそ、この自然な甘み、酸味、わずかに残るどぶろくの香りさえも、実以て好ましい」
「佳良な味じゃの、ミリシア」
「ええ、全くです」
ヘカトンケイル組にも高評価なようで、なによりだ。
「あう……なくなっちゃった……」
はやくも自分のお皿を食べおえた榛美さんが、どこかに余りがないかと、きょろきょろしはじめた。
「榛美さん、はんぶんこしよ」
「えっいいんですかありがとうございます!」
「うん。食べてもらえるのが、一番うれしいからね」
二人してチーズケーキをつつく。
とてもうれしそうに食べてくれる榛美さんを見て、心から、うれしく思う。
「はしばみ、元気になったかの?」
チーズケーキのお皿を手に、ピスフィとミリシアさんが、こっちにやってくる。
「はい! 康太さんがおいしいから、元気になりました!」
「なによりじゃ」
床几を挟んで、その向かいに腰かけるピスフィ。
その表情から、まじめな話をしようとしていることが分かる。
僕はいずまいを正して、ピスフィと向き合った。




