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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第五章 大商人の料理番

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刃の行く末

 お湯に豆鼓(とうちを投げ入れて、弱火でことこと煮立てる。

 あくをこまめに取ったら、味見をして、葛布で漉す。

 澄んだ黄金色の豆鼓だしがひけた。


 味見をすると、ほのかな豆くささの中に、なぜか、貝っぽいうまみ。

 豆鼓のわずかな渋みがしっかり汁ににじみ出て、すごくいいあんばいだ。

 六世紀中国では、これでなまずなんかをあつものにしていたらしい。


 こした豆鼓だしに塩をしたら、ここで秘密兵器、水とき米粉の登場。

 どばどばそそぎ入れて、ぼこぼこに沸騰させる。

 米粉のでんぷんで汁にとろみがついたら、ざっくり切ったチハをたっぷり投げ入れる。

 すぐさま火からおろし、割りほぐした卵を、お箸伝いにそっと落とす。

 余熱で卵が固まったら、チハのかきたまスープができあがり。


 これに、野草の豆鼓炒め、豆乳味噌鍋で、心と体のバランスを整える野菜たっぷりごはんの完成だ。

 ああ、たのしかった!



「いただきまおいしい! おいしっ!」


 この発言は、榛美さんのものではない。

 ミリシアさんだ。


「健啖じゃの、ミリシア」

「ええ、この爽快な苦み、渋み、うま、ええい、とにかくうまい! 全く、すばらしいぞ、康太よ!」

「ありがとうございます」

「ね! 康太さんのごはんは、とにかくすばらしいからなあ」

「うむ。これを毎日食べられるのだから、榛美は幸せ者だ」

「そうなんですね! そっか、わたし、幸せだったんだ……」

「ああ。ヘカトンケイルの門閥市民とて、この土地の滋味豊かな食材と類稀な料理番を得る為には、どれだけの金を積めばよいものか分からぬ」


 だんだん榛美さんも、ミリシアさんと打ち解けてきた。

 いまいち会話はかみあってないけど。


「あー……頭がしっかりしてきたわ。やっぱ食わないとだめだな」

「そうですよ。ユウはもっとちゃんと食べないとだめです」


 うんうん、悠太君の顔色も、だいぶよくなってきたし。


「では、そろそろ作戦会議といきましょうか」

「そうじゃの。まずは、領主との対決か」

「ああ。そういうつもりだ。月句があんな態度のままじゃ、なにも進まねえ」

「まずは、いきさつを聞かせてもらおうか」

「はい」


 僕たちは、これまでについてを二人に語って聞かせた。


 領主、踏鞴月句。

 過去に起きた悲劇から心を閉ざし、領主館に篭もった男。

 給地の特産品であるスモークツリーを絶滅に追いやり、全ての通商を断った、その原因だ。

 僕は一度、領主との対決に敗北した。

 月句の狂気に呑まれ、逃げ出してしまった。

 それからずっと考えている。

 白神として、なにをなせるか。

 白神として、どう戦うべきなのか。


「なるほど。話には聞いていたが、絵に描いたような昏君ぼんくらじゃの。賽殿が一代で築き上げた富を、わずか数十年で無に帰すとは」


 あきれたような、感心したような。

 ピスフィは、そんな口調だった。


「して、様子を見にのこのこと出かけ、蹴り返されたというわけじゃな」

「それほどおだやかなものじゃありませんでしたよ。まさか、生きたまま皮をはがれそうになるなんて、想像もしていませんでした」

「列柱の、きんを剥がしておきべ、じゃの」

「手に入らないのであれば、台無しにしてしまおうということだ」


 ピスフィの、ヘカトンケイル箴言シリーズだ。


「こうたよ、あまり言いたくはないが、愚かな戦い方をしたものじゃな」

「そう、でしょうか」

「白神には、白神のありようというものがある。それを主ゃは見誤ったと見える。戦にたとえれば、白神というものは一丁の機関銃に等しい」

「えっいま機関銃っていいました?」

「いま機関銃と言ったぞ」


 なんで機関銃っていう単語が出てきたんだ?

 もしかして、かんちがいしていただけで、この世界ってすでに産業革命が終わってるの?


「ヘカトンケイルの故事じゃよ。中つ国諸国が、揃って気でもふれたのか、ヘカトンケイルに挑んだことがある。長槍と弓で武装した七万にも及ぶ歩兵の群れが、攻めてきたのじゃ。

 ヘカトンケイルは、百貨迷宮から掘り出された一丁の機関銃で、押し寄せる攻め手どもを片っ端から撃ち殺していった。人体を数百も粉々にしたところで、中つ国の奴ばらは尻尾を巻いたという」

