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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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穀斗の世界

「穀斗の世界、か。違いねェな」


 鉄じいさんは、静かにつぶやいた。

 沼のほとり、かつての領主館。

 鉄製の器具が散乱する板の間で、鉄じいさんは、やけに疲れたような表情を浮かべている。


「なんだってそんなこと黙ってたんだよ」

「穀斗の言い分だよ。歴史心理学だか、心理歴史学なンだか……とにかく、村の連中に知られちまッたら、終わりだッてな」

「れきっ、しん? はあ? 意味わかんねえよ」

「僕の世界の言葉だよ」


 心理歴史学。

 アイザック・アシモフの小説、『ファウンデーション』シリーズに登場する、架空の学問のことだ。

 おおざっぱに言うと、人類の未来を予測する手段のこと。

 個々の人々の行動は予測がつかないものだけど、多くの人間が織りなす歴史は、計算可能という前提があり。

 計算にもとづいて、その人間集団がたどる未来をはじき出す。


 この心理歴史学の要諦は、対象になっている人間集団が、予測された未来の内容を知らないことにある。

 あくまで個々人がランダムに動くことによって、計算は成立する。


「一種の冗談……というか、皮肉にも聞こえますけどね」

「おまけに、あまり趣味がよくないようじゃの」

「どォだかな。とにかく、やつは白神で、給地を建て直した。そりゃァ間違いのねェ事実さ」


 悠太君は、いらだちまかせに床を踏みしめた。


「そんなことはどうでもいい。穀斗はいつどっから湧いて出て、なんでいなくなったんだ? 榛美ひとり置いて、今はどこをほっつき歩いてるんだよ!」

「どこにいるのかは、わからねェ。だが、あいつがこの村に来たのは、そォだな……オレが沼のほとりに引ッ込んで、いくばくもしねェ頃さ」

「だとすると、百年も前ってことになりますけど」

「あァ、間違いねェよ。オレぁとにかく、全てがおっくうで、日がな寝こけてたからな。そこにあいつと、そのカミさんが来やがッたんだ」


 鉄じいさんは、穀斗さんとの出会いを、語りはじめる。



 一目みて、白神と分かる格好だった。

 ウールシルク混紡のスーツ、綿ポリエステル混紡のワイシャツ、レーヨンのネクタイ、牛革の靴。

 かっちりと、なんの違和感もなく着こなして、自然に立っていた。

 その傍らには、フォーマルなマタニティドレスにカーディガンを羽織った女性。

 大きな腹を抱えて、控えめにたたずんでいた。


「お話は聞き及んでおります。踏鞴様、私どもが、力になりましょう」

「カピバラに食われちまえ、このうすのろが」


 べろべろに酔っぱらっていた鉄じいさんは、手元の小瓶を力いっぱい投げつけ、それがファーストコンタクトだった。


「今やあなたの作り上げた給地は、滅びの道をまっしぐらに駆けている。そうでしょう? 私たちにはビジョンとプランがある。それを証明してみせましょう」


 穀斗さんは、額から血を流しながら、何事もなかったかのように、言葉を続けたという。


「沼にはまッておぼれ死ね」


 鉄じいさんはふたりに背を向け、おまけに放屁した。

 僕だったらこの辺でがまんできなくなって笑っていただろうけど。


「風土病の解決、作物の再分配、素朴な直接民主主義からはじめてみましょう。PDCAをきちんと回すことが重要です」


 穀斗さんは、なおも淡々と、自分の語りを続けたらしい。


「風土病だァ?」

「ええ。村人たちは皮脂漏症ひしろうしょうと感染症に苦しんでいますが、私どもが解決策をご提案させていただきます」

「ほォ? 村を興してからこッち、延々と人が死ンじまッてるンだぜ。てめェらに治せるッてェのかよ」


 穀斗さんは、貼り付いたような笑みを浮かべた。


「この村で常食されている、ケヤキ油。あれは人体に消化できないものです。エルフを祖に持ち、腸内に共生微生物がいれば、話は違いますが。

 差し当たっては、ケヤキ油の摂取を止めるよう、働きかけてみましょう。ああ、踏鞴様はお気になさらず。私どもには、山ほどの時間がございますので」

「な……なンだァ? ケヤキの油が……? てめェ、なにを言ってやがる」

「では、私どもはこれで失礼いたします。現領主、月句様へのご挨拶が控えておりますので」

「てめェ、てめッ、おい、てめェら、うちの息子になンの用があるッてンだ、えェ? てめェ、てめェら、あァ分かッたぜ、てめェの背中が見てェんだな、今すぐおがませてやる」


