刃の行く末
お湯に豆鼓を投げ入れて、弱火でことこと煮立てる。
あくをこまめに取ったら、味見をして、葛布で漉す。
澄んだ黄金色の豆鼓だしがひけた。
味見をすると、ほのかな豆くささの中に、なぜか、貝っぽいうまみ。
豆鼓のわずかな渋みがしっかり汁ににじみ出て、すごくいいあんばいだ。
六世紀中国では、これでなまずなんかをあつものにしていたらしい。
こした豆鼓だしに塩をしたら、ここで秘密兵器、水とき米粉の登場。
どばどばそそぎ入れて、ぼこぼこに沸騰させる。
米粉のでんぷんで汁にとろみがついたら、ざっくり切ったチハをたっぷり投げ入れる。
すぐさま火からおろし、割りほぐした卵を、お箸伝いにそっと落とす。
余熱で卵が固まったら、チハのかきたまスープができあがり。
これに、野草の豆鼓炒め、豆乳味噌鍋で、心と体のバランスを整える野菜たっぷりごはんの完成だ。
ああ、たのしかった!
「いただきまおいしい! おいしっ!」
この発言は、榛美さんのものではない。
ミリシアさんだ。
「健啖じゃの、ミリシア」
「ええ、この爽快な苦み、渋み、うま、ええい、とにかくうまい! 全く、すばらしいぞ、康太よ!」
「ありがとうございます」
「ね! 康太さんのごはんは、とにかくすばらしいからなあ」
「うむ。これを毎日食べられるのだから、榛美は幸せ者だ」
「そうなんですね! そっか、わたし、幸せだったんだ……」
「ああ。ヘカトンケイルの門閥市民とて、この土地の滋味豊かな食材と類稀な料理番を得る為には、どれだけの金を積めばよいものか分からぬ」
だんだん榛美さんも、ミリシアさんと打ち解けてきた。
いまいち会話はかみあってないけど。
「あー……頭がしっかりしてきたわ。やっぱ食わないとだめだな」
「そうですよ。ユウはもっとちゃんと食べないとだめです」
うんうん、悠太君の顔色も、だいぶよくなってきたし。
「では、そろそろ作戦会議といきましょうか」
「そうじゃの。まずは、領主との対決か」
「ああ。そういうつもりだ。月句があんな態度のままじゃ、なにも進まねえ」
「まずは、いきさつを聞かせてもらおうか」
「はい」
僕たちは、これまでについてを二人に語って聞かせた。
領主、踏鞴月句。
過去に起きた悲劇から心を閉ざし、領主館に篭もった男。
給地の特産品であるスモークツリーを絶滅に追いやり、全ての通商を断った、その原因だ。
僕は一度、領主との対決に敗北した。
月句の狂気に呑まれ、逃げ出してしまった。
それからずっと考えている。
白神として、なにをなせるか。
白神として、どう戦うべきなのか。
「なるほど。話には聞いていたが、絵に描いたような昏君じゃの。賽殿が一代で築き上げた富を、わずか数十年で無に帰すとは」
あきれたような、感心したような。
ピスフィは、そんな口調だった。
「して、様子を見にのこのこと出かけ、蹴り返されたというわけじゃな」
「それほどおだやかなものじゃありませんでしたよ。まさか、生きたまま皮をはがれそうになるなんて、想像もしていませんでした」
「列柱の、金を剥がして熾に焚べ、じゃの」
「手に入らないのであれば、台無しにしてしまおうということだ」
ピスフィの、ヘカトンケイル箴言シリーズだ。
「こうたよ、あまり言いたくはないが、愚かな戦い方をしたものじゃな」
「そう、でしょうか」
「白神には、白神のありようというものがある。それを主ゃは見誤ったと見える。戦にたとえれば、白神というものは一丁の機関銃に等しい」
「えっいま機関銃っていいました?」
「いま機関銃と言ったぞ」
なんで機関銃っていう単語が出てきたんだ?
もしかして、かんちがいしていただけで、この世界ってすでに産業革命が終わってるの?