「は、はああ……なるほど」


 今までの話を総合すると、百貨迷宮って、異世界、というか、僕の世界の代物が流れ着く場所なのかな。

 それにしても、機関銃とは剣呑な話だ


「それが白神じゃ。主ゃは、給地のひとびとと足並みをそろえるべきでなかった。思うがままに、給地を作りかえるべきじゃった」

「そ、いや、でも、そんなこと……」

「主ゃとて人の子、欲はあるはずじゃ。そうでなければ、このように佳良な料理を作るまい」

「それは、そりゃあ、そうですけど」

「白神であれば、欲望のままに、欲するべきを為すべきだったのじゃ。給地のひとびとにとって、それは幸福なことじゃろう。ちがうか、ゆうたよ」


 ピスフィが、悠太君に水をむける。

 悠太君は、しばし考え込んでから、僕をじっとみた。


「……そう、だな。オレは、もし、白神がそうしたいって言うんだったら、納得できると思う」

「悠太君まで!」


 おもわず、声を荒げてしまう。

 だけど悠太君は、僕から目をそらさない。


「なあ、白神、オレはオマエに、感謝してるんだよ。オマエはいろんなことを教えてくれた。そんで、全部が、給地のためになった。どうあれ白神っていうのは、いるだけで世界を変えちまうんだろうな。

 オレは、オマエが変える世界だったら、いいと思う」


 悠太君がただまっすぐぶつけてくる、本音。

 言葉を、うまく返せない。


 給地のみんなの役に立ちたい。

 だけど、そんな風に僕のエゴを振りまくのは、正しいことなのだろうか?


「こうたよ。鞘から抜かれぬ刀は無いのじゃ。主ゃがどのような心持ちであれ、その力は必ずや揮われてしまう。であれば、刃の行く末は自ら操るべきではないかの」


 返す言葉もない。

 たった今、僕がその力で給地にもたらしたものを、食べたばかりだ。


「なにが善でなにが悪なのか、誰に分かろう? 決めてくれる者がおるとすれば、それは人にあらず、ただ神のみじゃ。しかし、みどもら商人は中つ国の民ではないゆえ、絶対唯一の神を信じぬ」


 ピスフィはそこで言葉を切って、


「この村には、すでに白神の手が入っておる」


 たやすく、真実をあばいた。


「なんじゃ、康太。さして驚いておらぬようじゃの」

「そんなような気は、していたんです」


 米と豆と輪作。

 鍋による、作物の再分配。

 素朴な民主主義。

 かつぎという人口抑制システム。

 

 給地は、あまりにもよくできすぎている。

 なんの余剰も不足も発生せず、この村だけで自立している。

 領主が経営を放棄した土地が、自然にこうなったという想像には、無理があるだろう。


 誰かが、そのように、この村をつくった。

 白神が、そうした。

 その白神が誰なのか、僕にはなんとなく、予想がついている。


「この村は、穀斗さんの世界だったんだ」

「お父さん、の……?」


 榛美さんが、息を呑む。


「こ、康太さん、いま、お父さんの名前を言い、ました、よね?」

「うん」

「ど、どうして? お父さんは、でも、そんな人じゃ……村のみんなにごはんを作って、ときどき、わたしに変わった料理をつくってくれて……」


 榛美さんは、うめきながら、あえぐように息をする。

 その、変わった料理が、そもそもの問題だった。

 なたね油を搾り、テナガエビを揚げ、だけどその技術が決して流出しないよう、注意深くふるまっていたことがうかがえる。

 どうして、隠したのか?

 それを考えれば、答えに近づける。


「穀斗さんっていうのは、この村の生まれだったの?」

「わ、わかりません……でも、でも!」

「聞いたこと、ある気がする」


 悠太君が言った。


「穀斗ってやつは、大昔から村にいて、まるで年を取らねえくせに、エルフでもドワーフでもなく、混じりっけなしのヒトだったって。穀斗の奥さんも、いつまでもきれいなまんまだったって。似てる、よな。四季の宮の話にさ」

「なんじゃ、灰色港のキアダンの話でもしておるのか?」

「知っているんですか?」


 ピスフィの言葉には、聞き覚えがある。

 四季の宮をつくりあげた、留める語彙を持つ魔術師、灰色港のキアダン。


「見目うるわしき男女のつがいで、男は村に知恵をもたらし、女は常に子をはらんでおる。知恵が行き渡れば、女は子を産み落とし、その土地を去るのじゃと……」

「しかし、嬢よ、そんなことがありえましょうか? 灰色港のキアダンといえば、数百年も大昔から伝わる、伝承の類でありましょう」

「中つ国でも、主無き諸国でも、まったく同じものが採話されておる。実際その地にキアダンが現れたのだとすれば、論理の通る話じゃな」

「あー……もうわけわかんねえ」


 悠太君が、頭をがしがしかいた。


「神話だか白神だか榛美の親父だか知らねえけど、いろいろ詳しそうな奴が一人いるだろ。くたびれたジジイがよ」

「鉄じいさんだね」

「くだらねえ隠し事をしやがって。とっつかまえて全部聞き出してやる。行くぞ、榛美」

「あ、は、はい……」


 呆然とする榛美さんの腕をつかんで、悠太君が歩き出した。


「賽殿か。みどもらは、よく思われておらぬようじゃが」


 振り返った悠太君の表情には、怒りが満ちている。


「関係ねえよ。くそっ……ぜんぜんメシが足りねえな、オレ。腹が立ってしょうがねえ」

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