 鉄じいさんはまさかりをふりかざし、よたよたした足取りで、ふたりに襲いかかった。


「失礼いたします」

「おわッ、なンだァてめェ、あ、足、足が動きやがらねェ! てめェ、俺がしょんべん垂れたらどォするつもりだ、えェ!?」

「五分で魔述は解けます。私は留める魔述師、灰色港のキアダンにして、鷹嘴たかのはし穀斗こくと。以後のお見知りおきをお願い申しあげます」


 あざわらうようなお辞儀を一つ、穀斗さんは、きびすを返した。

 終始無言の女性は、皮肉っぽい笑みを鉄じいさんに投げかけると、穀斗さんの後を追った。


「……ジジィ」

「言うンじゃねェ。人に屁の一つもぶちまけたくなるようなことだッて、あるだろォが」

「あるわけねえだろ。それで、どうなったんだよ」


 穀斗さんは村に住み着き、居酒屋をはじめた。

 酒をかもし、ごった煮を提供し、いつしか穀斗さんの居酒屋は、村の男性が集まる場所になっていた。


 穀斗さんは、居酒屋店主の立場から、それとなく人々を誘導していったようだ。

 ようだ、というのには、わけがあって。

 そのころの鉄じいさんは、沼のほとりでお酒を飲んだり放屁したりするのに忙しく、頻繁に様子を見に行ったわけではないからだ。


「とにかく、俺の心持ちも少しはマシになッてよ。手前ェのしちまったことを拝んでやろうと、びくつきながら村に降りたらよォ。これが、すっかり様変わりしてやがッたンだ」


 領主に見捨てられた絶望は、村人の中になく。

 人々は、感じの良い棚田と、感じの良い仲間たちと、感じの良い収穫についての歌をうたいながら、村を行き来し。

 野良仕事が終われば、居酒屋でいっぱいひっかけ、みやげ片手に家へと帰る。

 その中に、頭角も表す者がやがてあらわれ。

 そういう人を中心に、いつしか村のことが、居酒屋で決まるようになっていく。


「なにをしたのか、実際のところ、わからねェ。だがとにかく、穀斗は村を作り変えやがッたンだ。俺ァまったくのところ、驚いちまッてなァ。

 今度はしらふで、穀斗に話を聞いてみたのさ」


 ぱりっとしたエプロンをつけ、ワイシャツのそでをまくって、ごった煮をかきまぜる穀斗さん。

 その背中に、鉄じいさんが声をかける。


「いかがでしょう、私どもの働きぶりは」

「てめェ、なにをした」

「私は何もしていません。給地に居酒屋という変数を代入しただけですよ、心理歴史学的に言えば」

「あァ? 白神の世界の言葉か?」

「ええ。そしてPDCAです。給地を作り変えるのは、たいへん難しい仕事でした。四季の宮まで作り、想像以上の時間をかけてしまいましたが、私どもは、私どもの仕事ぶりに満足しております。

 もう十年もすれば、軌道に乗ってくるでしょう。そうすれば、私どもの仕事も終わりです」

「……なンの目的で、こンなことをしやがる? それでてめェに、なンの得があるッてンだ」

「目的、ですか」

 