「ヘカトンケイルの故事じゃよ。中つ国諸国が、揃って気でもふれたのか、ヘカトンケイルに挑んだことがある。長槍と弓で武装した七万にも及ぶ歩兵の群れが、攻めてきたのじゃ。
ヘカトンケイルは、百貨迷宮から掘り出された一丁の機関銃で、押し寄せる攻め手どもを片っ端から撃ち殺していった。人体を数百も粉々にしたところで、中つ国の奴ばらは尻尾を巻いたという」
「は、はああ……なるほど」
今までの話を総合すると、百貨迷宮って、異世界、というか、僕の世界の代物が流れ着く場所なのかな。
それにしても、機関銃とは剣呑な話だ
「それが白神じゃ。主ゃは、給地のひとびとと足並みをそろえるべきでなかった。思うがままに、給地を作りかえるべきじゃった」
「そ、いや、でも、そんなこと……」
「主ゃとて人の子、欲はあるはずじゃ。そうでなければ、このように佳良な料理を作るまい」
「それは、そりゃあ、そうですけど」
「白神であれば、欲望のままに、欲するべきを為すべきだったのじゃ。給地のひとびとにとって、それは幸福なことじゃろう。ちがうか、ゆうたよ」
ピスフィが、悠太君に水をむける。
悠太君は、しばし考え込んでから、僕をじっとみた。
「……そう、だな。オレは、もし、白神がそうしたいって言うんだったら、納得できると思う」
「悠太君まで!」
おもわず、声を荒げてしまう。
だけど悠太君は、僕から目をそらさない。
「なあ、白神、オレはオマエに、感謝してるんだよ。オマエはいろんなことを教えてくれた。そんで、全部が、給地のためになった。どうあれ白神っていうのは、いるだけで世界を変えちまうんだろうな。
オレは、オマエが変える世界だったら、いいと思う」
悠太君がただまっすぐぶつけてくる、本音。
言葉を、うまく返せない。
給地のみんなの役に立ちたい。
だけど、そんな風に僕のエゴを振りまくのは、正しいことなのだろうか?
「こうたよ。鞘から抜かれぬ刀は無いのじゃ。主ゃがどのような心持ちであれ、その力は必ずや揮われてしまう。であれば、刃の行く末は自ら操るべきではないかの」
返す言葉もない。
たった今、僕がその力で給地にもたらしたものを、食べたばかりだ。
「なにが善でなにが悪なのか、誰に分かろう? 決めてくれる者がおるとすれば、それは人にあらず、ただ神のみじゃ。しかし、みどもら商人は中つ国の民ではないゆえ、絶対唯一の神を信じぬ」
ピスフィはそこで言葉を切って、
「この村には、すでに白神の手が入っておる」
たやすく、真実をあばいた。
「なんじゃ、康太。さして驚いておらぬようじゃの」
「そんなような気は、していたんです」
米と豆と輪作。
鍋による、作物の再分配。
素朴な民主主義。
かつぎという人口抑制システム。
給地は、あまりにもよくできすぎている。
なんの余剰も不足も発生せず、この村だけで自立している。
領主が経営を放棄した土地が、自然にこうなったという想像には、無理があるだろう。
誰かが、そのように、この村をつくった。
白神が、そうした。
その白神が誰なのか、僕にはなんとなく、予想がついている。
「この村は、穀斗さんの世界だったんだ」
「お父さん、の……?」
榛美さんが、息を呑む。
「こ、康太さん、いま、お父さんの名前を言い、ました、よね?」
「うん」
「ど、どうして? お父さんは、でも、そんな人じゃ……村のみんなにごはんを作って、ときどき、わたしに変わった料理をつくってくれて……」
榛美さんは、うめきながら、あえぐように息をする。
その、変わった料理が、そもそもの問題だった。
なたね油を搾り、テナガエビを揚げ、だけどその技術が決して流出しないよう、注意深くふるまっていたことがうかがえる。
どうして、隠したのか?
それを考えれば、答えに近づける。
「穀斗さんっていうのは、この村の生まれだったの?」
「わ、わかりません……でも、でも!」
「聞いたこと、ある気がする」
悠太君が言った。
「穀斗ってやつは、大昔から村にいて、まるで年を取らねえくせに、エルフでもドワーフでもなく、混じりっけなしのヒトだったって。穀斗の奥さんも、いつまでもきれいなまんまだったって。似てる、よな。四季の宮の話にさ」
「なんじゃ、灰色港のキアダンの話でもしておるのか?」
「知っているんですか?」
ピスフィの言葉には、聞き覚えがある。
四季の宮をつくりあげた、留める語彙を持つ魔術師、灰色港のキアダン。
「見目うるわしき男女のつがいで、男は村に知恵をもたらし、女は常に子を妊んでおる。知恵が行き渡れば、女は子を産み落とし、その土地を去るのじゃと……」
「しかし、嬢よ、そんなことがありえましょうか? 灰色港のキアダンといえば、数百年も大昔から伝わる、伝承の類でありましょう」
「中つ国でも、主無き諸国でも、まったく同じものが採話されておる。実際その地にキアダンが現れたのだとすれば、論理の通る話じゃな」
「あー……もうわけわかんねえ」
悠太君が、頭をがしがしかいた。
「神話だか白神だか榛美の親父だか知らねえけど、いろいろ詳しそうな奴が一人いるだろ。くたびれたジジイがよ」
「鉄じいさんだね」
「くだらねえ隠し事をしやがって。とっつかまえて全部聞き出してやる。行くぞ、榛美」
「あ、は、はい……」
呆然とする榛美さんの腕をつかんで、悠太君が歩き出した。
「賽殿か。みどもらは、よく思われておらぬようじゃが」
振り返った悠太君の表情には、怒りが満ちている。
「関係ねえよ。くそっ……ぜんぜんメシが足りねえな、オレ。腹が立ってしょうがねえ」