 振り返った穀斗さんは、貼り付いたような笑みをうかべていた。


「強いて言えば、手段こそが目的なのでしょうね」

「けむに巻く気か、えェ?」

「白神としてこの世界を訪れた私には、夢があります。小さく完璧な世界を作るという夢です。それは目的であり、手段でもある。二つは分かちがたく結びついています。

 踏鞴様、あなたは何も気にしなくていい。PDCAですよ。螺旋は回りはじめています。そろそろ、私どもの種を残すときでしょう」

「種だァ?」

「エルフの種を、この地に落としましょう。我が子が、時の螺旋を回します。時至れば、我が子の子が。そのようにして、給地は小さく完璧な世界になるのです」


 かたわらで野菜を切っていた女が、小さく、しかし、確信めいた力強さでうなずいた。


「そォ言うことかよ、胸糞悪ィ。なんだッて、いつまで経ッても腹がでけェまンまなンだと思ッたぜ」

「ええ。彼女の胎には、留める魔述をかけています」

「それでてめェはかまわねェってのか、えェ?」


 穀斗さんの奥さんは、満ち足りたような微笑を浮かべた。


「すてきじゃない? 私と穀斗のつくったものが、小さく完璧な世界を動かしていくのよ」

「彼女は私のよき理解者にして、ビジネスパートナーです。生まれ落ちた子もまた、よきパートナーとなってくれることでしょう。

 もちろん私どもは、そのとき、この村におりませんが」


 鉄じいさんの気持ちは、大きく揺れた。

 まさかりでこの二人を四つか八つに裂くべきか。

 村人たちの幸福のため、彼らの好きなようにさせるか。


 結局のところ、子を孕んだ女性を殺すなどというのは、鉄じいさんにとって無理な話だった。

 風土病は撲滅され、人々の結束は高まり、村は息を吹き返した。

 やり方が気に食わないからと言って、鉄じいさんに代案もない。


「生まれた子には、小さく完璧な教育を施します。OJTですよ。そしてPDCAです。踏鞴様はご安心下さい。私どものビジネスは長期保証付でございます」


 穀斗さんの貼り付いたような笑みが耐えきれず、鉄じいさんは、その場を後にした。

 それからしばらくして、エルフの女の子が生まれ、穀斗さんの奥さんは姿を消した。

 その十年後に父親まで蒸発するとは知りもせず、エルフの女の子は、村のみんなに愛され、すくすくと育っていった。



「そ、それが……榛美さん、なんですか?」


 鉄じいさんは、言い渋るように、うつむいた。


「あァ、そォさ。穀斗が作ッたこの世界を回し続けるために、榛美は生まれた。それが、穀斗の言い分だッた」


 榛美さんは、真っ白い顔色になって、がたがたふるえている。

 思わず、手を取った。

 冬みたいに冷たくて、小刻みにふるえている。


「榛美さん」

「こ、こ、康太、さん?」

「うん、ここにいるよ」

「はい……はい、わ、わたし」


 過呼吸で、くちびるがまっさおになっている。

 ひだまりみたいな笑顔をかたちづくる、あたたかいくちびるが、凍り付いている。


「大丈夫、落ち着いて。ゆっくり息を吸うんだ」


 冷や汗のにじんだ榛美さんの背中を、ゆっくりと、さする。

 榛美さんは僕にもたれかかるようにして、静かに息をしはじめた。


「なにか、言わなかったのかよ? なあ、ジジィ、穀斗のクソ野郎は、なにか言わなかったのか? 榛美のこと、なあ、なあ!」


 激昂した悠太君が、鉄じいさんの胸ぐらをつかんで、揺さぶった。


「あんまりじゃねえか! そんなの、なんだって……子どもだろ、だって、自分の子どもじゃねえか! それを、そんな、なんだよそれ! 道具みたいに、道具みたいに言いやがって! なにか言わなかったのかよ! 大事にするだとか、なんとか!」


 鉄じいさんは、黙って首を横に振った。

 悠太君の顔が、くしゃくしゃにゆがむ。

 抱えきれないほどの怒りと悲しさで、ゆがむ。


「冗談だろ、なんだよ、なんだよそれ……あんまりじゃねえか、くそっ、ちくしょうっ、なんで、なんでオレ、そこにいなかったんだよ? なんでオレ、そいつのこと殴ってやれなかったんだよ!」

「悠太よ。てめェは、優しい子だなァ……」


 鉄じいさんは、悠太君の名前を呼んで、その頭をなでた。


「オレ、オレがいたらっ! 絶対に言ってやるのに! 榛美のこと大事にしろよって、絶対に……! ちくしょう、ちくしょうっ!」


 すがるように、鉄じいさんにしがみつきながら、悠太君は声をあげて泣いた。


「……これが、白神のありようと言うものなのでありましょうか」


 ミリシアさんが、ぽつりと、つぶやいた。

 生理的な嫌悪感を、もよおさずにはいられない。

 それは僕も同じだ。


「合理を尊べば、そのような結論にも至るのじゃろうな」

「し、しかし、嬢」

「自らの欲望のためであれば、なべて犠牲を厭わぬ……みどもの中にも、こうたの中にも、そのような性質がある」


 夢に焼かれた人間は、灰になるまで立ち止まれない。

 穀斗さんは、得てしまった。

 魔述という筆、異世界という白い画布。

 何を思えばいいんだろうか。

 同じく白神として、同じく夢に焼かれた者として、どんな感情を抱けばいいんだろうか。


 今はただ、榛美さんの冷たい手が、ひどく、かなしかった。

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康太さんと別れて以降、何があったのか知りませんがシャアみたいなこと言い出した大さんはまあまあ理解できるとして、受け身の過干渉で被害者ヅラしてくるだけのめんどくさいちゃんは何があったらシャアのお母さんに…
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